吾妻編第13話 なぜ謝れない
K419
パドックに、鈍い打撃音と絶叫が響き渡った。
バイパーの出走を終えたばかりの高槻が、突如として銀のエボIXの前にいた眞鍋琉世の襟首を掴み上げたのだ。
高槻 健永「ところでアイツは?……おい!!!! そのガキ待ちなァァ!!!!」
「バシィィィィィンッ!!!」
乾いた音が響き、眞鍋の体が崩れる。高槻は容赦なく、倒れ込んだ眞鍋の腹部を蹴り飛ばした。
高槻 健永「お前どうせズルしてるんだろ……?」
眞鍋 琉世「そんなしてません!! これは、、、っ!!」
眞鍋の手からこぼれ落ちた鍵には、愛車と同じ銀色のエボのストラップが揺れていた。それはただの、車への愛が詰まったお守りだった。
高槻 健永「どうせそんなくだらないおもちゃ使ってズルしたんだろ、、、?」
眞鍋 琉世「なんの権利あってお前……っ! こっちの事情も知らないくせにぃぃ!!」
眞鍋は黒川の代役という重圧を背負い、死に物狂いで走ったのだ。その想いを踏みにじる言葉に食ってかかるが、高槻の狂気は止まらない。
高槻 健永「甘ったれるなクソが……!!!」
「ドカッ!!!」
再び眞鍋の足を強く蹴り飛ばす。骨が軋むような音が周囲の空気を凍らせる。
高槻 健永「そんなくだらないことをしてるから予選もギリギリでのスタートになった。お前がいなければ俺は3日目に予選できたんだぞ?」
眞鍋 琉世「あんだって!!?? (そんな、自分勝手な理由で……っ!?)」
ゲジ!!! バキッ!!! ドカ!!!
ガッガッ!!! バシイイインッ!!!
一方的な暴行。高槻は馬乗りになり、眞鍋の顔面を何度も何度も殴りつけた。
高槻 健永「つべこべつべこべと……なぜ謝んないんだアアア!!???」
高槻の瞳には、もはや人間としての理性は欠片も残っていない。
山吹花は、その惨状を頬を染めながらうっとりと見つめている。
「……素敵。高槻くん、ゴミ掃除も完璧なのね☆」
パドックの誰もが、この狂犬の暴走に震え上がり、動くことができなかった。
高槻の拳が眞鍋の頬を叩き、銀色のストラップがアスファルトの上で無残に弾け飛ぶ。
パドック全体が息を呑み、恐怖で硬直する中、山吹花だけはゆっくりと歩み寄り、扇情的に腰をくねらせて笑った。
山吹 花「あら? いい気味ね、、、☆」
その言葉は、倒れ伏す眞鍋の心に、高槻の暴力以上の致命傷を与えた。
花は汚れ物を見るような目で眞鍋を見下ろし、ヒールの先で彼の大切なストラップを無慈悲に踏みつける。
山吹 花「高槻くんの言う通りよ。こんな安っぽいおもちゃをぶら下げて、プロの予選に紛れ込むなんて……。
アンタみたいな代打のザコが、高槻くんの貴重な時間を奪った罪は重いわよぉ☆」
眞鍋 琉世「……は、な……さん……。アンタ、本当に……あの山吹、花なのか……っ!?」
血の混じった唾を吐き出し、信じられないものを見る目で花を見上げる眞鍋。
だが、花の瞳にはもはや「仲間」を慈しむ光など欠片もなかった。
山吹 花「ふふっ☆ 私は生まれ変わったの。高槻くんという『真の王』に見初められてね。
さあ、高槻くん。こんなゴミの相手はもうおしまいにして、私と一緒に最高のシャンパンでも開けましょう?☆」
高槻 健永「あはは☆ さすが花ちゃん、話がわかるねー!」
高槻は最後の一蹴りを眞鍋の脇腹に叩き込むと、花の肩を抱き寄せた。
二人の背後では、柳津が怒りに拳を震わせ、セリナが顔を背けて震えている。
崩壊したパドック、そして「銀の戦闘機」の誇りは、今、女王のヒールの下で粉々に砕け散った。
高槻と花が嘲笑いながら背を向けたその時、静寂を切り裂いて一人の少年が飛び出してきた。
パガーニ・ウアイラを風のように操る天才、伊藤乎太郎だ。
乎太郎「大丈夫ですか!? 眞鍋さん!!」
乎太郎は迷わず膝をつき、泥と血にまみれた眞鍋の体を支え起こす。
その手はわずかに震えていたが、瞳には高槻の暴力に対する静かな、しかし激しい怒りが宿っていた。
眞鍋 琉世「……い、伊藤……の弟か……。よせ、あいつに関わるな……。あいつは、化け物だ……っ」
乎太郎「化け物なんて……。自分の思い通りにいかないからって、人を傷つけていい理由にはならないよ!」
乎太郎はアスファルトに転がっていた、踏みつけられて無残に歪んだ銀色のエボのストラップを拾い上げた。
土を払い、震える眞鍋の手の中にそっと返す。
乎太郎「これは……眞鍋さんの『風』が詰まった、大切な宝物でしょう?
