父の視点
「……動いたか」
低く呟いたのは、まきの父だった。
重厚な机の前。差し出された報告書に目を落とす。
「帝政が動き始めた、だと?」
文官が一歩前に出る。
「はい。帝都からの報告です」
静かな部屋。だが空気は重い。
「娘が始めた製品の件か?」
父は視線を上げずに問う。
「はい」
文官は続ける。
「南は勿論、帝都まで製品が流れております」
一拍。
「完成度、価格、どれを取っても評価が高く」
さらに。
「従来の製品が売れていない状況です」
父の手が止まる。
「……そうか」
短く返す。
だが。その言葉の裏には理解があった。
「まあ」
父は椅子に深く腰掛けた。
「私も見た」
机の端に置かれた鍋。無骨な見た目。
「たかが鍋」
そう言いながらも。
「料理人にも使わせた」
結果は――
「素晴らしい、だ」
文官が黙って頷く。
父はしばらく沈黙した。
「……」
そしてゆっくりと呟く。
「やり過ぎだな」
小さく。しかし確信を持って父は顔を上げた。
「娘の護衛隊に伝えろ」
文官が姿勢を正す。
「はっ」
父の声が少しだけ鋭くなる。
「注意喚起を最大限に」
そして。
「厳命である」
「はっ!」
文官はすぐに動き出す。部屋に再び静寂が戻る。父は鍋を手に取った。
軽い。そして――均一。
指でなぞる。
「……この薄さ」
ただの鉄ではない。加工精度。技術。
「簡単に出来る物ではない」
父は静かに目を細める。
「娘よ」
誰に聞かせるでもなく。呟く。
「たかが鍋、と思っているのだろうが」
これは違う。ただの生活用品ではない。
「技術だ」
そして――「力だ」
父はゆっくりと鍋を置いた。
「これを」
もし。
「鎧に転用したらどうなる」
軽く。強く。均一な防御。
「周りが放っておくわけがない」
それは確信。欲しがる。奪いに来る。
干渉してくる。父は静かに息を吐いた。
「……面倒な事になるな」
止めるつもりはない。ただ。
「守る必要がある」
それだけだ。父は窓の外を見る。
南の方角。そこには――まだ気づいていない娘がいる。
「気を付けろ」
その言葉は届かない。
確かにその未来を見据えていた。




