吾妻編第21話 スタビリティ
K427
ミッドシップレイアウトの完璧な重量配分が生み出す、レールの上を走るようなコーナリング。
フリスの操るポルシェ 718 ケイマン GT4 RSは、物理法則の最適解を涼しい顔で描き出し、前を行くランエボの懐へと飛び込んだ。
若林「この中でも圧倒的コーナー、ストレートもバランスの取れた走りをしているのは間違いなくPORSCHEケイマンGT4RSのフリスではないでしょうか!!!! ケイマンがEVO7MRに迫るううう!!!!!」
バックミラーいっぱいに映るポルシェの姿に、サテラは不機嫌そうに眉をひそめ、無線を開いた。
サテラ「あれ? 何君? ケンカ売りに来たの? ボクにケンカ売らない方がいいけど? そのドイツ製のカエル、サメの餌にしちゃうよ?」
水鮫からの明確な威嚇。
しかし、フリスからは予想外に明るく、緊張感のかけらもない声が返ってきた。
フリス「ん〜? ケンカ〜? ちがうよちがうよ〜! めっそうもない!」
フリスはハンドルを指先で軽く弾くように操作し、サテラの挑発的なブロックをひらりとかわす。
フリス「ボクはただ、サテラちゃんと『鬼ごっこ』がしたいだけ〜! その水色のリアウィング、キラキラしててすっごく綺麗だねぇ! もっと近くで見せてよ〜! あははっ!」
サテラ「はぁ!? 鬼ごっこだと!? この神聖なレースを遊び場にするな!!」
フリス「えー、いいじゃんいいじゃん! ほらほら、捕まえてごらーん……なんてね、ボクが鬼だよーん!」
若林「なんとぉ!! フリス選手、完全に遊んでいます!! サテラ選手の殺気を、笑顔で受け流したぁぁ!!」
エアリ「……はぁ。ふざけた態度に見えますが、走行ラインに1ミリのズレもありません。相手を怒らせて冷静さを奪う……計算された『能天気』だとしたら、彼女もまた相当なワルですねぇ。減点対象にはしませんが、性格が悪いです。」
フリスの能天気な「鬼ごっこ」発言に対し、サテラは冷ややかな殺気を含んだ笑顔でマイクに向かった。
サテラ「……はぁ。いつもいる黒川くんがインフルでいないから、今日はいざこざないだろーなーって思ってたけど....」
サテラはステアリングを鋭く切り込み、電子制御デバイス(AYC)をフル活用して、ランエボを横滑りさせながら威嚇する。
サテラ「君みたいなやつなら容赦しないよオオオっ!!」
語尾に星がつくような可愛らしい口調とは裏腹に、そのドライビングは凶悪そのものだった。
幅寄せ、進路妨害、そして急減速によるブレーキング競争。
「水鮫」の異名を持つ彼女が、その牙を剥いて襲いかかる。
若林「うわぁぁぁ!! サテラ選手、スイッチが入ったぁぁ!! 不在の黒川選手への鬱憤を、全てフリス選手にぶつける気だぁぁ!! 容赦ないブロック!!」
フリス「おぉ〜、こわ〜い! サメさんが噛みついてきたよ〜! でもでも、怒ると視界が狭くなっちゃうよ〜?」
フリスは楽しそうに、暴れるランエボの隙間を縫うようにポルシェを滑り込ませる。
エアリ「……非合理的です。レース中に不在の他者(黒川選手)のことを考えたり、感情で走行ラインを乱したりするのは、プロとして未熟の極み。サテラさん、集中力が散漫になっています。タイヤを無駄に摩耗させるだけの『八つ当たり』ですね。減点3です。」
フリス(外面)「わぁっ! サメさんガブガブだぁ〜! 食べられちゃうよぉ〜! 逃げろ逃げろ〜♪」
ポルシェのステアリングを軽快に操りながら、フリスは楽しげに声を上げる。
だが、その**内面(頭の中)**は、まるで深海のように静まり返り、凍てついていた。
フリス(内面)『……あぁ、うるさい。』
