米沢編第60話 狼同士の快進撃
K397
若林「さあ!レースに戻る!!!
高橋勇太の快進撃が、、、NSXの快進撃が止まりませェェェェんっ!!!!」
実況席の若林が絶叫する中、モニターには信じがたい光景が映し出されていた。
9位を走るクレアの日産 GT-R R35。
「デビルカラー」を纏い、数々の車を恐怖に陥れてきたこの重量級の怪物が、背後から迫る銀色の閃光に、まるで小動物のように怯えていたのだ。
クレア「な、なによコイツ……!?
私のGT-Rは無敵なのよ!? ドイツ車(AMG)に負けたのはマグレよ!?
なんで……なんであんたみたいな『優等生』に、こんな殺気が出せるのよォォォッ!!」
クレアは必死にブロックラインを取る。
GT-Rの巨大な車幅を使えば、後続車を抑え込むのは容易いはずだった。
だが、高橋勇太には「ライン」など見えていなかった。
見えているのは、「獲物の急所」だけ。
高橋 勇太「オラオラオラァァァッ!!
デカい図体して、逃げ回ってんじゃねえぞォ!!
俺のモーターが……テメェの鉄板を食いたがってるんだよォォォッ!!!!」
勇太はブレーキング勝負などしなかった。
コーナーの進入で、GT-Rのイン側のガードレールとの隙間、わずか数十センチの「死の空間」に、NSXのノーズを弾丸のように叩き込んだ。
接触? 構わない。車が壊れる? 知ったことか。
「相手より前に出る」。その本能だけが、NSXのシステムを凌駕していた。
ドッゴォォォンッ!!!!!
鈍い音が響き、クレアのGT-Rが外側へ弾き飛ばされる。
1.7トンの巨体が、まるで紙切れのように宙を舞う寸前だった。
若林「もうダメだコイツらああああっ!!!」
マヒロ「あはは☆ もうこれ『交通事故』の映像だよー☆
勇太くん、完全に『破壊神』だねー。
クレアちゃんのGT-R、悪魔のカラーリングだったけど、本物の悪魔(勇太)の前じゃただのウサギさんだったねー☆」
高橋 勇太「ハハハハハッ!! 軽い軽い!!
GT-R神話も、これでお終いだァァァッ!!
次はどいつだ!? どいつが俺の『餌』になりたいんだァァァッ!!!」
銀色の狼は、破壊されたGT-Rの残骸を踏み越え、さらなる獲物を求めて加速する。
北斗「来たかっ!やっと宿敵を出してくれたのか......?」
サイドミラーに映る銀色の閃光を見ても、北斗の眉ひとつ動かなかった。
むしろ、その瞳には暗い愉悦の炎が宿っていた。
彼が駆るメルセデス AMG GT Rは、電子制御の塊でありながら、ドライバーの闘争心に呼応して牙を剥く「緑の魔獣」。
その後ろで、クレアのGT-Rが無惨に弾き飛ばされるのを、北斗は冷静に観察していた。
北斗「……雑魚(GT-R)では役不足だったようだ。
だが、その狂気……その殺意こそが、俺が求めていた『強敵』の資格!!」
北斗はステアリングにある黄色いダイヤル(トラクションコントロール)を、あえて「OFF」へと回した。
安全マージンなど不要。
これから始まるのは、レースではない。命の取り合い(死合い)だ。
高橋 勇太「あァァ!? なんだコイツ……!?
ビビって逃げるどころか……減速して俺を待ってやがるのか!?」
迫りくる勇太のNSXに対し、北斗はあえてペースを落とし、バトルの土俵へと誘い込んだ。
AMGの極太のリアタイヤが、雨水を巻き上げて挑発する。
マヒロ「うわぁ……☆ これ、一番ヤバいパターンだねー☆
北斗さん、『ヒャッハー!』って逃げるんじゃなくて、『退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ!』って顔してるよー☆
勇太くんという『暴走列車』を、正面から受け止めて壊す気満々だねーっ☆」
若林「なんと不敵な!!
北斗、高橋勇太を『宿敵』と呼び、迎撃態勢に入りました!!
ドイツの剛健なる肉体と、日本の狂気!!
南陽市の路上で、怪獣大決戦の幕開けですッ!!」
北斗「来い、高橋勇太!!
