吾妻編第30話 千歳のRZ34
若林「おっとオオオ!! ここでトップを走る『氷雪の獣神』ちとせが動いたアアアア!! 吾妻の急勾配を、まるで平地であるかのように暴力的な加速で駆け上がっていくううう!!!」
先頭を独走するちとせは、蒼色のロングヘアを揺らしながら、エアコンの効いた涼しい車内で一人、のんびりと呟いた。
背後には、死に物狂いで食らいつく柊 蒼真のシビックタイプRが迫っているが、彼女の瞳には焦りなど微塵もない。
ちとせ「やっぱりいいね〜....もへ〜.....」
グオオオオオオンッ!!!!
RZ34のV6ツインターボが、野太く、そしてどこか洗練された重低音を吾妻の山々に響かせる。
ちとせは蒼色のもふもふとした萌え袖から覗く指先で、パドルシフトを軽やかに弾いた。
ちとせ「やっぱりおじさんの相棒はZだよ〜... オートマパドルなのに2速で40から100キロまで時速を稼げてしまう... 最高だね〜......」
瞬時にレブリミットまで跳ね上がるタコメーター。
強大なトルクがリアタイヤを路面に叩きつけ、Zの巨体を一気に前方へと押し出す。
それは、軽量さを武器にする蒼真のシビックにとって、最も抗いがたい「排気量の暴力」だった。
柊 蒼真「く.....!!! 速すぎる……ッ!! コーナーでどれだけ詰めても、あの立ち上がりの一瞬で全てを無に帰されるのか……ッ!!」
蒼真は歯を食いしばり、FL5のK20Cエンジンを限界まで回すが、Zのテールランプは無慈悲に遠ざかっていく。
ちとせの「おっとりとした性格」とは裏腹に、そのドライビングは絶対零度の冷徹さで、追跡者の心を折るに十分な破壊力を持っていた。
エアリ「……圧倒的ですね。ちとせさんは、Z34が持つ『加速の黄金比』を完璧に理解しています。2速という最もトルクの乗る領域を使い切り、蒼真さんの追撃を嘲笑うかのように突き放した。……蒼真さん、あなたの『純白の追跡』も、あの蒼い氷の壁を突破できなければ、ここで終わってしまいますよ。」
若林「おっとォ!! 9位に浮上した岡田 大成が、不気味な黒いオーラを放ちながらさらに加速する!! その言葉の端々に、かつての伝説……今は亡きあの『絶対王者』の影が重なって見えるのは私だけでしょうか!!!」
岡田 大成「スタートダッシュは遅れたが、4.0リッターV8エンジンにNSX NA1と同じアルミモノコックは最高の必需品だ……!!!」
岡田は無表情のまま、GR GTの極限まで低いコックピットで淡々とマシンを操る。
このマシンは、かつて峠の王として君臨した「黒いNSX」の魂……軽量かつ高剛性なアルミモノコック思想を現代の技術で再定義した、まさに走る実験室だ。大排気量マルチシリンダーのパワーと、羽毛のような軽快なハンドリングが、矛盾なく共存している。
岡田 大成「元絶対王者の黒いNSXを受け継ぐのは俺だ......!!!」
かつて、NSX吉田とも言われた吉田ノリアキが駆り、伝説を残したあのマシン。
その遺志と技術的系譜を継ぐ自負が、岡田を突き動かしていた。
黒いGR GTは、まるでアスファルトを滑る影のように、先行する伊藤 乎太郎のパガーニ・ウアイラとの距離を高速セクションで一気に詰めにかかる。
若林「出たアアア!! 現代に蘇った『黒い伝説』の継承宣言!! 岡田 大成、その走りはまさに精密かつ大胆!! 前方を行くハイパーカー、ウアイラを射程圏内に捉えたぞオオオ!!!」
エアリ「……なるほど。彼が目指しているのは、単なる速さではなく『究極の調和』ですね。大排気量のV8という心臓を持ちながら、アルミモノコックによる異次元の旋回性能。……乎太郎さん、あなたの『風』は、この重厚かつ軽やかな黒い影を振り切ることができますか?」
若林「さあ! 迫ってきたぞ!!! 1周目の道の駅吾妻沿いのスカイラインッ!!!」
標高を上げ、視界が開けたスカイラインのハイライト。道の駅付近の緩やかなカーブが連続する区間に、色とりどりの、しかし牙を剥いた「獣たち」が雪崩れ込んでいく。
若林「現代の獣たちが磐梯山の頂をすり抜けていくううう!!!!!! 絶景のパノラマラインを、時速200キロオーバーの鉄の塊が、空気を切り裂き、タイヤを鳴らして駆け抜けていくッ!!」
先頭のちとせを筆頭に、後続の蒼真、サテラ、フリス……。
そして5位争いの地獄から這い上がってきた花、眞鍋、カナタ。
さらには伝説の影を追う岡田、風を操る乎太郎。
すべてのマシンが、標高1,000メートルを超える希薄な空気の中で、エンジンを限界まで唸らせ、タイヤのグリップと己の魂を削り取っている。
