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86伝説エーペックス  作者: SAI
吾妻GT編
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468/535

吾妻編第9話 10億円へのカウントダウン

K415


ゴールラインを通過した瞬間の電光掲示板。そこに刻まれた数字を見た瞬間、会場から地鳴りのようなどよめきが沸き起こった。

それは、単なる「1位」を意味するものではなかった。


若林「このタイムは、、、腹切カナタが優勝してコースレコードだった288戦よりも速いタイムになります!!!」


若林の声が、驚愕のあまり裏返る。

288戦。それは、非力な86を操るカナタが、並み居る格上を「ナイフのようなドリフト」で屠り、伝説となった一戦だ。

その時の、神がかり的なレコードタイムを、花が今、完全に上書きしたのだ。


パドックでモニターを見つめていた古田は、震える手でタバコを口に運んだ。


古田「あの福島で次の最難関コースと言われている過去戦の288でのカナタのタイムを超えるのか……。

おいおい、冗談じゃねぇぞ。山村と坂本……あいつら、一体どんな化け物を仕立て上げやがったんだ」


古田の瞳には、かつての愛弟子である花の成長への喜びよりも、その「変貌」への恐れが強く滲んでいた。

安定感の塊だった「桜狼」は、今や伝説の走りを過去のものにする「破壊神」へと進化していたのだ。


山吹 花「……ふふっ、カナタ。これが私の答えよ☆

あなたが必死に築き上げた伝説なんて、私が歩く道に落ちていた石ころと同じ。

踏み潰して、粉々にしてあげたわ……☆」


花は、ゴール後のWRXから降り立つことなく、バックミラー越しに自分たちの後方――まだ見ぬカナタの影を捉えようとしていた。

高槻は満足げに、10億円へのカウントダウンを口ずさむ。


高槻 健永「ハハハ! 288戦超えだぞ、花!

これでもう、誰も文句は言えねぇ。お前が真の伝説だ!☆」


だが、女王の瞳はまだ笑っていない。

このタイムを「赤い戦闘機」がどう受け止めるか。

吾妻GTの地獄は、伝説が壊されたこの瞬間から、本当の幕を開けたのだ。


ゴールラインを通過した青いWRXが、タイヤの焼ける香りと共に猛烈な熱気を放ちながら減速していく。

電光掲示板に表示されたのは、内藤セリナの記録すら「過去」へと追い落とす、残酷なまでに完璧な数字だった。


若林「山吹花! WRX STIがR8を差し引いてコースレコード樹立だあああ!!!!!」


若林の絶叫が、吾妻の山々を震わせ、観衆の鼓動を狂わせる。

セクター1から4まで、全てにおいてセリナを圧倒。

かつてカナタが第288戦で刻んだ伝説のタイムすら超え、今、山吹花は正真正銘の「最速」を証明してみせた。


山吹 花「……うふふっ☆ 当然の結果よ。

セリナ、あなたの『お遊び』の滑走なんて、私の本気の前ではただの空回り。

このレコードが、私の玉座への階段だわ……☆」


花は真っ赤に熱を帯びたとろとろの耳を震わせ、冷徹な勝利の余韻に浸る。

パドックに戻るWRX。そこには、自分の記録を塗り替えられた内藤セリナが、驚愕の表情で立ち尽くしていた。


内藤 セリナ「……う、うそ。私のR8が……庭坂でも負けたの……!?」


高槻 健永「ハハハ! 見たか、これが花の本当の力だ!☆

10億円はもう俺たちのポケットの中にあるようなもんだぜ!」


高槻が狂喜乱舞する傍らで、花は満足げに、だがどこか寂しげにミラーを見つめる。

カナタが、そして仲間たちが築き上げた「かつての最速」を全て破壊して得た、孤独な女王の座。

だが、その走りは間違いなく、エーペックスカップの歴史に刻まれる「青い衝撃」となった。


パドックに戻ってきた青いWRXから、山吹花がゆっくりと降り立った。

勝利の余韻で真っ赤に熱を帯びた耳を隠すこともせず、彼女は驚愕の表情で立ち尽くす内藤セリナの前で足を止める。

その瞳には、ライバルへの敬意など微塵も存在しなかった。


山吹 花「……あら、まだそこにいたの? セリナ」


内藤 セリナ「……花ちゃん、凄かったね……。私のレコード、あんなにあっさり……」


セリナが震える声で言葉を紡ごうとするが、花はその言葉を冷たく遮った。


山吹 花「凄かった? そんな感想、聞き飽きたわ。

にしても内藤……。アンタ、もう免許返納した方がいいんじゃない?