貴様の牙が砕けるか、俺の拳が砕けるか……。天に還る時が来たようだ!!」
そして、それを暗い部屋で大きなモニターで見守るものがいた、、、、
部屋の室温は極端に低い。
壁には青く白い小さな氷の山のようなオブジェが、まるで化粧のように美しく配置されている。
その冷気漂う空間の中央、大きなゲーミングチェアに、小柄だが圧倒的な野生を放つ少女が座っていた。
「……へぇ。やっと『首輪』が外れたみたいだね、勇太」
彼女の名はバニラ。
かつてストリートで数々の伝説を作り、巨大な氷山すら一瞬で操ると噂された「氷狼」。
そして、現在暴れ回っている高橋勇太の師匠である。高橋のNSXも彼女の私有物だった。
しかしそれを高橋勇太に託す。
暗闇の中で、彼女の瞳だけが怪しく輝いていた。
右目は燃えるような「赤」、左目は凍てつくような「青」。
その神秘的なオッドアイは、モニターに映る銀色のNSXの挙動を、一フレームも見逃さずに追っていた。
「私の教えは『喰らい尽くせ』だけど……。
あのドイツ車(AMG)、骨が硬そうだねぇ。
歯が折れるか、喉笛を食いちぎるか……見せてもらうよ、私の可愛い弟子」
バニラは氷のように冷たい指先で、自身の唇をなぞった。
勇太の走りは、確かに彼女のスタイルを継承している。
相手の恐怖を煽り、逃げ場を塞ぎ、物理的な暴力でねじ伏せる。
だが、目の前の敵・北斗は、恐怖を感じない「同類」だ。
「……いいか、勇太。
狼はね、自分より強い奴を狩る時が一番美しいんだ。
負けたら承知しないからね?
……私の顔に泥を塗ったら、氷山漬けにするよ?」
彼女がクスクスと笑うと、部屋の氷のオブジェが共鳴するように微かに震えた。
伝説の氷狼は、愛弟子の死闘を、極上のエンターテインメントとして楽しんでいた。
バニラ「マヒロ、、、、次悔しがるのはお前だ、、、!」
氷の部屋で、バニラはモニターの隅に映るマヒロのアイコンを、鋭い爪でなぞるように指差した。
そのオッドアイは、愛弟子の勝利を確信していると同時に、実況席で高みの見物を決め込んでいるマヒロを引きずり下ろそうとする、サディスティックな光を帯びていた。
「あはは☆ なんて笑っていられるのも今のうちだよ。
私の勇太はね、お前が気に入っている『綺麗なシナリオ』なんて、全部食い荒らすように躾けてあるんだ」
バニラは手元のグラスに入った氷を、バリボリと噛み砕いた。
その音は、まるで骨を砕く音のように響く。
「お前のお気に入りの……あの『86』も、『スープラ』も。
全部、銀色の牙が噛み砕く。
その時、お前がどんな顔をするか……楽しみで寒気がするよ」
一方、山形の実況席。
マヒロ「……ん? なーんか今、背筋がゾクッとしたよー?
エアコンの設定温度、誰か下げたー?
それとも……『冷凍庫』が開いたのかなー……?」
マヒロは珍しく真顔になり、キョロキョロと周囲を見回した。
彼女の直感が告げている。
このレースには、まだ計算外の「厄災」が潜んでいると。
そしてその糸を引いているのが、自分と同等か、それ以上にタチの悪い「氷の魔女」であることに、薄々勘づき始めていた。
マヒロ「……ふーん☆ そういうことね。
いいよー、かかってきなよ☆
勇太くんが『破壊神』なら、こっちは『創造神』の意地があるもんねー!
最後まで笑ってるのは、どっちかなーっ☆」
若林「しかし!やはりゴールまでほとんどバイパス区間だ!! NSXがリード!!!」
南陽バイパス。片側二車線の広く真っ直ぐな道が、雨に濡れて黒く輝いている。
それは、複雑な峠道を抜け出した高橋勇太のホンダ NSX(NC1)にとって、最高の狩場だった。
3つのモーターとV6ツインターボが奏でる不協和音が、ジェット機のような高周波となって周囲の空気を切り裂く。
高橋 勇太「ヒャハハハハ!! 遅え!! 遅えんだよ!!
峠じゃ『緑の地獄』だか何だか知らねえが……!!
ここは日本の公道だ!!
ただの直線番長が、俺の『SH-AWD』に勝てるわけねえだろォォォッ!!!!」
NSXは水しぶきを壁のように巻き上げながら、北斗のメルセデス AMG GT Rのスリップストリームに吸い込まれた。
そして、一瞬の躊躇もなく右車線へ飛び出す。
モーターの即応トルクが、ガソリン車の「呼吸」を許さない。
北斗「……ッ!? 速い……!!
