止まらない流れ
私は机の上に置かれた報告書を見る。
国軍待機。
たった数文字、でも重い。
非常に。
「……」
部屋には私と数名の文官だけ。
誰も軽口を叩かない。
当然だった。
その時、通信文官が静かに言う。
「ゆき様側の国が国軍待機へ移行したとの事です」
「そう」
私は頷く。
予想していた。だから驚きは無い。
でも安心も無い。
「という事は」
整備文官が続ける。
「こちら側も対応せざるを得ませんね」
「そうなるわね」
片方だけが動く。そんな訳がない。
相手が備える。ならこちらも備える。
そして相手も更に備える。
終わらない。
私は椅子へ深く座った。
「悪化の一歩ね」
誰かが小さく頷く。
本当に、その通りだった。
最初は魔物だった。
国境付近へ現れた魔物。
共同で対処、本来ならそれで終わる話だった。
「でも」
私は窓の外を見る。
「きっと何かがあったのよ」
「……」
文官達も黙る。
解らない。
本当の原因は、誰が悪かったのかも。
何が始まりだったのかも。
でも何かがあった。
小さな衝突。
小さな誤解。
小さな対立。
それが積み重なった。
そして今、領地軍。増援要請。国軍待機。
そこまで来てしまった。
その時、若い文官が呟く。
「反対する人も居ると思うのですが」
「居るでしょうね」
私は頷く。
当然、戦いたい人ばかりじゃない。
止めたい人も居る。
平和を望む人も居る。
でもその一方で。
「攻撃の好機」
そう考える人も居る。
必ず、居る。
「勝てると思ったら進む人は居る」
「負けると思っても引けない人も居る」
「……」
部屋が静かになる。
戦争とはそういうものだ。
理屈だけでは止まらない。
感情。名誉。過去の恨み。
様々な物が絡み合う。
その時、私は小さく息を吐いた。
「うーむ……」
文官達がこちらを見る。
私は正直に言った。
「この流れは」
一拍。
「余程の事がない限り変えられない気がする」
誰も反論しなかった。
今まで届いた報告。
市場の反応。兵力集結。
全部が同じ方向を向いている。
止まる理由より、進む理由の方が増えている。
その時、通信文官が新たな資料を差し出した。
「追加報告です」
「何?」
私は受け取る。
そして、少し眉をひそめた。
「商人達の移動経路変更?」
「はい」
文官は頷く。
「北方面へ向かう商隊が減少しています」
「……」
私は資料を見る。
やはりそうなったか。
商人は正直だ。危険な場所へは近付かない。
利益より、まず生き残る。
だから、戦争の匂いには敏感だ。
「噂じゃなくなってきたわね」
誰かが小さく呟く。
私は否定しなかった。
領地軍。増援。国軍待機。物価上昇。
そして、商人達の移動変化。
全部、別々の話じゃない。
繋がっている。
その時、遠くで列車の汽笛が響いた。
ポォォォォ――
私は窓の外を見る。
平和な地下都市。
市場。学校。工場。診療所。
守るべき物は増えた。
だからこそ。
私達がやる事は変わらない。
戦争を望まない。だから準備する。
混乱を望まない。だから備える。
それしか無かった。
その日。
地下都市では――
北方情勢の更なる悪化を受け、人々が静かに危機感を強めていた。
そして誰もが感じ始めていた。
戦争という流れは、既に多くの人間の思惑を巻き込みながら、止まりにくい所まで来ているのかもしれないと。




