米沢編第57話 国道合流地点
K394
若林「さらにその黒川海斗にビアンコベージュのRomaが、、、、!!
氷の宝石のような輝きを魅せて...更に上を目指すううう!!!!!!」
雨に濡れたアスファルトの上を、滑るように近づく一台のフェラーリ。
柳津カリンの愛機、フェラーリ Roma。そのボディカラーである「ビアンコ・ベージュ」は、単なる白ではない。
真珠のような光沢と、大理石のような深みを併せ持つ、イタリアの美意識の結晶だ。
対する黒川海斗のランエボXは、度重なるバトルとスピンで泥にまみれ、タイヤスモークと排気ガスの臭いを撒き散らしている。
黒川 海斗「……なんだよ、あの色は……。
綺麗すぎて……ムカつくんだよォォッ!!
俺はこんなに必死なのに……なんでお前は、そんなに涼しい顔で走れるんだッ!!」
バックミラーに映る神々しいまでの輝きに、黒川は生理的な嫌悪と、どうしようもない劣等感を抱いた。
自分の「黒(闇)」が、彼女の「白(光)」によって惨めに浮き彫りにされてしまうからだ。
黒川は蛇行してブロックを試みるが、すでにタイヤのグリップは限界を迎えている。
柳津 カリン「……汚れていますね。道も、走りも」
カリンの声には、侮蔑も憐憫もなかった。あるのは、汚れを嫌う潔癖なまでの「拒絶」だけ。
彼女にとって、今の黒川はライバルではない。
美しく磨き上げられた氷のリンクに落ちた、一つのシミに過ぎないのだ。
柳津 カリン「私の視界に入れないで。……美しくないから」
カリンはステアリングを数ミリ単位で修正し、黒川のエボXが巻き上げる泥水を避けるようなラインを取った。
3.9L V8ツインターボが、絹を引き裂くような高音を奏でる。
加速の次元が違う。トラクションの質が違う。
ビアンコ・ベージュのRomaは、エボXのアウト側に優雅に並ぶと、一瞬でその光の中に黒い車体を置き去りにした。
マヒロ「うわぁ……☆ 残酷だねー☆
カリンちゃん、黒川くんのこと『見てない』よ。
ただ『避けて通った』だけだねー☆
これ、抜かれた方としては一番キツイかもーっ☆」
若林「美しい……あまりにも美しいオーバーテイクです!!
柳津カリン、相手に触れることすら穢らわしいと言わんばかりの完全スルー!!
黒川海斗、存在そのものを否定されたかのような屈辱!!
フェラーリ Roma、12位へ浮上!! 氷の宝石は、泥に染まることを拒みましたァァッ!!」
若林「古田が前の4台を猛加速でやってしまう!!!!!
ミッドシップの弾丸がここで順位に狼煙を上げたあああ!!!!!」
視界不良の豪雨の中、最後尾付近から「異質な高音」が響き渡った。
それはマツダのロータリーでも、フェラーリのV8でもない。
ホンダ・レーシングスピリットの結晶、i-VTEC搭載 K24Aエンジンの乾いた炸裂音だ。
古田 のりあき「……ふう。少し、騒がしくなるな」
古田は、まるでタバコの紫煙をくゆらせるような落ち着き払った手つきでシフトノブを操作した。
トヨタ MR-Sの軽量ボディ(約1トン)に、2.4Lのハイチューンエンジン。
パワーウェイトレシオはスーパーカーに匹敵する。
雨でグリップを失い、おっかなびっくり走る先行車たちは、古田の目には「止まったパイロン」にしか見えていなかった。
古田 のりあき「悪いが、まとめて行かせてもらう。
……年寄りの冷や水、ってやつかな」
ドンッ!!!!!
VTECが作動し、カムが切り替わった瞬間、MR-Sが弾かれたように加速した。
まずは21位、森下遊矢のRX-8(4ローター)を一瞬でかわす。
続いて20位、天羽シオンのR34 GT-Rの重たい巨体を、軽快なステップでインから刺す。
天羽 シオン「なっ!? 速ぇ!? あのMR-S、中身別モンかよ!?」
驚く若者たちを尻目に、古田の表情は渋いまま変わらない。
次なる標的は19位、クリスタ・ニールセンのフェラーリ 488 GTS。
ミッドシップ対決だが、雨の峠では「軽さ」と「扱いやすさ」が勝敗を分けた。
フェラーリがパワーを持て余してテールを振る隙に、古田は涼しい顔でサイドをすり抜ける。
クリスタ「Oh no...!! 日本のSmall Toyに負けるなんて……!!」
そして最後は18位、古賀加奈子のBMW M5。
重量級のセダンがコーナーで苦しむアウト側を、古田はアクセル全開でまくり上げた。
古田 のりあき「……K24A、いい音だ。
これだから、チューニングカーはやめられん」
マヒロ「しっぶ〜い!! カッコいいーっ☆
あのおじ様、全然力が入ってないのにめちゃくちゃ速いよーっ☆
これが『大人の余裕』ってやつかなーっ☆」
若林「凄まじい!! まさにミッドシップの弾丸!!
