吾妻編第34話 R対R
若林「皆さん! お待たせしましたアアア!!!!! ついに、ついにこの時が来た!! 吾妻のダウンヒル最終ストレート、血を分けた兄妹が牙を剥き合う!! 相川兄妹の相川 律! 相川 美保!!! R対Rの開幕が始まろうとしているううう!!!!!!」
夜霧を切り裂く二つの「R」の咆哮。
先行するのは、希少なディープマリンブルーに彩られた相川 美保の400R。
そしてその背後、漆黒のカーボンパーツを全身に纏い、獲物を追う黒豹のごとき威圧感を放つのが相川 律のR35 NISMOだ。
相川 律「……悪いな、美保。お前の走りが成長したのは認める。だが、兄貴としてお前をこのまま行かせるわけにはいかないんだ。Rの真髄、俺がここで教えてやる……ッ!!」
律は、R35の圧倒的なトルクを路面に叩きつけ、4WDのトラクションで美保のインサイドを強引にこじ開けにかかる。アテーサE-TSが限界まで演算を繰り返し、フロントタイヤが路面を噛み砕くような衝撃がコクピットを揺らす。
相川 美保「……お兄ちゃん! 私はもう、お兄ちゃんの背中を追いかけるだけの女の子じゃないんだよッ!! 400Rが刻んできたスカイラインの誇り、見せてあげるんだからッ!!」
美保はバックミラーに映る兄の威圧感に怯むことなく、RB-X GT2エンジンのパワーを解き放つ。二台のマシンがサイド・バイ・サイド。吾妻のストレートが、新旧最強のGT-Rが放つ青と黒の火花で真っ白に染まっていく!
若林「並んだ、並んだアアア!! 相川 律のR35が、美保の400Rの鼻先を捉えた!! 兄のプライドか、妹の覚醒か!! 1周目のコントロールラインをトップで通過するのは、どちらの『R』だアアア!!!」
エアリ「……ふふ、最高の余興ですね。お兄さんの律さんは冷徹なまでの加速、美保さんはしなやかな伸び。……お互いを誰よりも知る兄妹だからこそ、相手の『隙』が手に取るようにわかるはず。……さあ、家族の団欒はここまでです。どちらが本当の『R』の継承者か、ここで白黒つけなさい。」
若林「ああっと!? ここでまさかの闖入者だアアア!! 兄妹の『R対R』に割って入ったのは、後方から猛烈な勢いで追い上げてきた柳津 雄介のM4 DTM Edition!! まるで弾丸だ!! 二台のGT-Rが並走するわずかな隙間に、その巨体をねじ込んでいくううう!!!」
相川兄妹が互いのラインを牽制し合い、コンマ数秒の迷いが生じたその刹那。バックミラーを焼き尽くすようなハイビームと共に、柳津のM4が二台の「R」のちょうど真ん中、逃げ場のないデッドスペースへと強引にノーズを突っ込んだ。
相川 律「まじか柳津....っ!! 後ろにいたんじゃ......!!! 菜園とやり合って沈んだはずだろ!?」
相川 美保「お、お兄ちゃん危ないッ!! 柳津さんの車、全然ブレーキ踏んでないよ!?」
柳津 雄介「俺は一度決めたら止まれねえんだよ!! さっきのイヨへの敗北、そして菜園との泥仕合……そのすべてのリベンジだッ!このM4でねじ伏せる!!」
柳津は狂気的なまでのアクセルワークで、GT-R二台のサイドミラーを掠めるほどの超至近距離をキープ。DTM直系の空力デバイスが吾妻の風を切り裂き、そのダウンフォースが二台のRを左右に弾き飛ばさんばかりのプレッシャーを与える。
若林「柳津 雄介、捨て身のトリプル・サイド・バイ・サイド!! 兄妹のドラマを力ずくで書き換え、1周目のコントロールラインを三台同時に通過していくううう!! 吾妻の夜が、こいつらの熱量で溶けちまうぞオオオ!!!」
エアリ「……あらあら〜、無茶苦茶ですね柳津さん。でも、その『なりふり構わない復讐心』、嫌いじゃありませんよ。律さんも美保さんも、身内同士で綺麗なレースをしようとしすぎましたね。」
