ゆき
「お嬢様!輸入された魔石と共に、商人が文を持ってきました!」
廊下を駆ける足音と共に、侍女が息を切らして飛び込んできた。
文。
私は一瞬、呼吸を止める。
「……文?まさか、返事が来たの?」
「はい!どうぞ!」
封筒を受け取る。
商業文書としては、至って普通の体裁。
表向きは。
私は慎重に封を切った。
中身は――無難な返信。
技術交流に関心がある。
将来的な交易の可能性を歓迎する。
丁寧で、当たり障りのない文章。
……やはり、慎重ね。
そう思ったその時、封筒の底にもう一枚。
薄く折られた紙。私はそれを広げる。
そこには日本語で他の誰にも読めない、あの文字。
私の名前はゆき。32歳、女性。
前世はとある会社でエンジニア職をしていたわ。
この世界に転生して5年。
今の所、のんびり内政をしている。
いつの機会かお会いしましょう。
え。
「……ゆきちゃん?」
思わず声が漏れた。
文官が怪訝そうにこちらを見るが、私は構わない。
ゆきちゃん。同期。飲み会帰り。
あの脱線事故。貴女も、この世界に?
しかも隣の国の領地で?
こんな事、あるの?
胸が熱くなる。安堵。驚き。混乱。
だが同時に、冷静な思考も浮かぶ。
ゆきちゃんも、相変わらず大胆ね。
日本語で直接書いてくるなんて。
一応、敵国同士。
……いや。その歴史を知らない可能性もある。
南の国が分断された事。
今の微妙な立場。
彼女がどの程度把握しているかは不明。
そして文は、時間差がある。
こちらから出して、届くまで数日。
返事が来るまで、さらに数日。
このやり取りでは遅い。遅すぎる。
私は紙を握りしめた。
うーん……。
いや、待てよ。無いなら、作れば良い。
通信手段。無線機。
魔石はエネルギー源として使える。
水車発電もある。
電気的概念は再現可能。
距離は不明だが。
馬車で往復200キロも無いはず。
直線ならもっと短い。
地形による減衰はあるが、理論上は可能。
私は机に向かった。
「……作れるかしら」
文官が不思議そうに見る。
「何をでございますか?」
「いえ、独り言よ」
私は頭の中で構造を組み立てる。
送信機。受信機。変調。アンテナ。電源。
魔石を用いた発振機構。
前世の記憶を掘り起こす。
九四式二号丙無線機。
軍用。中距離通信。構造は比較的単純。
真空管の代替は?
魔石振動子で代用出来るか?
周波数安定性は未知。
理論上、出来る。
私は紙に触れた。
設計。筐体。回路図。アンテナ構造。
魔石駆動発振部。
二台。
一台はこちら。もう一台は、向こうへ渡す。
ゆきちゃんなら。
エンジニアなら。
原理を理解する。
改良も出来るかもしれない。
いや。流石に道具も部品も無いはず。
ならばこちらで、ある程度完成形を用意する。
私は小さく笑った。
国境を越えるのは、馬車だけではない。
電波も、越えられる。もし成功すれば。
私達は、この世界で初めての“即時通信”を手にする。
商人も。王も。知らないところで。
私はゆきちゃんの文を、もう一度見た。
のんびり内政をしている。
……嘘つき。絶対、何かやってるでしょ。
胸が高鳴る。再会は、まだ先かもしれない。
通信なら、今すぐ始められる。
私は静かに呟いた。
「待ってなさいよ、ゆきちゃん」
国境を越えるのは今度は、光ではなく――
声だ。