若林「道の駅沿いに集まった大観衆の声援を、エキゾーストノートが力ずくで掻き消していく!! このスカイラインを制し、1周目のコントロールラインへ向けてトップで飛び込んでくるのは一体誰だアアアア!!!」
エアリ「……美しいですね。この高地特有の澄んだ空気が、エンジンに僅かな影響を与え、そしてドライバーの集中力を研ぎ澄ませます。……ですが、ここからの下りは登り以上に過酷。このスカイラインを抜けた先、本当の『絶望』と『歓喜』が、彼女たちを待ち受けていますよ。」
若林「さあ!ここのストレート後半区間でセリナがいくかアアア!!??」
道の駅吾妻を横目に抜ける、緩やかなカーブが連続する超高速のパノラマストレート区間。標高一千メートルを超えるこの過酷な環境下では、平地と比べて空気が極端に薄く、内燃機関の燃焼効率やターボの過給圧に微細な影響を与え始める。
しかし、内藤セリナが駆るアウディR8 V10 plusには、そのような細かな懸念など一切無関係であった。ミッドシップに低くマウントされた5.2リッターの自然吸気V10エンジンが、その真価を遺憾なく発揮する。ターボラグという概念が存在しない、アクセルを踏み込んだ瞬間に脳天を突き抜けるようなダイレクトなレスポンス。
先ほどのヘアピンカーブで、古賀加奈子の操る重戦車M5と相川律のGT-Rに挟み込まれ、自分のペースを乱されて極限のストレスを強いられていたセリナにとって、この前方が開けた空間は、まさに檻から解き放たれた猛獣のための絶好の狩り場であった。
内藤 セリナ「邪魔者がいない直線なら、私のR8が誰かに負けるわけないじゃないッ!! さあ、もっともっと甲高く鳴きなさいよ私のV10!! 鬱憤を全部ここで晴らしてやるわッ!!」
セリナの右足は、ブレーキペダルという存在を完全に脳内から消去したかのように、アクセルペダルを床板の奥深くへと沈み込ませたまま一切のブレを見せない。彼女の代名詞である「泥んこフミッパ」の真骨頂。いかなる恐怖にも屈しないその狂気的なドライビングスタイルが、R8の持つ爆発的な加速力を極限まで引き出していく。
楽器のように調律された甲高いエキゾーストノートが、吾妻の澄み切った冷たい空気を鋭く切り裂き、沿道に集まった大観衆の鼓膜を激しく震わせる。
次なる標的は、前方を走る相川美保のスカイラインGT-R 400R。
幻の銘機と呼ばれるRB-X GT2エンジンを搭載した至高のGT-Rであり、ストリートにおける伝説的な存在だが、超高速域からの絶対的な「伸び」という点において、最新鋭のスーパーカーであるR8 V10 plusの洗練された空力性能とパワーには一歩譲らざるを得ない。
相川 美保「うそっ!? なにあの信じられないスピード……! 後ろから閃光みたいに近づいてくるッ!! 私の400Rが、直線でこんなに簡単に詰められるなんて信じられない……!!」
バックミラー越しに猛烈な勢いで迫り来る、低く平べったいアウディのフロントノーズ。その異常な接近速度に、相川美保は驚愕の声を上げた。
彼女も決してアクセルを緩めているわけではない。しかし、セリナのR8は、まるでスリップストリームという概念すら必要としないかのように、単独の絶対的な加速力だけで400Rの真後ろへとワープしてきたのだ。
内藤 セリナ「そこをどきなさいよ、旧世代の遺物ッ!! 私の前に立ちはだかる車は、全部まとめて置き去りにしてあげるわッ!!」
セリナはステアリングをわずかに右へと切り、相川美保の400Rが作り出すスリップストリームの恩恵からあえて抜け出した。風の抵抗を正面から受けながらも、V10エンジンの圧倒的なパワーがそれを強引にねじ伏せていく。
時速200キロを優に超える極限のスピード領域で、二台のマシンが完全に横並びとなる。サイド・バイ・サイド。しかし、その並走状態はほんの一瞬の出来事であった。
R8の流線型のボディが、空気を切り裂いてさらに一段階上の加速を見せる。
相川 美保「くっ……! まったく歯が立たない……!! これが、本物のスーパーカーの力なの……!?」
相川美保が悔しさに唇を噛む横を、内藤セリナのアウディR8が、文字通り閃光のごとき速さで鮮やかに抜き去っていく。
強烈な風圧が400Rの車体を揺らし、セリナはそのまま一気に11位へとポジションを上げた。中団グループの序列を容赦なく破壊しながら、セリナの「フミッパ」は次なる獲物へとその鋭い牙を剥いていく。