ボクにはわかるよ。眞鍋さんの走りは、誰よりも速く、そして誠実だった。」
パドックの隅でモニターを見ていた山吹花が、不機嫌そうに耳を震わせる。
山吹 花「あら、乎太郎くん? 余計な掃除はしなくていいのよ☆
そんなゴミと一緒にいたら、アンタのパガーニまで安っぽくなっちゃうわよぉ?」
乎太郎「……花さん。ボクの知ってる花さんは、そんな悲しい笑い方はしなかった。
兄貴が今、全力で走ってる。眞鍋さんの誇りと、花さんの心を取り戻すために……!!」
乎太郎の言葉は、まるで冷たい風のようにパドックを吹き抜け、呆然としていた柳津や他のドライバーたちの心に小さな火を灯した。
乎太郎に支えられて立ち上がろうとする眞鍋、そして涙を流して抗議するジュン。
その光景を冷たく、まるで見苦しいものを見るような目で見下ろし、山吹花は嘲笑の声を上げた。
山吹 花「へー? まあ、いいわ、、、
ジュンちゃん、そんなにそのゴミが大事なら、アンタのそのFDごと泥を塗ってあげるわよぉ☆」
花は一歩、眞鍋の方へ歩み寄ると、ヒールの先で地面の砂をパラパラと彼に向かって蹴り飛ばした。
山吹 花「ねえ、眞鍋? 自分の立場を分かってるの?
アンタはただの『代打』。黒川がインフルで倒れたから、たまたま席が空いてただけの『数合わせ』なのよ☆」
眞鍋 琉世「……っ……!」
山吹 花「そんなアンタが、私の高槻くんの時間を奪い、パドックを油臭くした……。
アンタの乗ってるそのエボも、今日で終わりね。
本戦では私のWRXが、アンタの背後からその安っぽい銀色の塗装を、泥と排気ガスで真っ黒に染め上げてあげるわ!
一生、バックミラー越しに私のヘッドライトに怯えて暮らしなさいなッ!!」
佐藤 ジュン「花ちゃん!! もうやめて!!」
山吹 花「うるさいわね☆
弱者が吠えたって、王の耳には届かないのよ。
さあ、行くわよ高槻くん。こんな泥だらけのパドック、息が詰まっちゃうわ☆」
花は高槻の腕に絡みつき、一度も振り返ることなく豪華なラウンジへと消えていった。
残されたのは、泥をかけられた眞鍋と、悔しさに震える乎太郎とジュンの三人。
そして、その光景を遠く離れたコース上の無線で聞き、翔太の怒りはついに限界を超えた。
花に泥をかけられ、膝をつく眞鍋。その頭上から、高槻の勝ち誇ったような野卑な声が降り注いだ。
高槻 健永「その通りだ!!! わかったかい? エボのクズ!