若林「失礼いたしました! まだだ、まだ1周目は終わらないッ!! コントロールライン目前、吾妻の最終複合コーナーが牙を剥くッ!! ここで柳津のM4、相川兄妹のGT-R二台、さらには背後からイヨのスープラと伊藤のスイスポまでが、一つの塊となって最終セクションへなだれ込んだアアア!!!」
最終コーナーへのアプローチ。そこは道幅が極端に狭まり、高低差がうねるように変化する吾妻スカイライン最難関の地点。柳津のM4が二台のGT-Rの間に割って入り、三車並走のまま時速200キロ近い速度で突っ込んでいく。
相川 律「……柳津、貴様正気かッ!? この先のS字、三台同時なんて物理的に不可能だぞ!! 誰かがガードレールに突き刺さるッ!!」
柳津 雄介「ハッ、不可能を可能にするのが復讐だろうがッ!! 律、美保!! 兄妹仲良く路肩の砂利でも噛んでなァッ!!」
柳津はM4のDTM譲りの強大なダウンフォースを信じ、ステアリングを一切緩めない。右に律のR35、左に美保の400R。火花が三色のボディをチリチリと焼き、カーボンと金属が削れ合う悲鳴が夜の峠に響き渡る。
相川 美保「……お兄ちゃん、柳津さん、どいてッ!! 私は……私はここで終わるわけにはいかないのッ!!」
美保の400Rが、RB-Xエンジンのリミッターを解除するかのような咆哮を上げる。三台がもみ合い、ラインが乱れたその瞬間。
若林「おっとォ!? 三台が牽制し合って失速したインサイドの僅かな隙間!! そこに飛び込んできたのは、重力操作のイヨと、ダウンヒルの鬼・伊藤 翔太だアアア!! まさかの五連・サイド・バイ・サイドが完成してしまうのかアアア!!!」
イヨ「えへへ☆ お兄ちゃんもお姉ちゃんも、みんな仲良しさんだねっ! イヨも混ぜて〜☆ 対抗角グリグリ・フルパワーーーッ!!」
伊藤 翔太「おいおい、地獄絵図だなッ!! だが、この地獄の入り口こそが俺の特等席なんだよォォォッ!! フジツボ・エキゾースト、全開だあああ!!」
エアリ「……くすくす。酷い惨状ですね。五台のマシンが一つのコーナーに同時に殺到するなんて、もはやレースではなく、ただの暴動です。……若林さん、目を見開いていてください。この『死の五重奏』から、一体誰が五体満足で抜け出してくるのか……見ものですよ?」
若林「ああ失礼いたしましたッ!! 実況の私としたことが、あまりの熱狂に距離感を見失いましたアアア!! まだ1周目の半分、ダウンヒルの中間地点だアアア!! ここから先は、吾妻スカイラインでも最も道幅が狭まり、ガードレールのすぐ外は断崖絶壁という超絶技巧セクションに突入しますッ!!」
「死の五重奏」を奏でる五台のマシン——柳津のM4、相川兄妹の二台のR、イヨのスープラ、そして伊藤のスイスポ。彼らがもつれ合うように突入したのは、連続するヘアピンが牙を剥く「つづら折り」の区間だった。
柳津 雄介「ハッ、半分だと……? 望むところだッ!! この狭い区間で、誰が一番先に根性を焼き切らすか勝負といこうじゃねえか!!」
柳津はM4のカーボンブレーキを火が出るほど踏み込み、無理やりドリフト気味にマシンを横に向ける。二台のGT-Rを左右に突き飛ばさんばかりの凶暴なライン取りだ。
相川 律「柳津、貴様……ッ!! 美保、離れろ! こいつは正気じゃない、巻き込まれるぞ!!」
相川 美保「嫌だよお兄ちゃん!! ここで引いたら、もう二度と追いつけない!! 400R、お願い……耐えてッ!!」
三台の巨体が、道幅いっぱいに広がってヘアピンを抜けていく。ガードレールを掠めるたびに火花が散り、その火花が後続の二台を照らし出す。
イヨ「えっへん☆ 狭いところならイヨのスープラちゃんが一番得意なんだよっ! 重力で車体をギュギューッて小さくしちゃうもんね☆」
イヨは重力波動を一点に集中させ、スープラの慣性質量を一時的に操作する。普通のマシンなら外側へ膨らむはずの旋回速度で、彼女だけが磁石に吸い寄せられるようにイン側の縁石を削り取っていく。
