米沢編第58話 吾妻の残酷さ
K395
若林「伊藤翔太が、、、、いったアアアア!!!!!!」
衝撃の瞬間だった。
3位を走るイヨのGRスープラが支配する「重力圏」。
そこは物理法則が歪む聖域であり、凡人が踏み込めば押し潰される場所だ。
だが、伊藤翔太のスイフトスポーツは、まるでダンスのパートナーの手を取るように、軽やかにその懐へと飛び込んだ。
伊藤 翔太「……悪いね、イヨちゃん。
この技、ちょっと借りてるよ。……俺の大事な『同期』からね」
翔太はヘルメットの中で、ニヒルで涼しげな笑みを浮かべていた。
彼が繰り出したのは、腹切カナタが得意とする「限界摩擦円ギリギリのドリフト走行」。
だが、カナタが「本能と気合」でねじ伏せるのに対し、翔太は「観察とセンス」でスマートに再現していた。
同期だからこそ知っている癖、ライン、タイミング。
その全てを自分のデータとして消化し、より洗練された形で出力したのだ。
イヨ「、、、、、!! イヨが抜かれるなんて、、、」
イヨの瞳が驚きに見開かれる。
重力の網を、水のようにすり抜けていく黄色い車体。
抵抗しようとした瞬間には、もうスイフトのテールランプが目の前にあった。
マヒロ「あー、赤い戦闘機をパクったねー☆
でも、腹切カナタとは真逆のタイプなんだよねー☆ 確かに似てるけど、、、」
若林「真逆!? 二人は同期であり、走りも似ているのでは!?」
マヒロ「ううん、根っこが違うの☆
カナタくんは『熱血』で、翔太くんは『スマート』。
同じ技を使っても、カナタくんは見てて『ハラハラ』するけど、
今の翔太くんは『ワクワク』しちゃうくらい余裕があるんだよー☆
同期だからこそできる完全コピー……でも中身は別物! 面白いねーっ☆」
伊藤 翔太「……さて、と。
コピー元に追いついちゃったな」
3位に浮上した翔太の視線の先には、同じ時期に走り始め、常に背中を追いかけてきた「赤い戦闘機」がいた。
若林「そういえば、、、次のレースは、、、」
実況席のモニターに、次戦のコースマップが映し出される。
そのあまりに広大で、あまりに高低差のあるルートに、若林は言葉を失った。
マヒロ「うん☆ 吾妻だよ?」
マヒロは事もなげに言い放ち、ポテトチップスをかじる。
マヒロ「磐梯吾妻スカイラインの頂上、浄土平からスタートして……
荒涼とした火山地帯を抜けて、土湯温泉、高湯温泉の湯けむりを切り裂いて……
最後は庭坂駅や免許センターの手前を通る、超・超・ロングダウンヒルレースみたいだね☆」
若林「ば、磐梯吾妻スカイラインだとォォォッ!?
あそこは『空を走る道』! 平均標高1,350mの山岳道路ですよ!?
そこから温泉街を抜け、市街地手前の免許センターまで!?
標高差1,000m以上を一気に駆け下りるというのですかッ!?」
マヒロ「そうだよー☆
頂上付近は『火山性ガス』で駐停車禁止のエリアもあるし、温泉街は道が狭くてクネクネだし、
最後は福島免許センターの前で、これから免許取る人たちに見せつけるようにカッ飛ばすの!
『これが公道最速だぞー☆』ってね!」
若林「教育に悪すぎる!! しかし、ドライバーにとっては極上のステージ!!
雲海の上からスタートし、硫黄の匂いを嗅ぎながら、最後は里へ降り立つ……。
まさに『神々の遊び』のようなコース設定ですッ!!」
コース上、3位に浮上した伊藤翔太と、2位の腹切カナタ。
福島の道を愛する二人の同期にとって、「吾妻」の名は特別な響きを持って聞こえるはずだ。
だが今は、目の前の米沢を制さなければ、その聖地には辿り着けない。
伊藤 翔太(……吾妻か。俺たちの庭だね、カナタ先輩。
そこで決着をつけるためにも……ここで先輩を喰わせてもらうよ)
腹切 カナタ(……次は吾妻だと? 最高じゃねえか。なら、なおさらここでは負けらんねェな...。王者の首取って、凱旋してやる!)