思考の海には、感情の波などひとつもない。あるのは白一色の静寂だけ。
フリス(内面)『熱い。熱い熱い熱い。サテラちゃん、体温が高すぎるよ。そんなに怒りのエネルギーを撒き散らしたら、ボクの「コットンアイススノー」が溶けちゃうじゃないか。』
彼女の視界に映るサテラのランエボは、もはや「競争相手」ではなく、「冷却処理が必要な熱源」として認識されていた。
フリス(内面)『ねぇ、知ってる? 怒りってね、無駄なカロリー消費なんだよ? そんなに熱くならないで、この我の雪の中で大人しくしてればいいのに。』
フリスは、サテラの隙を見つけるために観察しているのではない。
どの瞬間に、**「心を折って(凍らせて)」あげれば、一番美しい氷像になるか**を品定めしていた。
フリス(内面)『黒川くん? インフル? ……ふーん、どうでもいいや。君のその真っ赤な怒りも、青い車体も、我の甘い雪で包み込んであげる。手足の感覚がなくなって、意識がとろとろになって……永遠に動かないお人形さんになれば、もうイライラしなくて済むでしょ?』
フリス(外面)「えいっ! こっちかな〜?☆」
フリス(内面)『……さぁ、堕ちて。冷たくて甘い、終わりのない冬へ。』
表面の無邪気な笑顔の下で、フリスはサテラのランエボに対し、残酷なまでに優しい「氷の棺」を用意していた。
サテラとフリスの異常な駆け引きの後方で、もう一つの「ジャイアントキリング」が起きようとしていた。
真っ赤な跳ね馬、フェラーリ 488 GTSの背後に、黄色い弾丸が音速で肉薄する。
若林「その後方では...おわあああああ!!!! フェラーリに伊藤 翔太がヘアピンで並ぶうううう!!!!!」
コーナー手前、クリスタがブレーキングポイントを見極めようとしたその瞬間、サイドミラーに映る黄色い影が減速もせず飛び込んできた。
若林「ノーブレーキでスイスポがヘアピンのインをついたああああ!!!!!」
物理的にありえない突っ込み。
FF(前輪駆動)車特有のアンダーステアでコースアウトするかと思われたが、翔太のスイフトはリアを強烈にスライドさせながら、まるでコマのように鋭角にノーズをインへ向けた。
クリスタ・ニールセン「ウソでしょ......!? FFは、荷重が逃げるはずなのに......っ!!??」
クリスタの常識が崩れ去る。
急激なタックイン、あるいはサイドブレーキを使ったのか?
いずれにせよ、リアの接地感が抜けやすいFF車で、フェラーリのインを刺すほどの回頭性を維持するなど、正気の沙汰ではない。
伊藤 翔太「あいにくだが、、、このスイスポはもう前とは違うんだよ......ッ!!!」
翔太はステアリングをカウンターで修正しつつ、アクセルを床まで踏み抜いた。
ボンネットの下で唸りを上げるのは、極限までチューニングされたK14Cエンジン。
伊藤 翔太「300馬力...もっと踏み込みたくなるぜ......っっ!!!!」
爆発的なトルクが軽量ボディを弾き飛ばすように加速させ、立ち上がりでフェラーリの前に踊り出る。
「屈辱のイエロー」と呼ばれた男が、イタリアの至宝をねじ伏せた瞬間だった。
目の前で黄色いハッチバックが、あろうことかフェラーリのインを刺して立ち上がっていく。
その屈辱的な光景に、クリスタの理性が焼き切れた。
クリスタ・ニールセン「何が踏み込みたくなるよ!! そんな魔法つうじるかっての!!!!」
彼女は488 GTSのアクセルを乱暴に踏み込み、コーナーの出口で無理やり並びかけようとした。
V8ツインターボが狂ったように咆哮し、後輪に莫大なトルクが叩きつけられる。
だが、その速度はタイヤのグリップ限界を遥かに超えていた。
ギュワアアアアア!!!!!