これが日本の……『侍』の刀ではなく、『忍者』の凶器か……ッ!!」
北斗はAMGのアクセルを床まで踏み抜くが、NSXの伸びは異常だった。
師匠バニラが見ているという重圧と、勇太自身の狂気が、システムのリミッターを限界まで解除させているのだ。
若林「高橋勇太がまた順位を上げたああああっ!!!!
北斗のAMGを、まるで止まっているかのようにパスしていく!!
速すぎる!! これがホンダの……いや、高橋勇太の殺傷速度だァァァッ!!」
マヒロ「あーあ☆ 北斗さん、相性最悪だったねー。
このバイパス区間じゃ、NSXちゃんは『地上を走る戦闘機』だもん。
勇太くん、もうブレーキ踏む気ないよ。
このままゴールまで、全員轢き殺す勢いだねー☆」
スパァァァァンッ!!!!!
銀色の閃光が緑の怪物を置き去りにした。
北斗の視界から、NSXのテールランプがあっという間に遠ざかっていく。
それは、敗北を認める暇すら与えない、圧倒的な速度差による「処刑」だった。
高橋 勇太「次だ……!! 次の獲物はどいつだ!?
匂うぞ……!! 怯えて震える、美味そうな雌の匂いがなァァァッ!!!」
勇太の視線の先には、7位を走る夢野ユナのトヨタ GR86が、か弱く揺れていた。
夢野 ユナ「変な車、、、!! 無駄に音がない、、、!? NSX.....っ!? まずい!!!!」
7位を走る夢野ユナは、バックミラーに映る光景に戦慄した。
通常、猛スピードで迫る車は、排気音でその存在を主張する。
だが、高橋勇太のNSXは、モーター走行の領域を駆使し、タイヤノイズと風切り音だけで忍び寄ってきたのだ。
それはまるで、獲物の背後に音もなく立つ死神のようだった。
夢野 ユナ「ひぃぃっ! やだやだ!
なんでそんな静かに近づいてくるのよぉぉっ!
私、美味しいところなんてないよぉぉっ!!」
ユナは半泣きでステアリングを切り、逃げ道を模索する。
だが、悪夢はそれだけでは終わらなかった。
若林「しかしそこに北斗がフルブレーキングで高速ベントで再び高橋とサイドバイサイドおおお!!!!!」
キキキキキキィィィィッ!!!!!
NSXの背後から、鼓膜を引き裂くようなスキール音が響き渡る。
一度は抜かれたはずの北斗のメルセデス AMG GT Rが、コーナー進入のブレーキング競争で、驚異的な伸びを見せて並びかけてきたのだ。
ドイツが誇るカーボンセラミックブレーキの制動力と、北斗の執念が生み出した「死の突進」。
北斗「逃がすかァ……!!
俺の背後を取ったつもりだろうが……貴様の背後はガラ空きだ!!
地獄の底まで付き合ってもらうぞ、高橋勇太ァァッ!!」
高橋 勇太「あァァ!? しつけェんだよオッサン!!
一度死んだなら大人しく墓に入ってろォォォッ!!」
勇太は舌打ちをし、並んできたAMGに対し、幅寄せで応戦する。
左には逃げ惑うユナのGR86。右には殺気漲る北斗のAMG GT R。
三台のマシンが、一つのコーナー出口に向かって、団子状態で雪崩れ込んでいく。
マヒロ「うわぁ……☆ ユナちゃん、完全に『巻き込まれ事故』だねー☆
『音のない殺し屋』と『うるさい世紀末覇者』に挟まれて、逃げ場がないよー。
これ、三台まとめてクラッシュするか、誰かが弾き出されるか……。
一番弱い子が割を食う未来しか見えないねーっ☆」
夢野 ユナ「ちょっと待って!? なんで私が真ん中なの!?
挟まないで! 潰さないで!
私の86はペラペラなのよぉぉぉッ!!!!」
悲痛な叫びと共に、三つ巴のドッグファイトが勃発した。
若林「その後方、24位からも異変が!!!!
