戦争への階段
「お嬢様!」
執務室の扉が勢い良く開いた。
私は書類から顔を上げる。
「何があったの?」
駆け込んで来た文官は、少し息を整える。
「領都より緊急伝言であります!」
嫌な予感しかしない。
最近は大体そうだ。
「読み上げます!」
文官は書面を開く。
「北部の小競り合いの件。我が国所属の領地が領地軍の招集を開始。近隣領地へも応援要請を行ったとの事です」
私は思わず天井を見上げた。
「はぁ……」
遂に始まったか。
そんな気分だった。
文官も表情が重い。
私は椅子へ深く腰掛ける。
「近隣領地は応じると思う?」
「……何とも言えません」
文官は慎重に答えた。
「ただ、断れば関係悪化の可能性もあります」
「でしょうねぇ」
私はため息を吐く。
面倒な話だ。非常に。
その時、別の文官が口を開く。
「もし近隣領地が応じれば――」
私は続きを聞く前に答えた。
「相手側も同じ事をする」
文官達は静かに頷く。
当然だ。
一つの領地軍。二つの領地軍。三つ。四つ。
そうなれば相手側も近隣へ支援要請を出す。
そして更に兵が集まる。
その先にあるのは――
誰も口にしたくない言葉。
「国軍……」
誰かが小さく呟いた。
部屋が静まり返る。私は腕を組んだ。
嫌な流れだった。
非常に最初は魔物だった。
本当にそれだけだった。
国境付近へ現れた魔物。
互いに対処。
そこまでは良かった。
その後、何かがずれた。
小競り合い。
報復。警戒。増援。そして今、領地軍の招集。
私は窓の外を見る。
遠く。地下都市。工場。学校。診療所。市場。
人々の暮らし全部。
平和が前提で成り立っている。
その時、通信文官が静かに言った。
「まき様側にも同じ話が届いているでしょうか」
「届いてると思う」
私は頷く。
むしろ既に知っているかもしれない。
最近の情報網なら十分あり得る。
その時、整備文官が少し不安そうに聞く。
「本当に戦争になるのでしょうか」
私はすぐには答えなかった。
解らない。本当に解らない。
だが一つだけ言える事がある。
「階段を上ってる」
「――?」
文官達が見る。
私は窓の外を見たまま続けた。
「最初は魔物、次は小競り合い、その次は領地軍、そして増援要請」
静かな声。
でも部屋は重かった。
「少しずつ、少しずつ、戦争という階段を上ってる」
誰も反論しない。
出来なかった。
皆、理解している。
今起きている事がどこへ向かっているのか。
その日。
地下都市では――
北方国境で続く小競り合いが、新たな段階へ進んだという報せが届いていた。
そしてその先にある未来を想像出来る者達ほど。静かに危機感を強めていたのだった。