RX-8、R34、フェラーリ、M5……名だたるマシンを4台まとめて葬り去りました!!
古田のりあき、一気に18位へ浮上!! いぶし銀の職人技が光りますッ!!」
クリスタ「クソがアアアア!!!!!!
なんであんなMRーSが前に出れるのよおお!!!」
フェラーリ 488 GTSの豪奢なコックピットに、似つかわしくない罵声が響き渡った。
クリスタ・ニールセンは、手縫いの高級レザーが巻かれたステアリングをバンバンと叩き、悔しさに顔を歪ませていた。
視界の先には、軽快なエキゾーストノートを残して遠ざかる、古田のりあきの白いMR-S。
その小さなテールランプが、クリスタには自分を嘲笑う「悪魔の瞳」に見えた。
クリスタ「私の車はフェラーリよ!? 670馬力のV8ツインターボなのよ!?
あんな……あんなオモチャみたいな車に、直線でもコーナーでも負けるなんて……
ありえないわよォォォッ!!」
アクセルを踏み込めば、暴力的なパワーがリアタイヤに伝わる。
だが、今の米沢の路面は完全に水浸しだ。
最新の電子制御をもってしても、670馬力の怪力を御しきれず、警告灯がチカチカと点滅を繰り返すばかり。
対する古田のMR-Sは、パワーこそ劣るが、約1トンという圧倒的な「軽さ」と、NA(自然吸気)メカチューンのリニアな特性で、水の上をアメンボのようにスイスイと進んでいく。
マヒロ「あはは☆ クリスタさん、カンカンだねー☆
でもね、雨の日は『お金持ち』ほど損をするんだよー?
重くてパワーがありすぎるスーパーカーは、アクセル踏めないからただの『鉄の塊』になっちゃうの。
逆に古田さんのMR-Sは、軽くて扱いやすいから、雨の日だけは『スーパーカーキラー』になれるんだよーっ☆」
若林「残酷な現実だァァァッ!!
カタログスペックが全てではない! それが公道レース、それが雨のバトル!!
クリスタ、高価な馬力を路面に叩きつけることもできず、ただ古田の背中を見送ることしかできません!!
屈辱の20位転落!! プライドの高い彼女には、この現実は受け入れ難いかァァッ!?」
クリスタ「認めない……認めないわよッ!!
晴れていれば……ドライ路面なら、あんなゴミ屑、3秒で点にしてやるのにィィッ!!」
ワイパーが激しく動く中、真っ赤なフェラーリの中で、クリスタの絶望的な叫びだけが空回りしていた。
若林「農園ストレートから...さらに120度ターンを!!!?」
直角よりもさらに深く回り込む、米沢サーキット屈指の難所「120度ターン」。
雨で川ができ始めたこのセクションは、スーパーカーにとっては鬼門であり、ラリーカーにとっては庭のようなものだ。
5位を走るセシルのランボルギーニ・ウラカンの背後に、6位の山吹花のSUBARU WRX STIが、不気味なほどの高速度で迫っていた。
セシル「後ろの様子がおかしい...ッ!??
殺気立つこの感じ、、、何か、、、、ッ!!?」
セシルは背筋に、氷の能力とは違う種類の寒気を感じていた。
さっきまで後ろにいたのは、安定感のある優しい「青い車」だったはずだ。
だが今、バックミラーに映っているのは、ヘッドライトから青白い火花を散らし、路面を食い破らんばかりの勢いで突進してくる「青い魔獣」。
優しい女の子の仮面が剥がれ落ち、その下から覗いたのは、修羅場を潜り抜けてきた戦士の瞳だった。
ドゴオオォォオンッ!!!!