そんな2005年式なんか乗ってんじゃねえ!!!」
高槻はバイパーのキーを指先で弄びながら、眞鍋のエボIXを指差して大笑いした。
高槻 健永「20年も前の化石みたいな車を後生大事に抱えてさ、ズルまでして必死に走ってそのタイム?
笑わせるよな☆ そんなおじいちゃんマシン、今すぐスクラップにして、北上川の底にでも沈めてこいよ!」
眞鍋 琉世「……2005年……式が……なんだってんだ……っ。
この車には……俺と、黒川さんの……魂が、詰まってんだよ……!!」
高槻 健永「魂? あはは☆ そんなの、俺のバイパーのV10の爆音で、一瞬で消し飛ぶゴミだろ。
年式も、馬力も、乗り手も……全部『型落ち』なんだよ、お前はッ!!」
佐藤 ジュン「……もう黙ってよ。車に……年式なんて、関係ないっ!!
車を愛してる人が、一番速いんだから!!」
ジュンが声を荒らげるが、高槻は鼻で笑って花をエスコートし、ラグジュアリーなテントへと引き上げていく。
パドックに残されたのは、傷ついた「銀の戦闘機」と、震える眞鍋の手の中で歪んだキーホルダーだけだった。
若林(無線)「……さあ、パドックでは波乱が続いておりますが、コース上の伊藤翔太!
11人目、伊藤翔太!! 怒りのブースト全開で、今、庭坂の下りを通過したぁぁぁ!!!」
4日目の惨劇から一夜明けた、予選5日目。
パドックにはまだ重苦しい空気が漂っていたが、その停滞を打ち破るように、涼やかな、しかし鋭いエキゾーストノートが響き渡った。
若林「予選5日目!! 13人目は、、、やはり!
気さくでツンデレな青年のこの男!! 水鮫のサテラアアアアッ!!!!」
スタートラインに据えられたのは、鮮やかなライトブルーに彩られたランサーエボリューション VII MR。
ドライバーズシートに座るサテラは、昨日ボコボコにされた眞鍋と、歪んだキーホルダーを思い返し、ステアリングを強く握りしめた。
サテラ「……ったく、見てらんねーよ。年式だの代打だの、御託並べて悦に浸ってんじゃねーよ。
エボがどれだけ速いか、俺が『水鮫』の如く食らいついて教えてやるよッ!!」
高槻 健永「あはは☆ また型落ちのエボ? 懲りないねー。サテラだか何だか知らないけど、お前も地面舐めたいのかい?☆」
サテラ「ふん、お前のバイパーのケツに噛み付いてから言ってやるよ。……スタートだッ!!」
若林「水色のエボ7MRが吾妻の山へと飛び出しましたアアアアア!!!!!
凄まじいトラクション!! まさに水を得た鮫のように、第1コーナーを強引に捩じ伏せていくぅぅ!!」
「シュゴォォォォン!!」
4G63エンジンの咆哮が、昨日の花の罵倒をかき消すようにスカイラインにこだまする。
サテラのエボVIIは、眞鍋のエボIXよりもさらに一世代前のモデル。
だが、その走りは「型落ち」という言葉を一笑に付すほど、精密で、暴力的なまでに速かった。
吾妻スカイラインの急勾配を、水色のエボVII MRが、まるで重力を無視したような加速で駆け上がっていく。
サテラは無線のスイッチを叩き、パドックで高槻に寄り添う花へと、その真意を問うように叫んだ。
サテラ「何が2005年式だからだよ、、、。
花ちゃん、今日どうした? マジで……。そんな年式なんかでマウント取るような奴じゃなかっただろ!!」
かつての仲間である花の豹変に対する戸惑いと、愛車を馬鹿にされた怒り。
サテラの指先が、ステアリングを通じて4G63の鼓動をダイレクトに感じ取る。
サテラ「こっちは2001年式の、今でも通用するエボ7だよ、、、、!!
