止まれない流れ
私は執務室で一人、机へ向かっていた。
目の前には地図、そして報告書。
だが視線はその上を彷徨うだけ。
頭の中は別の事を考えていた。
「……」
ゆきちゃん。
思い切った事をした。
私は椅子へ深く腰掛ける。
そして整理する。
恐らくこれが公になれば、あちら側の国軍は動きを止めざるを得ない。
当然だ。
向こうから見れば、うちの国でもない。
自分達の国でもない。
敵か味方か解らない勢力が突然現れた。
しかも領地を掌握、軍を動かし武装を公開。
そんな相手を放置出来る訳がない。
「情報収集ね……」
私は呟く。
この世界、通信は遅い。
馬。伝令。書簡。
それが中心。なら数日、いや数週間。
動きを止める可能性はある。
情報が解らない状態で軍は動きたがらない。
特に国軍は。
その時、私は別の地図を見る。
自国側。
「問題はこっち」
小さく呟く。
こちらもまだ、詳細情報は届いていないはず。
だが、向こうの国軍が動いている事くらいは耳に入っている。
なら当然、こちらも動く。
そう考える方が自然。
「でも……」
私は腕を組む。
もしあちらが止まったら?こちらも止まる?
それとも好機と見る?
敵が止まった。
なら進め、そう考える人間も居る。
絶対に居る。
「うーむ……」
頭が痛い。
結局、戦争は理屈だけでは動かない。
政治。感情。名誉。利益。
全部が混ざる。その時。
コンコン。
扉が叩かれた。私は顔を上げる。
「どーぞ」
扉が開く。
現れたのは、監督官アルヴェルトだった。
「どうしたの?」
私は聞く。
監督官は私の顔を見る。
そして、少し苦笑した。
「暗い顔だな」
「そうね」
私は肩を竦める。
「御用は?」
監督官は少し黙った。
そして、静かに言った。
「更に暗くなる話だ」
嫌な予感しかしない。
私は天井を見る。
最近、そんな話ばかりだ。
監督官は続ける。
「こっちも国軍を動かすそうだ」
「……」
私は黙った。
驚きは無い。予想していた。
でも聞きたくはなかった。
「そう」
短く返す。
監督官も椅子へ座った。
しばらく沈黙。
その後、彼は静かに言う。
「さて」
私は顔を上げる。
「どうする?」
監督官の表情は真剣だった。
「大規模な組織が動き出せば止めるのは難しい」
その通り。
国軍。官僚。補給。命令系統。
一度動き出せば、簡単には止まらない。
私はゆっくり立ち上がった。
窓の外を見る。
市場。学校。工場。診療所。いつもの景色。
守りたい物、その全てがそこにある。
だから、悩んでいる時間は無い。
私は振り返る。
「会議を開きます」
監督官は頷いた。
「私もか?」
「貴方と副官さんも出席を」
即答だった。
監督官は少しだけ笑う。
「解った」
私は文官を呼ぶ。
「緊急会議を招集」
「はっ!」
「各部署責任者、通信、備蓄、輸送、警備、全員」
文官達が慌ただしく動き始める。
その姿を見ながら私は思う。
戦争を止められるかは解らない。
でも備える事は出来る。守る事も出来る。
ならやるしかない。
その日。
地下都市では――
両国の国軍が動き始める中、初めて本格的な危機対応会議が開かれようとしていた。
そして誰もが理解し始めていた。
状況は既に、一地方領主だけで止められる段階を越えつつあるのだと。