ちょうどこの先の庭坂に福島県免許センターがあるじゃない。さっさと行けば?☆」


内藤 セリナ「……っ!? な、何それ……酷いよ……!」


庭坂にある運転免許センター。地元を知る者なら誰もが知るその場所を、敗北者への「収容所」として突きつける花の残酷なユーモア。

高槻が横で「ハハハ! そいつは傑作だ、花!」と下品に笑い転げる中、花は冷たい視線でセリナを射抜いたまま続ける。


山吹 花「私の視界に入る速度すら出せないのなら、公道なんて走らないことね。

アンタの『フミッパスライダー』なんて、私から見ればただの『フラつき運転』。

10億円が欲しければ、次は歩いて取りに来なさいな……うふふっ☆」


女王の言葉は、鋭いナイフとなってセリナのプライドを切り刻んだ。

記録を奪われ、存在まで否定されたセリナは、唇を噛み締めてうつむくことしかできない。

2日目の終わり。吾妻の山には、勝者の不遜な笑い声と、敗者の静かな絶望だけが漂っていた。


山吹花が残した絶望的な熱気が漂う中、2日目5人目の走者がスタートラインに滑り込んだ。

ドイツの誇る精密機械、ポルシェ 992 GT3。そのフラット6が、高湯温泉の空気を切り裂くような金属音を奏でる。


伊藤 翔太「うわ、菜園か……。厄介なの来やがって」


パドックでモニターを見上げる伊藤が、苦々しく吐き捨てる。

ドライバーの菜園宗一郎は、グローブを締め直し、冷静沈着な瞳で前方の闇を見据えていた。


若林「ポルシェの中では鋭いパワーを誇る992GT3! 注目しましょう!!!」


菜園 宗一郎「俺は今まであの86と伊藤にやられっぱなしだった……!!

だが、今回こそ技術を盗んでみせる。

この世界、知識を盗んでアウトプットしたもの勝ちだ……!!!!」


菜園の脳内には、過去のバトルでカナタや伊藤が見せたライン、ブレーキングポイント、アクセルワークがすべてデータとして蓄積されている。

彼はそれらを自分のGT3の挙動に無理やり同期(アジャスト)させていく。


菜園 宗一郎「その時点で何もかも終わっているわけさ……!!!

それが俺の解析(インストラクター)だ…………!!!!」


若林「スタートッ!! 凄まじいリアトラクション!!

RR特有の蹴り出しで、ポルシェが地を這うように加速していく!!!」


菜園は、先行した花やセリナのラインをトレースするのではない。

それらを解析し、さらに効率的な「最適解」を路面に叩きつけていく。

花のような暴力性も、セリナのような華やかさもない。だが、一切の無駄を削ぎ落としたその走りは、先行した強者たちの記録を確実に削り取っていった。


若林「菜園宗一郎ゴール!! タイムは……なんと、内藤と柳津の間を取ってゴールしたああ!!

初日の猛者たちを上回り、暫定2位に浮上だぁぁ!!!」


2日目の熱気が最高潮に達する中、スタートラインに現れたのは、一切の妥協を排した究極のロードゴーイングカー、白いR35 GT-R NISMOだった。


若林「2日目最後になります! 6人目は、、、、相川律!!! R35 GT-R NISMO!!! 白色!!!」


運転席に座る相川律は、19歳という若さながら、その瞳にはGT-Rという巨大な牙を飼い慣らす者特有の落ち着きがあった。

VR38DETTが唸りを上げ、NISMO専用のチタンマフラーから乾いた爆音が放たれる。


若林「19歳のGT-Rドライバーが、、、アクセルを戦陣へと踏み出していきます!!!!」


シグナルがブルーに変わった瞬間、アテーサE-TSが路面を文字通り「掴み」、1.7トンの巨体を弾丸のように前方へと放り出した。

ヒルクライムの急勾配など、NISMOのトルクの前では平坦な直線も同然。

相川は、女王・花が描いた「青い軌跡」を真っ向から追いかけるように、白い残像となってスカイラインへと消えていった。


若林「来た、来た、来たあああ!! 庭坂を猛烈な勢いで通過!!

重戦車のような安定感と、戦闘機のような旋回性能! 相川律、ゴールイン!!」


掲示板に表示されたタイムは、ポルシェを操る菜園を僅差で引き離し、女王・花のすぐ真後ろに食い込む驚異的な数字だった。


若林「暫定2位で通過あああ!!!! 2日目にして、トップ3が全て塗り替えられました!!」


ゴール後のパドック。暫定2位という驚異的なタイムを叩き出した相川律が、白いR35から降り立ち、余裕の笑みを浮かべて山吹花に歩み寄った。


相川 律「よお! 花ちゃん! うちよりも遥かに速いタイムかよ……!