悲鳴のようなスキール音が渓谷に響き渡る。
フェラーリのノーズが、クリスタの意図とは裏腹に、コーナーの外側へと大きく流れていく。
若林「ああっとクリスタ!! 突っ込みすぎたァァァ!!!! ラインが膨らんでしまうぅぅぅ!!!!」
クリスタ・ニールセン「嘘......っ!? 曲がらない......ッ!? アンダー!?」
遠心力に負けたフェラーリは、ガードレールすれすれまで大回りをしてしまい、完全に失速した。
その隙に、伊藤 翔太のスイフトスポーツは軽快なエキゾーストノートを残し、遥か前方へと脱出していた。
伊藤 翔太「へっ、悪いなフェラーリ。今の俺のスイスポは、魔法じゃなくて『科学』の塊なんだよ。熱くなってるうちは追いつけねぇぜ!」
エアリ「……愚かですね。フェラーリという素晴らしい名馬も、乗り手が手綱を引くどころか鞭を打ちすぎては暴走するだけです。感情に任せたオーバースピード……美しくない上に危険極まりない。減点5です。」
伊藤 翔太「......すげぇよこれ。以前よりもスタビリティが良い感じに効いてる......っ!!」
翔太はステアリングから伝わる「確かな手応え」に戦慄した。
タイヤが路面を噛む感触が、指先にダイレクトに伝わってくる。
強化されたボディ剛性と、伊藤自動車で極限までセッティングを煮詰めた足回りが、300馬力という暴力的なパワーを余すところなく推進力に変えていた。
伊藤 翔太「普段はカナタとは違って俺はグリップだが......ショックアブソーバーがうまく介入してくれている......っ!!! これなら踏める!! どこまででも!!」
クリスタのフェラーリがバックミラーの中で小さくなっていく。
「黄色い大衆車」が、イタリアの至宝を実力でねじ伏せ、完全に置き去りにした瞬間だった。
若林「スイスポがフェラーリをまさかの抜き去ってしまううううう!!!!!!」
実況席の若林が、信じられないものを見たという顔で絶叫する。
若林「伊藤 翔太が13位に来たあああああ!!!! ジャイアントキリング達成です!!」
エアリ「……お見事です。派手なドリフトではなく、グリップ走行で『止まる・曲がる・走る』の基本を極限まで高めた結果ですね。ショックアブソーバーの減衰力設定が完璧です。メカニックとしての腕も一流ということでしょう。加点10です。」
コーナーが連続するテクニカルセクションで、白い塊が猛然と加速した。
18番手スタートのイヨが操るGRスープラが、重厚なボディを路面にねじ込むようなコーナリングで前へ出る。
その背後に、耳をつんざくようなV10サウンドを轟かせながら、黄色いスーパーカーが食らいついていた。
若林「さあ! この2人が戦うのは初めてだろうか? 白色のGRスープラ イヨ!!!」
イヨのスープラは、まるで車体重量が増したかのようにタイヤを路面に押し付け、微動だにしない安定感でコーナーをクリアしていく。
若林「そして、フミッパスライダーの使い手! 女子高生アイドル! レモン色のR8! 内藤 セリナっ!!! この2人から目を逸らしてはいけないぞおおお!!!!」
バックミラーいっぱいに映る、減速を知らない黄色い影。
イヨは小さな手でステアリングを握りしめ、幼いながらも闘志に満ちた瞳で前を見据えた。
イヨ「イヨの力はこういうコーナー区間なの.....っ!! ママ譲りの『重力』で、タイヤを地面に縫い付ける! でも...後ろのR8には負けたくない!!!」
対する後方、アウディ R8 V10 plusのコクピット。
内藤 セリナは、アイドルとしての愛くるしい笑顔を浮かべながら、常人なら失神するような横Gの中で歌うように呟いた。
内藤 セリナ「えへへ☆ もちろん、今回もちゃんとコーナーも踏みっぱでいくよ? タイヤさんが悲鳴あげても、聞こえなーい♡ アイドルはいつだって全力全開だもん!」
ギュルルルルルルッ!!!!
