動けない便利さ
「しかし……」
私は窓の外を見る。
監督官宿舎。そして時折見える中央監督官達。
「目があると、やっぱり動きが取れないわねぇ」
思わず本音。
その瞬間、近くにいた通信文官は、苦笑した。
「そうですね」
「かなり窮屈です」
かなり本当に、今までなら必要なら動かした。
ロイドもくろがねもでも今は、無理。
完全に無理。
「ロイドは論外」
「ですね」
即答。
あれは駄目、見られたら終わる。
色々と終わる。
「くろがねも厳しいわね」
「流石に目立ちます」
当然!鉄の塊。荷馬車とは言えない。
今は倉庫待機。
その時、整備文官は、少し不満そう。
「折角増産したんですがねぇ」
「仕方ないわ」
今、隠す方が大事。
その代わり活躍している者達もいる。
「荷馬車は大活躍だけど」
「はい」
農産物。資材。郵便。人員。全部、荷馬車。
最近は、過労気味。
その時、私は遠くを見る。
線路。そして、走る列車。
「唯一元気なのは鉄道ね」
「ですねぇ」
そこだけは、止まらない。
むしろ毎日、元気に貨物、人員、郵便と全部を運んでいる。
その時、通信文官は少し笑う。
「それだけでも十分異常ですが」
「そうなのよねぇ」
私は苦笑する。
感覚が麻痺している。
でも普通に考えたらこの世界には、鉄道そのものが存在しない。
つまり今は、走っているだけで十分に異常。
その時、整備文官は資料を持ってくる。
「提出資料の返答ですが」
「うん?」
「追加説明を求められています」
私は思わず笑った。
当然、そうなる。
「細かい資料は出したんだけどねぇ」
線路。信号。保守。運行管理と全部を説明した。
一応、出来る範囲で。
でもそれだけで理解出来るなら苦労しない。
「再現出来そう?」
「……」
整備文官は、少し考えそして正直に言った。
「頑張って下さい、としか」
「でしょうねぇ」
私も同意。簡単じゃない。線路だけじゃない。
製鉄。機械加工。保守。運用。人材と全部必要。つまり資料を渡したから出来る。
そんな話じゃない。
その時、通信文官は、少し笑う。
「向こうも苦労しそうですね」
「まあ」
私は肩を竦める。
「頑張ってちょーだいって感じ?」
周囲は、少し笑う。
実際、嘘ではない。
鉄道は線路を引けば終わりじゃない。
維持する方が大変。
だから資料だけで真似出来るなら。
とっくに誰でもやっている。
その頃――中央監督官宿舎。
副官は、提出された鉄道資料を見る。
そして数ページ読んで、静かに閉じた。
「……監督官殿」
「何だ」
「理解出来ません」
「私もだ」
即答。
空気が少し和む。
「本当に動いているのですよね……」
「動いている」
監督官は窓の外を見る。
ちょうど貨物列車が走っていた。
煙を上げながら静かに。
力強く。
「理解出来ないが」
監督官は呟く。
「現実に動いている」
それが一番厄介だった。
その日。
地下都市では――
中央の目によって多くの技術が隠されたままになる一方、鉄道だけは堂々と走り続けていた。
文明とは、ただ技術を持つ事じゃない。
それを維持し支え続ける人と仕組みを持つ事。
その積み重ねこそが――本当の意味で、文明を文明たらしめる力なのだから。




