北のきな臭さ
「――まき様」
整備区画。
朝は最近、何かとかなり騒がしい。
「救急搬送型、後部固定完了しました!!」
「消防型、放水試験準備!!」
「……」
私は少し笑う。
「緊急車両って、思った以上に便利そうね」
くろがね。今までは輸送、工事、農業と色々使った。でも。
「助ける為の車」
としてもかなり良い。
「完成したら?」
整備文官は、確認。
「ゆきちゃんの所へも送る」
「――了解!!」
向こうも工業区画。人口も増えてる。
つまり事故や火災が増える。そうなると必要。
「あと」
私は消防型試験車を見る。
ホース、水槽、後部ポンプ。
「普通に町っぽくなってきたわねぇ」
その時――
「おーい!!」
「……?」
私は振り返ると遠くに見覚えある影。
「あら」
少しボロい外套。妙に軽い足取り。
「少し怪しかった商人」
「“少し”を付けるな」
「怪しいって自覚あるのね」
「そんな事はどうでも良い」
商人は珍しく真顔。
「真面目な話だ」
「……?」
空気が少し変わる。
「ちょっと小耳に挟んだ。お前にも、その内ちゃんとした所から話が入ると思う」
「何?」
商人は、周囲確認し声を落とす。
「北の国境が、きな臭い」
「……へ?」
一瞬。意味が遅れる。
「北の国境だよ」
一拍。
「東西の領軍が、小競り合い始めたらしい」
「……」
空気が止まる。
「最初は?」
「互いに魔物対処だったらしい」
「共同戦線?」
「らしいな」
魔物の殲滅。そこまでは良い。
でも。
「その後、そのまま小競り合い突入」
「……まさか」
「事実だ」
商人は真面目な顔つき珍しい。
「小競り合いがあったのは確実」
「……」
私は少し黙る。北か。確か元々。関係悪い。
「まさか、そのまま大規模化とか……」
「俺に聞くな」
商人は、即答。
「上、次第だ。領軍次第。長引けば、国軍が出てくる可能性もある」
「……」
重い。かなり。今まで開拓、農業、学校、診療所。
“生活を作る話”。
でも戦争が来ると全部、吹き飛ぶ。
「南はまだマシだ」
商人は続ける。
「でも北方面は昔から折り合い悪い。ちょっとした火種で、燃える時は燃える。燃え広がってここが戦場になる可能性も否定出来ない。相手になるのはお前の隣のお友達になるかもしれねー」
「……」
私は整備区画を見る。
消防車、救急車、農地警備隊は全部。
「平和前提」
その時、整備文官が少し不安そう。
「まき様……」
「うん」
「もし本当に大規模化したら……」
「……まだ解らない」
私は静かに言う。
「でも」
一拍。
「頭の片隅には入れとく」
重要。平和は永遠じゃない。だからこそ。
「備える」
必要。
「商人さん」
「何だ?」
「情報ありがとう」
「貸し一つだ」
「高そうね」
「当然」
少しだけいつもの調子が戻る。
でも空気は、完全には軽くならない。
遠く地下都市。広がる田園。学校。診療所。
人々の暮らし。
その平和な景色の遥か北では――少しずつ、“別の火種”が動き始めていた。
その日。
地下都市では――
新たな生活インフラとして、救急車と消防車の開発が進む一方で。
北方国境地帯の不穏な報せが、静かに人々の間へ広がり始めていた。
文明とは、ただ豊かになる事じゃない。
積み上げた平和を、どう守り抜くか。
その現実とも――やがて向き合わなければならない時が来るのかもしれなかった。




