さくら印
数日が経ち。
私の手元には、領地力を測る為の資料が集まり始めていた。
農作物収量。家畜頭数。魔石回収量。
鉱石産出量。輸出入一覧。
食料は、ほぼ自給可能。
備蓄も、平時想定なら問題無し。
鉱石類は、領地南の山から安定産出。
鉄。銅。少量の硝石。
木材は100%自給。建材も燃料も問題無し。
数字を見る限り、基盤は悪くない。
人口に関しては、詳細閲覧不可。
「領主権限により、秘匿されております」
文官が申し訳なさそうに言う。
まあ確かに徴兵。税。治安。
こういう制度なら、開示は不可能ね。
完全な戦略把握は出来ないが概算は掴めた。
私は資料を閉じた。
その時、扉が勢いよく開く。
「お嬢様!」
文官が、珍しく声を荒げていた。
「如何したの?」
「油の行き先が解りました」
私は背筋を伸ばす。
「用途は?」
「どうやら……この新製品に使われている様です」
新製品?文官は小箱を机に置いた。
包装紙。淡い色。そして、印。
私は一瞬、息を止めた。
そこに描かれているのは。
山。
丸みを帯びた花弁。
五枚。
「……さくら印、と呼ばれているそうです」
さくらと富士。
私はゆっくりと箱を手に取る。
中身は石鹸。そして隣に小瓶にクリーム。
油脂を精製し、香料を混ぜ、肌に塗る。
完全に。完全に前世の発想。
パッケージを、もう一度見る。
この世界では見た事の無い花。
そして、明らかに富士山を思わせる稜線。
間違いない。偶然ではない。
私は小さく呟いた。
「……日本人」
文官が怪訝そうに見る。
「何かご存知ですか?」
私は首を振る。
「いいえ。ただ……」
頭が高速で回る。
隣国。しかも、隣領。
油を大量購入。石鹸。
クリーム。ブランド化。
さくら印。
そして私は、富士印。
偶然?あり得ない。
これは同郷。
隣国に?しかも国境を挟んだ先にもう一人、居る。
胸がざわつく。
安心か。警戒か。分からない。
味方かもしれないし敵かもしれない。
考え方。立場。目的。全てが未知。
「販売規模は?」
私は冷静に尋ねる。
「急拡大中との事です。特に都市部で好評と」
都市部。つまり資本もある。
技術もあるし、油を吸い上げる程の生産力。
私は窓の外を見る。
国境の向こう。
そこに私と同じ“記憶”を持つ者がいる。
もし。彼女(あるいは彼)が同じ様に考えているなら。
この世界は、変わる。
そしてもし思想が違えば衝突も、あり得る。
私は静かに笑った。
面白くなってきたわね。
二つの印。
富士。
さくら。
国境を挟んで光と香り。
次に動くのは、どちらだろう。




