静かな備え
「――まき様」
行政区画。
朝は最近、空気が少し重い。
北国境の小競り合い。
まだ正式通達は来ていない。
でも商人の話が頭から離れない。
「何?」
文官。
書類を差し出す。
「ゆき様側より、定期連絡です」
「……」
私は受け取る。内容確認、数秒後。
「……あら」
思わず止まる。
「どうしました?」
「備蓄共有要請」
「――!」
空気を読む。
「つまり……」
「ええ」
私は静かに頷く。
「向こうにも、同じ様な話が入った」
重要。
ゆきちゃんは無駄に動かない。
でも今。
「備蓄確認、共有量確認、緊急輸送路再点検」
が来てる。つまり。
「商人の話、あながち間違いじゃない」
「……」
空気が少し冷える。
「正式通達、来ますかね……」
若手文官は、不安そう。
「来るでしょうね」
私は書類を閉じる。
「まだ、“戦争”じゃない」
「でも」
一拍。
「国は、動き始めてる」
その時、お母様は後方で古い地図を広げる。
「……北、ね」
「うん」
私は地図を見る。
北。東西二国。元々仲悪い。かなり。
「昔から折り合い悪かったんでしたっけ?」
若手文官に、恐る恐る聞く。
「ええ」
お母様は、静かに答える。
「元々、この二国は長く対立していた」
「……」
「そして」
一拍。
「その間、南にあったのが、“南国”」
空気が静か。
「旧南国……」
私は少し呟く。
昔は、存在した国。でもどっちつかずの中立の立場を取っていた。その態度が気に入らない東西の国は、一時的に結託し攻められ負けた。
「戦争で敗北……その後」
お母様は、地図へ線を引く。
「無理やり国境線を引かれた」
「……」
「南国は、引き裂かれたのよ」
重い。文化。土地。人。全部。
線一本で分断された。
「だから北は、今でも火種が残ってる」
「……」
私は地図を見る。
今の国境線。でもそこは元々。
「無理やり作られた境界」
なのかもしれない。
「商人の言ってた、“燃える時は燃える”って……」
「歴史込みって事でしょうね」
お母様は静か。かなり現実的。
その時、外からは子供達の声。
市場の笑い声。
水路の水は静かに流れてる。
「……」
私は窓の外を見る。
学校、診療所、農地全部。
ようやく作り始めた。
でも戦争が始まれば、簡単に壊れる。
「文官さん」
「はい!!」
「穀物備蓄、増加」
「医療備蓄確認」
「輸送路再点検」
「農地警備隊、巡回強化」
「――了解!!」
派手じゃない。でも必要。
「静かに備える」
そこ重要。
その頃、北方。
遠い国境線の先では――
まだ小規模な火種が、静かに燻り続けていた。
その火が消えるのか。
それとも燃え広がるのか。
まだ誰にも解らない。
その日。
地下都市では――
ゆき側から送られてきた備蓄共有要請を切っ掛けに、“有事への静かな備え”が本格的に始まっていた。
文明とは、ただ発展する事じゃない。
積み上げた平和が壊れる可能性を理解し、それでも守ろうと備える事。
その覚悟もまた――国を支える、大切な力になっていくのだから。