次なる激戦の予感が、米沢の雨をさらに熱く焦がしていく。
若林「しかし、今はこのレース! 米沢戦もいよいよ大詰めェェ!!!!
R13(万世大路)に再び合流して、山形県南陽市に突入です!!!!!」
峠のツイスティなセクションを抜け、コースは片側2車線の広大な国道13号バイパスへと変わった。
それは、ここまで屈辱を味わわされてきた「スーパーカー」にとって、待ちに待った狩り場の出現だった。
セシル「……狭い道でチョロチョロと。
よくも私を、ランボルギーニをコケにしてくれたわね。
ここからは『私の領域』よ。……凍りつきなさい」
6位を走るセシルの瞳が、氷のように冷たく、鋭く光った。
彼女がアクセルを踏み込むと、5.2L V10エンジンが「クオオオオオオオッ!!」と、ジェット機のような咆哮を上げる。
その音は、雨音すらも凍らせるドラゴンの咆哮。
白いウラカンが纏う冷気は、周囲のアスファルトを白く染めるほどのプレッシャーとなって前方に放たれた。
若林「おっと! 氷のドラゴン! ウラカンが2台抜きしようとしているウウウウっ!!!!」
ターゲットは、5位の山吹花(WRX STI)と、4位のイヨ(GRスープラ)。
セシルはスリップストリームなど使わない。
圧倒的なパワー差と、絶対的な「格」の違いを見せつけるように、追い越し車線のさらに外側、水しぶきが上がるラインを強引にこじ開けた。
山吹 花「ひっ……!? なに、この音……!?
後ろから……氷の塊が飛んでくるみたい……っ!!」
イヨ「うにゃっ!? 寒っ!!
イヨの重力でも……この冷気は重くできないよーっ!?」
ドシュッ!!!!!
一瞬だった。
山吹花のWRXと、イヨのスープラの間を、白い閃光が貫いた。
それはオーバーテイクというより、吹雪が吹き荒れた後のような静寂な暴力。
圧倒的な最高速の伸びを見せつけ、ウラカンは2台を瞬きする間にバックミラーの彼方へと追いやった。
セシル「……雑魚が。視界に入らないで」
マヒロ「うわぁ……☆ セシルちゃん、ガチギレだねー☆
『もう遊ばない』って顔してるよ。
広い道に出た瞬間のランボルギーニは、やっぱり『猛獣』だねーっ☆
これで一気に4位浮上! 前の伊藤翔太くんも凍らせる気だよーっ!?」
若林「速すぎる!! これがV10エンジンの底力!!
テクニックで抜かれた借りを、圧倒的なパワーという『暴力』で返しました!!
セシル、怒りの2台抜きで戦線復帰!!
再びトップ集団に冷たい牙を剥きますッ!!」
若林「さらに後方では北斗神拳伝承者がクレアの前に出てしまったアアアア!!!!!」
その瞬間、南陽市の国道13号に、緑色の残像が走った。
北斗が駆るメルセデス AMG GT R。ニュルブルクリンク「緑の地獄」で鍛え上げられたこの怪物が、
日本の公道最強の座に君臨する日産 GT-R R35(クレア機)の横に並びかける。
北斗「……『R』の名を冠する者よ。
貴様の弱点(秘孔)は、すでに突いている」
北斗はステアリングを握る手から力を抜き、呼吸を整えた。
雨で路面ミューが変化する継ぎ目。そこがクレアのR35がわずかにトラクションを失う「死角」だった。
4.0L V8ツインターボエンジンが、重低音の唸りを上げる。
それは「アタタタタタッ!」という連打ではなく、一撃必殺の「岩山両斬波」のような重く鋭い加速。
クレア「な、なによ……!? 私のGT-Rが、加速で負ける……!?
これは日本の誇りなのよ!? ドイツ車なんかに……ッ!!」
クレアは必死にアクセルを踏み込むが、AMG GT Rのアクティブ・エアロダイナミクスが生み出す強烈なダウンフォースと、
700Nmのトルクがアスファルトを鷲掴みにし、R35をじりじりと引き離していく。
同じ「GT-R」の名を持ちながら、その性格は対照的。
電子制御で誰でも速く走れるR35に対し、AMG GT Rはドライバーの闘争心を燃料にして走る野獣だ。
若林「このバトルではドイツGTRが圧勝っ!!!!!」
ドゴォォォォンッ!!!!!
