備蓄という力
「――備蓄監査結果をお持ちしました」
行政区画の会議室の朝。
机の上には、相変わらず大量の資料。
私は受け取る。
「ご苦労様」
その時、中央監督官アルヴェルトも同席していた。最近はこういう会議にも顔を出す。
完全に監視役。
でも隠す内容でもない。
「では報告します」
文官は資料を開いた。
「小麦」
「現状消費量基準で約一年半」
「塩、約二年、干し肉、約八ヶ月、薬品」
「主要品目は一年以上」
アルヴェルトは思わず眉を上げる。
「……多いな」
「そうですか?」
私は首を傾げる。
「普通です」
「普通ではない」
即答だった。
周囲の文官達は苦笑する。
感覚が違う。
その時、文官は次の項目を見る。
「石炭、鉄鉱石、鋼材、予備部品、燃料備蓄」
次々と読み上げられる。
アルヴェルトは静かに聞いていた。
そしてある項目で止まった。
「米」
「……?」
監督官が首を傾げる。
「何だそれは」
会議室は、少し静かになる。
文官達も顔を見合わせた。
逆に知らないのか?
そんな空気。
私は説明する。
「穀物よ」
「穀物?」
「ええ」
アルヴェルトは資料を見る。
備蓄量は、かなり多い。
だが聞いた事がない。
「麦の一種か?」
「違うわね」
「雑穀か?」
「それも違う」
「……」
監督官は、困る。
その時、整備文官が補足した。
「水田で栽培しております」
「水田?」
「はい」
「畑ではなく、水を張った土地です」
「……」
アルヴェルトは、更に解らなくなる。
普通、畑に作る。それが穀物。
なのに水を張る?何故?
その時、私は少し笑った。
初めて見る人は大体そうなる。
「美味しいわよ」
「そういう問題ではない」
即答。
思わず会議室から笑いが漏れる。
その時、文官は続ける。
「米備蓄量、現状人口換算で約二年分」
「――」
アルヴェルトが止まる。
「二年?」
「はい」
「二年です」
会議室は、当然の様に頷く。
監督官だけが止まる。
二年?普通ではない。
その時、彼は思い出した。
市場。配給。学校。診療所。
そして今、備蓄の全部。
一つの方向を向いている。
「……」
副官が小さく聞く。
「監督官殿?」
アルヴェルトは資料を閉じた。
そして静かに呟く。
「戦争準備ではないな」
「――?」
周囲が見る。
「これは」
一拍。
「生存準備だ」
会議室は、静かになる。
その言葉に誰も反論しなかった。
実際にそうだからだ。
北で何が起きても。物流が止まっても。
市場が荒れても。
まずは、生き残る。
その為の備え。
その時、私は少しだけ笑った。
「やっと理解した?」
「完全には理解していない」
監督官は即答した。
そして、資料の一番下を指差す。
そこには、大きく書かれている。
『米』
「結局」
監督官は真顔で言った。
「私はまだ、その米とやらが何なのか解っていない」
会議室は、爆笑。
珍しく本当に爆笑だった。
その日。
地下都市では――
戦争の足音が近付く中、改めて備蓄の確認が行われていた。
武器でもなく。軍隊でもなく。
まず食べる物を確保する。
それが地下都市の考える生存戦略だった。
そして中央監督官アルヴェルトは、未だに米という穀物の正体だけは理解出来ていなかったのである。