若林「さらに後方では、フェラーリとポルシェがサイドバイサイドオオオオオオオオ!!!!! このふたりが戦うのはいつぶりでしょうか!!?? クリスティ・ニールセン!!! そして菜園 宗一郎!!!! 世界最高峰のブランドを背負う二人が、16位争いで火花を散らすうううう!!!」
1.4キロの不動沢橋を抜け、道の駅吾妻を通過する高速区間。
クリスタ・ニールセンの駆るフェラーリ 488GTSの官能的なV8ターボの咆哮と、菜園 宗一郎のポルシェ 992 GT3が奏でる乾いたフラット6の絶叫が、吾妻の山肌に反響し、重なり合う。
本来ならトップ集団にいてもおかしくないこの二台が、なぜこの順位で潰し合っているのか。
エアリ「……絶対に何か隠してますよね。こんなにもパワーがあるのにまだ下の方にいますから……。後々、何かとんでもないことをしでかす予感がします。今は牙を研ぎながら、全体の展開を俯瞰している……そんな不気味さを感じますね。」
解説席のエアリは、赤い瞳を細めてモニターを凝視する。
その予感通り、二人の間には順位争い以上の「冷徹な緊張感」が漂っていた。
菜園 宗一郎「こんな所で何やってんだクリスタ.......? お前も伊藤みたいになりたくなけりゃとっとと前へ行くんだなアアア!!!!!」
菜園はGT3のステアリングを完璧な精度で操り、フェラーリのインサイドを強引に塞ぎながら咆哮した。
ポルシェのRRレイアウトが、路面を蹴り飛ばすような圧倒的なトラクションを生み出し、フェラーリの加速を封じ込める。
クリスタ・ニールセン「……ふん、相変わらず口の悪い男。他人の心配をする暇があるなら、自分のエンジンの油圧でも気にしていなさい。私は私の『タイミング』で、この場所を抜けるだけよ。」
クリスタは冷静にパドルを弾き、488GTSのトルクを最適にコントロールする。
二台は超高速域でタイヤが接触せんばかりの距離を保ち、互いの挙動を読み合っている。
それはレースというよりも、獲物を仕留める前の「儀式」のような不気味さを孕んでいた。
若林「菜園 宗一郎、凄まじい気迫!! フェラーリを相手に一歩も引かない!! エアリさんの言う通り、この二人が本気で上を目指し始めた時、順位表は根底からひっくり返るかもしれませんッ!!」
若林「さらに! そのフェラーリとポルシェの後ろからGRスープラとトリコロールストライプのあのDTMが猛追してきたアアア!!!! GRスープラ、イヨ!!! そしてBMW M4 DTMエディション、柳津 雄介エエ!!!!! この4台の戦いが始まろうと幕を開けたアアア!!!!!」
スカイラインの高速セクションの終わり、急激な減速を強いるタイトなヘアピンカーブが前方に見えてくる。
そこへ、最高速域から一気に肉薄してきたのは、ホワイトのボディにMカラーの三色ストライプを纏った、公道を走るレーシングカー。
柳津 雄介「この先のヘアピンで抜いてやらァ……!!!! ブレーキングでぶつけてでも並んでやる……っ!!!!」
柳津はM4 DTMのカーボンセラミックブレーキの絶対的な制動力を信じ、アクセルを戻さない。
35歳という年齢を感じさせない血気盛んな走りで、先行する菜園のポルシェとクリスタのフェラーリの隙間に強引に鼻先をねじ込もうとする。
温泉を愛するのんびりした一面は消え失せ、今はただ、M4のダウンフォースを武器に獲物を狩る「狂犬」と化していた。
イヨ「えっへん☆ 柳津のおじさん、熱いね〜! でも、重力の魔法からは逃げられないよっ! 少しだけ“壊す側”の力、見せてあげるっ!」
その後方、白いGRスープラのコックピットでは、11歳の少女イヨが無邪気に笑う。
彼女がステアリングにある特定のスイッチを叩くと、スープラの周囲に「濃いピンク色」の重力波動が渦巻いた。
物理法則を無視した圧倒的なダウンフォースが車体を路面に叩きつけ、タイヤのグリップ力を強制的に引き上げる。
超高速域からのフルブレーキング。他の3台が慣性で外側に膨らみかける中、イヨのスープラだけが地面に張り付いたまま、最短距離のインサイドを猛然と突き進む!!
若林「柳津が行くか!? いや、内側から重力を操る少女、イヨが弾丸のような突っ込みを見せたアアア!! 16位から19位、この欧州・国産混合の超ハイスピードバトル、ヘアピンの餌食になるのは誰だアアア!!!」
エアリ「……柳津さんもイヨさんも、クリスタさんたちの『余裕』を力ずくで剥ぎ取りに行きましたね。特にイヨさん、あんな重圧をかけられたら、フェラーリもポルシェもタダでは済みませんよ。さあ、誰がこの『潰し合い』から最初に抜け出すでしょうか……。」