年式が古いから遅い? 冗談じゃねーよ。エボが積み上げてきたラリーの歴史を、そのスカスカな脳みそに刻み込んでやるッ!!」
「パパパンッ!!」とミスファイアリングシステムが炸裂し、サテラは不動沢大橋への超高速コーナーへ、ノーブレーキに近い速度で飛び込んでいく。
若林「速いッ!! サテラの水鮫エボ、セクター1で花のWRXと全くの同タイムだああああ!!!
25年前の基本設計が、最新のハイパーカーやドイツ車を完全に凌駕しているッ!!」
パドックでモニターを見ていた高槻が、不機嫌そうに舌打ちをした。
高槻 健永「チッ……あいつもズルか? なんであのボロが花ちゃんのタイムと並ぶんだよぉ☆」
山吹 花「……サテラ。アンタまで私の邪魔をするの?
いいわ、そんなにその『博物館の展示品』に自信があるなら、本戦で鉄屑に変えてあげるわよぉ☆」
サテラ「……言ってろ。俺がゴールした時のタイムを見て、そのツラ真っ青にさせてやるからなッ!!」
庭坂の最終セクション。水色のエボVII MRは、まるで路面に突き刺さるような異次元のコーナリングを見せていた。
サテラは極限の集中力の中、バックミラーに映るはずのない高槻のバイパーを幻視し、咆哮を上げた。
サテラ「芦ノ湖ではお前にタッチの差で負けたが、、、絶対に今度は逃さねぇ、、、!
振り切れると思うな高槻......!!!!」
4G63が限界を超えた叫びを上げ、4輪がアスファルトを力強く蹴り出す。
チェッカーフラッグが振られた瞬間、電光掲示板には誰もが目を疑うタイムが刻まれた。
若林「来たアアアアア!!!! サテラ!
まさかのコースレコード樹立だあああ!!!!!!」
パドックが静まり返り、次の瞬間、地鳴りのような歓声が巻き起こる。
花のWRX、高槻のバイパー、それら全てを「型落ち」と揶揄されたマシンが置き去りにしたのだ。
若林「エボ7がコースレコードを樹立しましたアアアアアアアッ!!!!!
11年振りの記録更新! 2001年式の魂が、現代の怪物を全て食い尽くしたぁぁぁ!!!」
サテラは車から降りると、震える手で汗を拭い、高槻と花を真っ向から見据えた。
サテラ「……見たか。これが、お前らが馬鹿にした『エボ』の、俺たちの走りだ。
年式なんて、俺のアクセルワークの前ではただの数字に過ぎねぇんだよッ!!」
高槻 健永「な、なんだって……!? 俺のバイパーが……そんな、ボロに……っ!!」
山吹 花「……嘘よ。私の記録が……。サテラ……アンタ、何をしたの……!?」
花の顔から余裕の笑みが消え、戦慄が走る。
救護エリアで乎太郎に支えられていた眞鍋は、その水色の影を見て、静かに、しかし熱い涙を流していた。
1位:サテラ(三菱 ランサーエボリューション VII MR) ★コースレコード樹立!
2位:山吹 花(SUBARU WRX STI VAB - 首都高・ハイカム仕様)
3位:高槻 健永(ダッジ・バイパー - 赤いドラゴン)
4位:伊藤 翔太(スズキ スイフトスポーツ ZC33S - チャンピオンイエロー)
5位:相川 律(日産 GT-R NISMO R35 - ホワイト)
6位:菜園 宗一郎(ポルシェ 992 GT3 - 解析の狂気)
7位:内藤 セリナ(アウディ R8 V10 plus - フミッパスライダー)
8位:腹切 カナタ(TOYOTA 86 REVIVE - 280馬力仕様)
9位:眞鍋 琉世(三菱 ランサーエボリューション IX - 銀の戦闘機)
10位:伊藤 乎太郎(パガーニ・ウアイラ - 風の天才)
11位:柳津 雄介(BMW M4 DTM Edition - Mの誇り)
12位:佐藤 ジュン(マツダ RX-7 FD3S - 紅蓮の少女)
13位:中野 伸一(トヨタ クラウンアルテッツァ - 福島の意地)