伊藤 翔太「へっ、物理法則を無視するガキに、復讐に燃えるヤンキー、それに過保護な兄貴かよ!! メンツが濃すぎて胸焼けがするぜッ!! だがな、このスイスポが一番『峠』を走り込んでるってことを、今ここで分からせてやるよォォォッ!!」
伊藤はフジツボ製の排気音を吾妻の谷底まで響かせ、柳津のM4のリアバンパーを突く勢いでインサイドにノーズをねじ込む。五台のマシンが、まるで一つの巨大な鉄の塊となって、1周目の折り返し地点である断崖のヘアピンを駆け抜けていく。
エアリ「……ふふ。地獄の釜の蓋が開きましたね。若林さん、今の彼らに『安全』なんて言葉は通用しません。この狭い峠道が、彼らの剥き出しの執念で真っ赤に焼けています。……誰か一人がミスをすれば、全員で谷底へ真っ逆さま。これこそが、命を削り合うエーペックスカップの真骨頂でしょう?」
若林「五台同時、ダウンヒル中盤を通過アアア!! 誰も引かない!! 誰も譲らない!! 吾妻の歴史上、最も密度の高い『死の行軍』が今、最高潮を迎えていますッ!!!」
若林「柳津、吠えるッ!! 二台のGT-Rに挟まれながらも、その加速は一歩も引かない!! むしろ怒りに油を注がれたかのように、M4 DTMのエンジンが悲鳴に近い咆哮を上げていますッ!!」
柳津 雄介(ふざけやがって......R2台の癖にィ....!!! カリンのRomaはもっと速いんだぞ.......!???)
柳津の脳裏には、かつて見たカリンのフェラーリ・ローマの流麗かつ圧倒的な加速が焼き付いていた。あの美しくも速い残像に比べれば、今自分を左右から圧迫している重厚なスカイラインたちの輝きさえも、彼にとっては鈍重な鉄の塊にしか見えていなかった。
柳津 雄介「カリンを泣かせたこの峠で、俺が立ち止まるわけにはいかねえんだよッ!! お前らまとめて、そのスカイラインの看板ごとへし折ってやるァァァ!!!」
柳津は強引にシフトを叩き込み、ステアリングを右へ、左へと細かく当てる。左右のR35と400Rのドアパネルを交互に小突き、強引に自車の進路を確保しようとする暴挙! カーボンパーツがぶつかり合い、夜のダウンヒルに火花が乱舞する。
相川 律「……っ! 正気か!? 柳津、この速度で当てる気か……!?」
相川 美保「柳津さんの車……さっきからオーラが怖すぎるよ……っ!!」
若林「柳津 雄介、狂乱のラフファイト!! 二台のGT-Rを文字通り左右に『盾』として扱いながら、断崖絶壁の高速コーナーへ突っ込んでいくッ!! 復讐に憑りつかれた男の走りは、もはや勝負を越えて破滅へと向かっているのかアアア!!!」
エアリ「……ふふ、いいですね。その『愛ゆえの狂気』。柳津さんにとって、今のレースはもはや順位なんてどうでもいい。ただ、カリンさんの速さを証明するために、目の前の障害をすべて排除したいだけ。……律さん、美保さん。愛に狂った男の突進を、あなたたちの『絆』で受け止めきれますか?」
若林「M4が行ったアアアア!!!! やはりM4はM4で黙ってなどいませんでしたアアア!!!! 左右のGT-Rを文字通り弾き飛ばし、その中心を弾丸のように突き抜けたァッ!! エアリさん! 今のシーンを振り返りましょう! あの瞬間の柳津の挙動、一体どうなっていたんですか!?」
エアリ「……ふふ、凄まじい執念ですね。今の柳津さんは、M4のDTM譲りの空力特性を完全に無視して、ただ『前に出る』という意思だけで車体をねじ込みました。普通、あんな風に両サイドを叩かれれば、挙動を乱してスピンするのがオチですが……。」
エアリはモニターに映し出される柳津のステアリングワークを凝視しながら、少しだけ瞳を細めた。
