報告書に書けない脅威
夜、中央監督官宿舎の執務室。
静か。机の上の報告書。
そして地下都市調査資料。
山積み。
「……」
アルヴェルトはペンを置く。
正確には、書けない。
「どう書けば良いのか解らない」
その時、副官は書類整理中。
「まだ終わっていないのですか?」
「終わらん」
珍しく即答。副官は少し驚く。
「そこまでですか?」
「……」
監督官ら、窓を見る。遠く夜の地下都市。
灯り、物見櫓、貨物列車。静かに動いている。
「反乱地域ではない」
「――」
「少なくとも私にはそう見えん」
副官は、静かに頷く。それには、同意。
その時、監督官は報告書を読む。
治安:良好
住民満足度:高い
配給制度:機能
通信網:良好
教育制度:良好
訓練制度:発展中
問題は、山ほどある。でも逆方向。
「良過ぎる」
その時、副官は小さく言う。
「中央は喜ぶのでは?」
「……」
監督官は、苦笑する。
「逆だ」
「――?」
「だから危険なんだ」
空気が少し重くなる。
その時、監督官は静かに続ける。
「住民支持が高い」
「教育が進んでいる」
「行政も機能」
「通信もある」
「……」
副官は、理解し始める。
「つまり中央命令より、地域側への忠誠が強くなる」
「そうだ」
即答。そこに問題。
普通、地方は中央へ頼る。でもここは違う。
自立し始めている。
その時、監督官は別資料を見る。
指揮官候補生一覧。
元狩人。元傭兵。元奴隷。商人見習い。混在。
「……」
普通じゃない。
中央では、こんな人事あり得ない。
でも結果。上手く回っている。
その時、副官は小さく呟く。
「失敗しているなら、問題ありませんでしたね」
「そうだ」
監督官、頷く。
「失敗していれば、ただの田舎だった」
風、吹く。窓が少し揺れる。
その時、監督官。
報告書へ新しい一文を書く。
『現時点で反乱兆候は確認されず』
ペンが止まり少し考える。
そして続ける。
『ただし、当該地域は極めて高い自治能力を有する』
更に数秒。沈黙。
その後、最後の一文、書く。
『軍事的脅威ではなく、統治モデルとして注視を要する』
副官は、思わず顔を上げる。
「……統治モデル」
「そうだ」
監督官ら、静かに答える。
武器。軍隊。反乱。とは違う。
もっと厄介。
「人々が今の暮らしに満足している」
そこら、中央にとって最も扱いにくい。
脅威だから。
その時、監督官は窓の外を見る。
市場。学校。診療所。そして笑っている人々。
「……」
本当に敵なのだろうか?
小さな疑問。まだ答えは出ない。
その日。
中央へ送られる報告書には――
地下都市を反乱地域と断定する言葉は無かった。代わりに記されたのは。
『統治モデルとして注視を要する』
という。ある意味で武力以上に重い評価だった。文明とは、ただ力を持つ事じゃない。
人々が自ら支えたいと思う仕組みを作る事。
その仕組みこそが――時として、どんな武器よりも大きな影響を世界へ与えていくのだから。