排気音の爆発と共に、緑の怪物がデビルカラーのR35を完全に飲み込んだ。
雨煙の中に消えていくAMGのテールランプは、敗者への鎮魂歌のように赤く滲む。
北斗「……お前はもう、抜かれている」
マヒロ「わあー☆ 北斗さん、セリフまで決まってるねー☆
R35ちゃん、体重(車重)が重いから、雨の立ち上がりで『あべしッ!』ってなっちゃったねー☆
ドイツの科学力……じゃなくて、ドイツの腕力は世界一ィィッ!って感じかなー☆」
クレア「クソッ……!! 覚えてなさいよ、緑色ッ!!
この借りは……絶対地獄で返させてやるわッ!!」
日独GT-R戦争は、ドイツの圧勝で幕を閉じた。
北斗はさらに前を行く、7位の夢野ユナへと静かに照準を合わせる。
そして!!!!
ッガガガガ....!!!
鈍い接触音が、雨の南陽市に響き渡った。
追い詰められた黒川海斗のランエボXが、幅寄せするように伊藤乎太郎のパガーニ・ウアイラのサイドに接触したのだ。
それはバトルのライン取りではない。敗北を認めたくない黒川の、ただの「癇癪」に近い暴走だった。
黒川 海斗「く、、、、ッ!! 同じ黒のボディだから負けたくねェ......!!!」
黒川は泣きそうな顔でハンドルをねじ込む。
久我のレクサスに斬られ、カリンのフェラーリに無視され、彼のプライドはズタズタだった。
せめて、同じ「黒い車」であるこのパガーニだけには負けたくない。その一心だけで、泥だらけのボディを高級車に擦り付ける。
だが、伊藤乎太郎は引かなかった。
パガーニ・ウアイラ。インカの風の神の名を持つこの車は、カーボンチタンでできた芸術品でありながら、730馬力の怪力を秘めた魔神だ。
伊藤 乎太郎「まだここでくたばる訳にはいかない、、、っ!!
人の車ぶつけるの楽しみにしてんじゃねェェェ!!!!」
乎太郎が叫ぶと同時に、ウアイラの前後にある可変フラップが「バシュッ!」と立ち上がり、乱れた姿勢を強制的に安定させた。
接触の衝撃をものともせず、V12ツインターボエンジンが唸りを上げる。
ドゴォォォォォォォッ!!!!!
若林「抜いたアアア!!!! エボに圧勝!!! これがウアイラなのかアアア!!!」
次元が違った。
接触した状態からアクセルを踏み込んだ瞬間、エボXはまるで止まっているかのように置き去りにされた。
ジェット機のような加速。圧倒的なトルク。
ウアイラは黒川のエボを風圧で吹き飛ばすかのような勢いで前に出ると、
四本のチタンマフラーから青白いアフターファイヤーを吐き出し、黒川に「絶望」という名の煤を浴びせた。
マヒロ「あはは☆ 残酷だねー☆
若林さん、同じ『黒』でも、値段の桁が2つ違うんだよー?
黒川くんの黒は『泥の黒』だけど、乎太郎さんの黒は『数億円のカーボンブラック』だもん!