どんな走り方してるんだ? 19歳の僕でも、その領域にはまだ届かないな」


相川は気さくに、同格のライバルとして接しようとした。だが、花は振り返りざま、氷のような冷たい視線で相川を射抜いた。


山吹 花「……馴れ馴れしく話しかけないでくれる? 泥まみれの『スリップマン』さん☆」


相川 律「えっ……?」


山吹 花「どんな走り方かって? アンタみたいにコーナーを曲がりきれずに池に突っ込んだり、川に流されたり、海にダイブしたりしない走り方よ。

アンタ、今回は運良く路面に留まれたみたいだけど……そのGT-R、実は潜水艦の機能でも付いてるんじゃないの?」


花は真っ赤に熱を帯びた耳を不快そうに震わせ、相川の過去の失態を次々と列挙していく。


山吹 花「アンタが戦うべきはタイムじゃないわ。ガードレールの向こう側にある『水溜り』でしょ?

今回も庭坂の側溝にでもハマって、そのまま免許センターで再教育を受けてくればよかったのに。

ざぁ〜こ♡ 魚とチェイスしてるのがお似合いよ☆」


相川 律「う、うわあ……相変わらずキツいなぁ、花ちゃんは……」


女王の容赦ない罵倒に、さすがの相川も苦笑いするしかない。

暫定2位という栄光も、花の毒舌の前では「たまたま水に落ちなかっただけの幸運」へと貶められた。

高槻が横で「ギャハハ! スリップマンだってよ! 救命胴衣でも着て走れよ!☆」と追い打ちをかける中、花は不機嫌そうに背を向けた。


罵倒を浴びせ、背を向けかけた山吹花が、ふと思い出したように足を止めた。

彼女はゆっくりと首だけを振り向き、絶望に暮れる相川律を、ねっとりとした、だが温度のない瞳で見つめる。


山吹 花「……あ、そうそう? 相川? そんなに私の走りに興味があるなら……後でハイオク、飲ませてあげるわ……♡」


相川 律「……えっ? は、ハイオクを……飲む……?」


花の口から漏れた、甘く毒に満ちた囁き。

一瞬、相川はその言葉の意味を脳が拒絶した。だが、花の視線が自分のR35の給油口から、相川の喉元へと這い上がってくるのを感じ、背筋に凍りつくような悪寒が走った。


山吹 花「アンタみたいなスリップマンには、ガソリンの匂いを脳まで染み込ませてあげないと治らないでしょ?

とびきり高純度のハイオクを用意してあげるから、私の前で跪いて、一滴残らず飲み干しなさいな☆

そうすれば……次に水に落ちた時、少しは景気良く燃え上がれるんじゃないかしら……うふふっ♡」


高槻 健永「ギャハハ! 最高だぜ花!

おい相川、お前のGT-Rと一緒に『燃料補給』してもらえるなんて、光栄だと思えよ!☆」


女王の宣告に、パドックの空気が一瞬で凍りつく。

それは比喩なのか、それとも狂気の実践なのか。

真っ赤に熱を帯びた耳を震わせ、不敵な笑みを浮かべる花を前に、19歳の相川は言葉を失い、ただ震えることしかできなかった。

暫定2位。しかし相川律は、この時初めて、10億円よりも恐ろしい「女王の洗礼」が実在することを知ったのだ。


「ハイオクを飲ませてあげる」という戦慄の宣告に硬直する相川に対し、山吹花の追撃は止まらなかった。

彼女は一歩、また一歩と相川のパーソナルスペースを侵食し、その真っ赤に熱を帯びたとろとろの耳を不快そうに逆立たせる。


山吹 花「……何その面。暫定2位で満足してるわけ?

19歳でGT-Rに乗せてもらって、首の皮一枚でコースに留まれたのがそんなに嬉しいかしら?

アンタが今まで汚してきた池や川の掃除代、その10億円で足りると思っているの?」


相川 律「あ、いや……それは……」


山吹 花「言い訳なんて聞きたくないわ。アンタの存在自体が、この吾妻の景観を乱すゴミなのよ。

その重たいだけのR35も、アンタの未熟な右足も、全部まとめてスクラップ工場に叩き込んでくれば?

そこでハイオクに浸りながら、自分がどれだけ無能な『スリップマン』か、一生反省していなさいな☆」


花は相川の胸元を冷たい指先で突き放し、軽蔑しきった溜息をつく。


山吹 花「アンタに女王(わたし)の走りを語る資格なんてないわ。

次に私の前にツラを見せる時は、ちゃんとエラ呼吸でも習得してからいらっしゃいな。

陸の上を走るのは、私のような『選ばれた人間』だけで十分なのよ……。

わかったら、さっさとその汚い潜水艦で私の視界から消えなさい。不愉快だわ☆」


高槻 健永「ギャハハハ! エラ呼吸だってよ! お前にはアスファルトより、沼の底がお似合いなんだよ!☆」


女王の苛烈な言葉の暴力に、相川は反論する気力さえ奪われ、その場に崩れ落ちそうになる。

暫定2位。本来なら称賛されるべきその数字は、花の罵倒によって「出来損ないの奇跡」へと完全に塗り替えられた。

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