エアリ「……柳津さんは、当たる瞬間にあえて自分から微かにステアリングをぶつけにいくことで、相手の反発力を利用して車体の安定を保っていました。まさに格闘技のような走法です。それに……彼の脳裏にはカリンさんの影がある。妹への誇りが、物理的な恐怖心を完全に塗りつぶしているんでしょうね。……律さんも美保さんも、あの『重さ』には対応しきれなかったようです。」
若林「なるほど、格闘技走法!! まさに生きるか死ぬかの瀬戸際で、柳津 雄介はBMWの誇りを爆発させたというわけですか!! さあ、突き抜けたM4が、前方を行く第2グループの背中を捉えようとしていますッ!!」
若林「おおっとォ!? 弾き飛ばされたはずのディープマリンブルーが、一瞬で姿勢を立て直したアアア!! 相川 美保、ここで兄をも置き去りにする非情の加速だアアア!!!」
柳津の強引な突破によって乱されたライン。しかし、美保の400Rはその衝撃をバネにするかのように、サスペンションをしなやかに沈み込ませ、再びアスファルトを捉えた。彼女の瞳には、かつての迷いはない。
相川 美保「鮫と潮風のように....突き刺す!!! お兄ちゃんごめんね!!!」
相川 律「……っ! 美保、お前……!?」
律のR35が立て直しにコンマ数秒を要する中、美保はRB-Xエンジンのトルクを一点に集中させた。400Rのテールが僅かに流れ、潮風のような鋭いスキール音を響かせながら、柳津のM4が作り出した「風の道」へと吸い込まれていく。
若林「速い、速すぎるッ!! 兄の律をスリップストリームにすら入れさせない、文字通りの『突き刺す』加速!! 青い鮫が、再び柳津の背後へと牙を剥くッ!!」
エアリ「……ふふ、いいですね美保さん。お兄さんへの甘えを完全に捨てました。今の彼女は、ただ一匹の飢えたサメです。潮風のように軽やかに、けれど獲物の喉元を確実に狙い澄ましている。……柳津さん、逃げ切れると思ったら大間違いですよ?」
美保の400Rは、柳津がこじ開けたわずかな隙間をトレースし、断崖絶壁の高速セクションへと飛び込んでいく。その後ろ姿には、もはや「妹」としての面影はなく、一人のレーサーとしての凄みが宿っていた。
吾妻スカイラインを包む夜気は、高回転まで回し続けられたエンジンが発する熱気と、極限まで削られたタイヤの焦げる匂いによって完全に支配されていた。
ガードレールのすぐ外側に広がる断崖絶壁の闇。その縁をなぞるように、三色の閃光が火花を散らしながら疾走する。
柳津 雄介は、BMW M4 DTM Editionのアルカンターラが巻かれたステアリングを、指が白くなるほど強く握りしめていた。左右のバックミラーには、漆黒のR35と、深い蒼を纏ったR33が、死神の鎌のように食らいついている。
柳津 雄介「ふざけやがって……! R2台の癖にィ……!! 俺の隣に並んでいいのは、カリンのRomaだけなんだよッ!!」
柳津の脳裏には、カリンが操っていたあの優雅で残酷なまでに速いフェラーリ・ローマの幻影が焼き付いていた。あの美しさに比べれば、眼前のスカイラインたちは、泥臭い鉄の塊にしか見えない。
彼は、左右から圧迫してくるGT-Rたちのドアパネルに自らの車体を叩きつける。衝撃でステアリングが暴れるが、柳津はそれを力ずくでねじ伏せ、復讐の焔を加速へと変えた。
しかし、その「弾丸」を許さない影が一つ。
ディープマリンブルーの400Rを駆る相川 美保は、フロントタイヤの接地感を脳内に直接描き出していた。潮風のように鋭く、獲物の急所を一突きにするためのライン。彼女は兄・律の牽制を掻い潜り、柳津がこじ開けた乱気流の中へと迷わず飛び込んでいく。
相川 美保「鮫と潮風のように……突き刺す!!! お兄ちゃんごめんね!!!」
美保の瞳には、かつての「守られる妹」の姿は微塵もなかった。 RB-X GT2エンジンが咆哮を上げ、400Rはまさに蒼いサメとなって柳津のM4のリアフェンダーへと牙を剥く。
だが、その背後で沈黙を守っていたはずの漆黒の猛獣が、ついにその沈黙を破った。
