国境の向こう
例の物――拳銃は、専用のポシェットを作り、その中に収めて持ち歩く事にした。
表向きは小物入れ。中身は、私の武器。
対魔物用。いざという時の、保険。
護衛すら知らない。
軽い。だが、その重みは金属以上だ。
腰元にぶら下げると、妙に意識してしまう。
私は一線を越えたのだと。
想定外だったのは、そのポシェットの方だった。
革製。体に沿う形。
動いても邪魔にならない。
それを見た侍女が言った。
「可愛らしいですわね」
次に文官。
「機能的ですね」
数日後に商人が笑顔でやって来た。
「同型を販売出来ませんか?」
……何故そうなる。
どうやら、“動きやすい小型腰袋”として需要があるらしい。
女性向け。冒険者向け。商人向け。作業員向けと色々需要が見込めるらしい。
私は説明するのも面倒になり、商人に丸投げした。
「好きにして頂戴」
新商品誕生。
中身は秘密だが、外側だけが広まっていく。
世の中、分からないものだ。
一方で、少し気になっていた事がある。
懐中電灯の販売が始まり、夜の灯りが変わった。
当然、今まで使われていた油ランプの需要は減る。
油屋から何か言われるかも、と商人は心配していた。
既得権益。旧来産業。反発。
「今の所、何も言ってきておりません」
商人は肩をすくめた。探りを入れたらしい。
すると。
「どうやら、隣国への大量輸出が決まったそうで」
……隣国?
油の需要が、むしろ増えている?
戦争か。備蓄か。軍需か。
理由は分からないが、油屋は今、忙しいらしい。
問題無し。私はそこで、初めて考えた。
うちの領地って、どの位の大きさなのかしら?
伯爵家。それなりの規模だと思うけど、正確な範囲を私は知らない。
文官に尋ねる。
「領地は、南は山脈。西は川沿いに国境です」
「国境?」
「はい。隣国と接しております」
さらりと言う。
隣の国。つまりこの領地は、辺境。
前線にもなり得る場所。
私は静かに頷いた。
油が隣国へ大量輸出。
国境が近い。……偶然?
それとも、何か動いている?
「この世界に、精密な地図って有るの?」
文官は少し考えた。
「王都には大陸図がございますが、精密とは言い難いかと」
手書き。誇張。誤差。測量技術は未発達。
私は机に戻った。
地図。もし正確な地図があれば。
兵站計画。物流。防衛線。
全てが変わる。
そして国境があるという事は、いつか越える日が来るかもしれない。
私は窓の外を見た。遠くに広がる平野。
その向こうに、別の国。
まだ見ぬ勢力。
油は流れ。
そして私は武器を持っている。
物語は、領地の内側だけでは済まなくなってきた。
国境の向こうに。




