国境を越える文
私は机に肘をつき、しばらく考えてから口を開いた。
「その商品の開発者と、接触出来る事は可能かしら?」
文官の筆が止まる。
「接触、ですか?」
「ええ」
彼は慎重に言葉を選んだ。
「直接的に、でございますか?それとも間接的に?」
「どっちも、かな?」
文官は静かに息を吐いた。
「間接的ならば可能かと存じますが……直接的には、難しいでしょう」
私は頷いた。確かにそうだ。
私は王国に属する、元南国系侯爵家の次期領主娘。
その私が、隣国の新興産業開発者に直接接触。
もし中央に知られれば“南同士で何を企んでいる”そう見られても不思議ではない。
今、王都に目を付けられるのは得策ではない。
魔石産業はまだ安定していない。
軍事力も十分とは言えない。
跳ね返せる力は、まだ無い。
危険過ぎる。
「では、間接的に」
私は視線を上げる。
「文ぐらいなら、渡せるかしら?」
文官は少し考え、ゆっくり頷いた。
「商人経由であれば、可能でしょう。あくまで商取引の一環として」
なるほど。政治ではなく、商業。
それなら角は立たない。
「内容は?」
「友好的な挨拶程度に留めるべきかと」
当然だ。
いきなり“日本人ですか?”などと書けるはずもない。
私は紙を引き寄せた。
文面を考える。
隣国にて新製品を展開する開発者殿へ。
貴殿の革新的な商品に敬意を表する。
油脂精製技術に関心がある。
将来的な技術交流の可能性を探りたい。
――そんな、無難な内容。
だが。一つだけ、仕込む。
封筒の内側に、小さな印。
富士の山。
そして、極小の桜花一輪。
気付く者だけが、気付けばいい。
文官はそれを見て、何も言わなかった。
ただ静かに、封をする。
「商人に託します」
「頼んだわ」
文は、交易品に紛れて運ばれる。
油箱との間。国境を越える。
私は窓の外を見る。かつて一つだった土地。
今は線で分けられている。
商流は、止められない。
金は、流れる。そして思想もまた、流れる。
もし向こうが同郷なら何らかの反応があるはず。
もし違うならただの商談で終わる。
どちらでもいい。
重要なのはこちらから動いたという事。
私は静かに呟いた。
「さて……どう出るかしら」
国境の向こう。
さくら印の主。




