生き残る為の備え
「――監督官殿」
会議室。
通信文官が新しい資料を持ってくる。
「北方の追加報告です」
「……」
アルヴェルトは受け取る。
最近、この手の報告書を開く時、良い予感はしない。そして大体当たる。
数分後。
資料を閉じた。
「悪化しているな」
「はい」
副官も頷く。
避難民増加。物価上昇。領地軍増派。
どれも良い話ではない。
その時、会議室の反対側。
まきが資料を眺めていた。
「食料は?」
「問題ありません」
「石炭」
「問題ありません」
「薬品」
「余裕があります」
即答。
迷い無し。
アルヴェルトは少し気になった。
「本当に問題ないのか?」
その言葉に文官達は不思議そうな顔。
「はい」
「問題ありません」
「……」
即答だった。
その時、整備文官が補足する。
「その為に備蓄していますので」
「……」
監督官は思わず苦笑する。
確かに正論、その通り。
その時、まきが資料を閉じた。
「監督官さん」
「何だ?」
「戦争になったら何が必要だと思う?」
突然だった。
アルヴェルトは少し考える。
「兵、武器、資金」
一般的な答え。
その時、まきは首を横に振る。
「違うわ」
「……?」
「食べ物」
即答。
会議室は、静か。そのまま続ける。
「兵士も食べる」
「住民も食べる」
「難民も食べる」
「工場で働く人も食べる」
「だから最初に必要なのは食料」
「……」
反論出来ない。その通りだからだ。
その時、通信文官が資料を一枚出す。
「現在の米備蓄です」
アルヴェルト。
また止まる。
「その米とやらか」
会議室から少し笑い声。
最近、完全に定番。
その時、まきが言う。
「まだ食べてないの?」
「食べていない」
「じゃあ今日食べる?」
「……」
監督官は、少し考える。
そして真面目な顔で聞く。
「それは重要な視察なのか?」
「重要」
即答。
周囲は、笑いを堪える。
「備蓄の中核よ」
「なるほど」
監督官は、本気で頷く。
その反応に会議室は更に和む。
その時、窓の外。
貨物列車が走っていく。
ポォォォォ――
静かな汽笛。
そして、遠くに見える水田。
黄金色。収穫を終えた広い田。
アルヴェルトはそれを見る。
最初は理解出来なかった。
鉄道。配給。備蓄。米。全部、奇妙だった。
だが最近、少しだけ解る。
この地下都市は、戦争をする為に準備しているのではない。
違う。
戦争になっても飢えない為に混乱しても住民を守る為に準備している。
その方向性が中央とは決定的に違う。
その時、まきが立ち上がる。
「じゃあ昼は米ね」
「解った」
監督官も立ち上がる。
そして、小さく呟いた。
「鉄道より先に、米を理解する事になるとは思わなかった」
会議室は、爆笑。
最近、重苦しい話ばかりだった。
だからこそ、少しだけ空気が軽くなる。
その日。
地下都市では――
戦争の足音が近付く中でも、人々は着実に備えを進めていた。
武器だけでは生き残れない。
兵だけでも生き残れない。
最後に人を支えるのは。
食料であり。物流であり。
日々の暮らしそのもの。
それこそが地下都市の考える、本当の意味での防衛だった。