セリナは本当にアクセルを緩めなかった。
オーバースピードで突っ込み、四輪を激しくスライドさせながら、イヨのスープラのアウト側に並びかける。
制御された「重力」のグリップ走行 VS 制御不能な「踏みっぱ」スライド。
相反する二つの走りが、接触寸前の距離で交錯した。
エアリ「……見ていられませんね。イヨちゃんの走りは理にかなっています。ダウンフォースと荷重移動を『重力』として使いこなしている。ですが、後ろのR8は……ただの暴走です。あんな踏み方をすれば、いつか遠心力に負けて宇宙まで飛んでいきますよ。危険行為として減点50です。」
若林「.....いや!! そこにシャオミとM4が仕掛けたああああ!!!!」
若林の絶叫と共に、イン側のわずかな隙間にBMW M4の巨大なキドニーグリルがねじ込まれ、アウト側からはXiaomi SU7 Ultraが音もなく並びかけた。
前門の重力、後門の暴走に加え、左右からの挟撃。
内藤 セリナ「......は?」
イヨ「エ....っ!?」
あまりの事態に、アクセルを踏みっぱなしのセリナですら一瞬思考が停止し、イヨの猫耳が驚きで跳ね上がった。
その隙を逃さず、BMW M4 DTM Editionを駆る柳津 雄介が、怒りを露わにしたドライビングで幅寄せを行う。
柳津 雄介「そこをどけよ......!! お前らのせいで、カリン(妹)が予選外だっただろうが......!」
雄介の脳裏には、予選で敗退し、涙を流していた最愛の妹・柳津 カリンの姿が焼き付いていた。
妹の繊細な氷の走りを邪魔したのがこいつら(あるいはこの乱戦という状況そのもの)だという、半ば八つ当たりに近い、しかし強烈な私怨がM4のアクセルを深く踏み込ませる。
柳津 雄介「俺のM4は、DTMのホモロゲーションモデルだ......! アイドルのお遊びや子供の重力遊びに付き合ってる暇はねぇんだよ!! 消えろッ!!」
一方、アウト側から猛然と加速してきた樋口 瀬那は、雄介のような深い事情など持っていなかった。
ただ、そこに「抜ける隙」があったから踏んだだけ。
樋口 瀬那「なんだか分からないけど...前に出る!!!」
Xiaomi SU7 Ultraのモーターが、内燃機関では到達できないハイブリッドの瞬発力でトルクを立ち上げる。
ライトニングイエローのボディが、稲妻のようにサイドバイサイドの列に加わった。
エアリ「……なんてことでしょう。コース幅は限られていますのに、4台が横並び(フォー・ワイド)? 物理的に不可能です。特にあのBMWの方、感情でハンドルを握るのは危険です。妹さんの仇討ちか何か知りませんが、公道は復讐の場ではありません。……全員まとめて減点100ですね。」
コース幅が極端に狭まるヘアピンカーブの入り口で、常軌を逸した光景が展開された。
一台でもライン取りが難しい難所に、なんと4台のマシンが横一列に並んで突入しようとしていたのだ。
若林「4台並走!!!! 1番アウトにR8! アウトから3番目にシャオミ!!!」
若林の声が裏返り、観客の悲鳴がかき消される。
大外の断崖絶壁側ギリギリを、内藤 セリナのアウディ R8が「踏みっぱ」で駆け抜ける。
その内側には、柳津 雄介のBMW M4 DTM Editionと、樋口 瀬那のXiaomi SU7 Ultraが、互いのボディを擦り合わせるようにひしめき合っている。
若林「そしてその横にM4! 1番イン側にGRスープラでヘアピンへと飛び込むううう!!!!!」
最内、ガードレールと他車に挟まれたイヨのGRスープラは、逃げ場を完全に失っていた。
通常の物理法則ならば、全員まとめてコースアウト、あるいは多重クラッシュが避けられない絶望的な進入速度と密度。
イヨ「うぅ......っ!! 狭い......!! 重力で......押し返すしか......っ!!」
柳津 雄介「どけぇッ!! 俺のM4の剛性を舐めるなよ!! 妹の分まで、俺がねじ込む!!」
樋口 瀬那「なんだかすごいことになってるけど......電気の加速なら負けない!!」
内藤 セリナ「アハハハハ!! みんな仲良しだねぇ〜〜!! このまま壁まで競争しよっか〜〜!!☆」
4台の咆哮と金属音が重なり合い、火花を散らしながらヘアピンのクリッピングポイントへ殺到する。
その惨状を目の当たりにしたエアリは、呆れを通り越して、教官のような冷ややかな口調で断じた。
エアリ「……愚かの極みですね。このヘアピンの有効コース幅は約9メートル。対して、GTマシンの全幅は約2メートル弱。4台並べば物理的に『余白』はゼロです。誰かが一瞬でもハンドル操作を誤れば、ドミノ倒しのように全滅します。……協調性ゼロ、危機管理能力ゼロ。全員、レースライセンスを剥奪すべきレベルの暴挙です。大減点。」
次回 陥落