相川 律「行かせるかアアアア!!!! お前には負けないぞ美保!!! お前よりも長く生きてるお前のお兄ちゃんは……俺なんだからなアアアア!!!!!」
相川 律の怒号がコクピットを満たし、R35 NISMOのブースト圧が垂直に跳ね上がる。律はあえてラインを外側に振り、そこから物理法則を無視したトラクションでインサイドへ一気に切り込んだ。
兄としてのプライド、そしてレーサーとしての意地。そのすべてをアテーサE-TSの演算回路に叩き込み、R35は美保の400Rと柳津のM4をまとめて飲み込もうとする。
三台は一塊となり、ガードレールを火花で焼きながらヘアピンへと突入する。
その後ろでは、イヨのGRスープラがピンク色の重力波動を不気味に輝かせ、伊藤 翔太のスイフトスポーツがフジツボ製マフラーからアフターファイアを吹き出しながら、この「地獄の先陣争い」に加わろうとしていた。
若林「信じられないッ!! ダウンヒル中盤、もはやコース上に一台分の隙間も残っていません!! 柳津の憎悪、美保の覚醒、そして律の咆哮!! 三つの魂が吾妻の山肌を削り取り、夜空を焦がしていますッ!!」
エアリ「……ふふ、いいですね。誰かが引けば、全員が助かる。けれど、今の彼らにその選択肢はない。……さあ、見せてください。その執念が、どちらの『R』を、あるいは『M』を、奈落の底から救い出すのかを。」
若林「R33 400Rチューンドカーか!? それともR35 NISMOが先か!!?? この先、再び牙を剥くヘアピンがやってきます!!! ワイドなボディを誇るR35 NISMOにとって、この極細のライン取りは苦しくなりそうな予感しかありません!!!!」
吾妻の山肌を削るように、二つの「R」が放つ閃光が夜闇を白く焼き払う。
先行する相川 美保の400R。その右サイドミラーを叩き割らんばかりの勢いで並びかけたのは、兄、律のR35 NISMOだった。
相川 律「美保! 甘いと言ったはずだ! お前のラインはまだ、深海の底を覗き込めていないッ!!」
R35の巨体が、暴力的なまでのトルクで400Rの鼻先を抑え込みにかかる。だが、そこはかつて美保が愛した「凪」の海ではなかった。激しく荒れ狂う潮風の中を突き進む、ブルーシャークの狩場だ。
相川 美保「……っ、お兄ちゃん! そこどいてよ!! アクセル踏めないじゃん!!!」
美保の悲鳴に近い叫びが無線を突き抜ける。
確かに律のR35は速い。しかし、その圧倒的な全幅が、美保の400Rにとっての「勝利の最短ライン」を物理的に塞いでいた。コーナーへの進入速度は時速150キロを超え、ブレーキングポイントは刻一刻と迫る。
若林「相川 律! 並んだアアアア!!!!! GT-R兄妹対決、ついに火花が実体となって飛び散っていますッ!! どちらかが引かなければ、ヘアピンの入り口で二台揃って奈落の底だアアア!!!」
律は確信していた。美保は必ず引く、と。幼い頃から見てきた、心優しい妹のままであれば。
だが、今の美保の瞳に宿っているのは、兄への思慕ではなく、ただ一つの「最速」という頂への渇望だった。
400RのRB-Xエンジンがレブリミットを叩き、ディープマリンブルーの車体が、あえて律のR35のタイヤスモークの中へと自ら飛び込んでいく。
エアリ「……ふふ。お兄さん、読みが外れましたね。美保さんはもう、あなたの背中に隠れる小魚じゃありません。……このヘアピン、美保さんはブレーキを一段階遅らせるつもりです。律さん、あなたのその『誇り高き重量』が、今の彼女には重荷でしかないようですよ?」
若林「信じられないッ!! 美保、ブレーキを踏まないッ!! 兄の巨体の影に隠れながら、インサイドのわずか数センチの隙間を抉り取りにかかったアアア!!」
二台のGT-Rが、サイドミラーを折り畳み、互いの塗装を削り合いながら、吾妻で最も深い闇を湛えたヘアピンへと真っ逆さまに突っ込んでいった。