雷が落ちたような衝撃音が轟く。
それは衝突音ではない。WRX STIの強靭なサスペンションとAWDシステムが、1.5トンの車体を無理やりイン側の縁石に叩きつけ、物理法則をねじ曲げた音だ。
若林「ここでェェェェェ!!!!!!
WRXがいったああああ!!!!!!」
セシル「嘘ッ!? この進入速度で……曲がれるわけがないッ!!」
セシルが恐怖でブレーキを踏んだその横を、山吹花のWRXがすり抜けていく。
タイヤとホイールが悲鳴を上げ、アンダーパネルが縁石と擦れて激しい火花が散る。
だが、WRXは微動だにしない。
車体全体から、バリバリという音と共に「青い電撃のオーラ」が立ち上る。
それはスバルの魂、六連星の誇りが具現化した闘気だ。
山吹 花「……ごめんなさい、セシルちゃん。
ここは『綺麗な道』じゃないの。泥と雨の戦場なの。温室育ちのスーパーカーには、ちょっと刺激が強すぎるかな、、、?」
山吹花は、ステアリングをこじることなく、アクセルワークだけで車の向きを鋭角に変えた。
火花を散らしながらインを強襲するその姿は、まさに雷神。
ウラカンの白いボディを、青い閃光が一瞬で切り裂いた。
マヒロ「ひゃああああっ!!
花さんが……花さんが怒ってるーッ!!
いや、楽しんでる!?
『私の家族に手出しさせない』っていう守護神のオーラだよーっ☆
ウラカンが怯えて縮こまっちゃったみたい!!」
若林「強い!! あまりにも強い!!
これがスバルのAWD!! これが山吹花の真骨頂!!
青い電撃を纏い、ランボルギーニを火花の彼方へ置き去りにしたァァァッ!!
山吹花、怒涛の5位浮上ですッ!!」
マヒロ「インからだったね......私も今のはびっくりしたよ、、、、、、」
いつもはケラケラと笑っているマヒロの声が、少しだけ震えていた。
モニターを見つめるその瞳は、お菓子の袋ではなく、山吹花のWRX STIのタイヤの接地面に釘付けになっていた。
若林「マヒロさんが驚くとはよほどのことです!!
しかし、インを刺すのはオーバーテイクの定石では!?」
マヒロ「ううん、違うの若林さん。
今の120度ターン、雨が降るとイン側には『川』ができるの。
普通の車ならハイドロプレーニングを起こして、そのまま外へ飛んでいく『死のライン』なんだよ。
でも花さん……そこを『グリップする場所』として使ったの」
若林「なッ……!? 川をグリップに使ったと!?そんなことが可能なのですか!?」
マヒロ「WRXのAWDシステムを信じ切ってる証拠だねー……。
タイヤが水に乗る一瞬前に、アクセルワークで荷重をかけて、水を『切り裂いて』接地させてる。
あれは勇気とか度胸じゃないよ。
『私の車なら絶対に裏切らない』っていう、狂気に近いくらいの信頼がないとできない技だよー……」
コース上、山吹花は静かに息を吐いた。
彼女にとって、今のオーバーテイクは博打ではない。
長年連れ添ったWRX STIとの対話の結果だ。
山吹 花「……驚かせちゃったかな?
でも、WRXは言ってるのよ、『そこは通れる』って。泥だらけの林道に比べれば、サーキットの川なんて綺麗な小川みたいなものなんだよ......」
青い電撃を纏ったWRXは、抜かれたセシルのウラカンを置き去りにし、次の獲物へと視線を向ける。
その先には、かつて自分が育て、今は「冷徹な仕事人」へと変貌した伊藤翔太の黄色いスイフトが走っている。
マヒロ「わあー……☆ 花さん、スイッチ入っちゃってるよー☆
これはもう、誰にも止められない『お母さん無双』モードだねーっ☆」
山吹 花「……はぁ、はぁ……。ごめんなさい、セシルさん……。
私……本当はこんな乱暴なこと、したくないのに……」
彼女は小さく、しおらしく呟いた。
だが、彼女の意思とは裏腹に、鍛え上げられた彼女の右足はアクセルを緩めない。
「仲間を守りたい」「カナタくんや伊藤くんの力になりたい」。
その純粋で健気な想いが、彼女を「戦士」に変えているのだ。
WRXが放つ青い電撃のオーラは、彼女の心の奥底にある「守護の願い」が形となったものだった。
山吹 花「……伊藤くん。そんなに冷たい顔をしないで……?
私……あなたのことも、守ってあげたいだけなの……っ」