うわああああ!!!!!白いFD2が、、、スイートホワイトが前に出たあああ!!!!」
実況席のモニターが、後方集団の異様な動きを捉えた。
24位に沈んでいたフェルリアのホンダ シビック TYPE R (FD2)「スイートホワイト」。
ここまで鳴りを潜めていた純白のボディが、突如として牙を剥いた。
高回転域まで一気に吹け上がるK20Aエンジンの咆哮。
それは「VTECが入った」などという生易しいものではない。「封印が解かれた」音だった。
フェルリア「……あら、忘れてもらっては困るわ。
私がなぜ、あの『解説席』に呼ばれていたのかを。
ただの喋り手じゃない……かつて『七賢人』と呼ばれた走り、思い出させてあげるッ!!」
フェルリアの瞳から、柔和な色が消え、冷徹なレーサーの光が宿る。
彼女の目の前には、団子状態になった6台のマシンがひしめいていた。
高村(Z33)、森下(RX-8)、天羽(R34)、クリスタ(488)、古賀(M5)、古田(MR-S)。
パワーも駆動方式もバラバラなこの集団を、フェルリアは一瞬のブレーキングとライン取りだけで「ひとまとめ」にした。
若林「やはり、前回のゲスト解説者はこのままでは終わりませんでしたあああ!!!!
元七賢人はやはり七賢人だったあああああ!!!
この土壇場でFD2が6台一気に抜いてしまう!!!」
スパパパパパンッ!!!!!
まるで手品を見ているようだった。
重たいM5やR34がブレーキングで姿勢を乱す隙を突き、インのインを鋭角にえぐる。
立ち上がりではRX-8やMR-Sの加速に遅れることなく、VTECの伸びで並びかけ、次のコーナーの進入で確実に仕留める。
「柔よく剛を制す」を体現するような、無駄のない美しい連続オーバーテイク。
マヒロ「うっひゃー☆ フェルリアさん、ついにキレたねー☆
『いつまでも解説者扱いしてんじゃないわよ!』って怒ってるよー。
あのFD2、エンジンのバランス取りが完璧だね。
6台ごぼう抜きなんて、パワーだけじゃ無理だよ。
『格』が違うテクニックを見せつけられちゃったねーっ☆」
フェルリア「ふふっ……気持ちいいわ。
やっぱりマイクを握るより、ハンドルを握る方が性に合っているみたいね。
さあ、上位の『野獣ども』……私の白で浄化してあげるわ!!」
一気に18位までジャンプアップした白いシビックは、乱れたレースを正すかのように、凛とした排気音を残して駆け抜けた。
古田 のりあき「抜かれてしまった......同じVTECエンジンで、、、何者だ? コイツ、、、」
19位に落ちた古田のりあきは、遠ざかる白いシビックのテールランプを呆然と見送った。
彼のMR-Sは、ただのMR-Sではない。
非力な純正エンジンを捨て、ホンダの名機『K24A(2.4L i-VTEC)』に換装した、トルクフルなモンスターマシンだ。
排気量で言えば、フェルリアのFD2(2.0L K20A)よりも上。
直線の加速なら、負けるはずがない計算だった。
古田 のりあき「俺のK24Aの方がトルクはあるはずだ。
なのに……なんでコーナーであんなに踏める!?
俺がアクセルを戻すところで、あのシビックはさらに踏んでいきやがった……!!」
古田はエンジニアとして、その異常さを瞬時に理解した。
フェルリアの走りは、エンジンのパワーに頼ったものではない。
FF(前輪駆動)特有のアンダーステアを極限まで消し去る荷重移動。
VTECが切り替わる瞬間のトルク変動さえも計算に入れた、ミリ単位のペダルワーク。
それが、自身の「パワー任せの走り」とは次元が違うことをまざまざと見せつけられたのだ。
マヒロ「うんうん☆ 古田さん、良いところに気づいたねー☆
古田さんのMR-Sは『キメラ(合成獣)』。強力だけど、バランスを取るのが難しいじゃじゃ馬。
でもね、フェルリアさんのFD2は『聖剣』だよ。
ホンダがサーキットのために研ぎ澄ませた刀を、元七賢人が振るってるんだもん。
『切れ味』で勝てるわけないよねー☆」
フェルリア「……排気量の差なんて、私の『踏む力』で埋めてみせるわ。
エンジンだけ良くてもダメ。
車と対話しなさい……そうすれば、もっと速く走れるはずよ、MR-Sさん」
フェルリアはバックミラー越しに古田へ無言のレッスンを施すと、さらに前方の獲物へと視線を移した。
K20Aの高回転サウンドが、勝利の凱歌のように響き渡る。
古田 のりあき「……『七賢人』……。
なるほどな、ただの解説好きの姉ちゃんじゃなかったってわけか。
……完敗だ。だが、いいもん見せてもらったぜ」
古田は悔しさを飲み込み、しかし清々しい表情で、遠ざかる「本物」の背中を追った。