素材の強度が違いすぎて、ぶつかってもエボの方が壊れちゃうよー☆
まさに『格の違い』を見せつけられたねーっ☆」
腹切 カナタ「いけるのか、、、、? いや、いけると信じる、、、、ッ!!」
カナタは自分自身に問いかけ、そして即答した。
目の前を走るフリスのポルシェ 718 ケイマン GT4。
その完璧な挙動、乱れないライン取りは、ドライビングの教科書そのものだ。
対する自分のREVIVE 86 TURBOは、度重なる接触と限界走行で、タイヤもボディも悲鳴を上げている。
水温計は危険域を指し、ブースト圧もタレ始めている。
データで見れば、勝率は「0%」だ。
フリス「……無駄だ。貴様の車はもう死んでいる。
ただ惰性で動いている鉄屑に、王を狩る牙など残っていない」
フリスはバックミラー越しに、カナタの86がボロボロであることを確信していた。
だからこそ、勝利を確信し、冷徹に「蓋」をするラインを取る。
しかし、カナタには見えていた。
雨に濡れたアスファルトの、さらに向こう側にある「勝利への細い糸」が。
腹切 カナタ「……頼むぜ、86。
伊藤みたいにスマートには走れねえ。
イヨみたいに不思議な力もねえ。
俺には……お前と、この『泥臭い根性』しかねえんだよッ!!」
カナタはアクセルを床まで踏み抜いた。
タイヤが空転し、車体が激しく横に振れる。
だが、カナタはその「暴れ」さえも推進力に変えた。
理屈ではない。計算ではない。
「俺は、こいつに勝つ」という純粋で強烈な意志が、物理法則をねじ伏せ、86をポルシェの背後へ強制的にワープさせる。
若林「来たァァァァッ!! 腹切カナタ、最後のチャージ!!
ボロボロの86が、まるで不死鳥のように息を吹き返したァァッ!!
理屈じゃない!! 根性論だ!!
しかし、その熱量こそが、冷徹な王者を焼き尽くす唯一の武器だァァァッ!!」
マヒロ「うん、これだよ……☆
翔太くんは『頭』で走るけど、カナタくんは『心臓』で走るの。
車が壊れるか、心が燃え尽きるか……。
命がけのチキンレース、いよいよ決着の時だよーっ☆」
南陽市の街明かりが、二台のボンネットに反射する。
信号機、交差点、そしてゴールライン。
全ての要素が、この一瞬のために用意された舞台装置のように輝き始めた。
若林「高橋勇太が岡田大成をオーバーテイク!!!
しかし……様子がおかしい!! ライン取りが乱暴すぎる!!
まるで相手をコース外へ弾き飛ばそうとするかのような、殺意の突進だァァァッ!!」
高橋 勇太「オラああああ!!!!!!
このまま殺さないで引き下がって溜まるかああああ!!!!」
NSXのコックピットで、高橋勇太は獣のように咆哮した。
彼の操るホンダ NSX(NC1)は、3つのモーターとV6ツインターボを組み合わせた、本来なら理知的でスマートなハイテクスーパースポーツだ。
だが今の勇太は、その高度なトルクベクタリングシステムを、ただの「暴力装置」として扱っていた。
岡田 大成「ひっ……!? なんだあの動き!?
機械じゃない……猛獣が暴れてるみたいだッ!!」
16位を走る岡田大成のGRヤリスは、雨の峠では無敵に近い機動性を持っている。
だが、背後から迫るNSXは、モーターの即応トルクで無理やり車体を前に押し出し、物理法則を無視した加速で襲いかかってきた。
勇太はステアリングを叩きつけるように切り込む。
NSXのフロントモーターが唸りを上げ、外へ膨らもうとする車体を強引にイン側へねじ込む。
高橋 勇太「俺のNSXは……『失敗作』なんかじゃねえッ!!
見ろよこのパワーを!! このシステムを!!
テメェみたいなハッチバックに負けてたら、俺たちの技術が死んだことになるんだよォォォッ!!」
ドゴオオオオオッ!!!!!
エンジンとモーター、合計581馬力のパワーが炸裂する。
勇太はヤリスのサイドミラーが吹き飛ぶほどギリギリの距離まで幅寄せし、その風圧と威圧感で岡田を路肩の泥濘へと追いやった。
スマートなオーバーテイクではない。
「どけ、殺すぞ」という無言の圧力が具現化した、処刑のような追い抜き。
マヒロ「ひぃぃ……☆ 勇太くん、目が血走ってるよー☆
ハイブリッドカーなのに、全然エコじゃないねー☆
『殺さないで引き下がれるか』って……もうレースじゃなくて『喧嘩』の領域だよーっ☆
NSXちゃんもビックリして、システムエラー吐きそうなくらい無理させられてるねーっ☆」
若林「凄まじい執念!! ホンダの至宝が、泥にまみれて牙を剥いた!!
高橋勇太、なりふり構わぬアタックで16位奪取!!
その姿は、かつてF1を席巻したホンダの『闘争本能』そのものですッ!!」




