米沢編第21話 迫り来るストレートの街並み
K358
クリスタのフェラーリにリアを激しく突き上げられた高村のZ33は、タイヤスモークを上げながら必死に路面を捉え直していた。
だが、バックミラーに映る真紅の影は、物理法則を無視したような立ち上がりで再び肉薄してくる。
高村「くっ……! あのスピード、なんだってんだッ!? コーナー出口でインを閉めたはずなのに、なぜあそこから鼻先を入れられる……ッ!!」
高村は「漆黒の執行者」らしく、常に最短・最速のラインをデータで導き出してきた。
だが、今のクリスタの走りは、データはおろか自身の安全すら度外視した「狂気の産物」だ。
高村「どうしたらそんなスピード出せるんだ......ッ!???」
高村の悲鳴に近い叫び。
その横を、クリスタの488 GTSが火花を散らしながら、ガードレールを削るようなラインで強引にパスしていく。
クリスタ「あはははっ! 理由なんてないわよッ!!
心を燃やせば、フェラーリだって空を飛べるんだからぁぁッ!!!!!!」
(ラインなんてぶつけさえすれば余裕で道は切り開ける....ッ!!!
私ならそこを迷わず突き刺して見せる....ッ!!!!)
ピンク色の雪がクリスタの放つ熱気で一瞬にして蒸発し、白い霧となって高村の視界を奪う。
順位を上げるためではなく、ただ前にあるものを壊すためだけに加速する真紅の跳ね馬。
高村は、ただ遠ざかっていくアフターファイアを、呆然と見送ることしかできなかった。
若林「先頭は、フリス!! そこからすぐシラヌイとちとせが張り付くゥゥ!!!!!
1ミリたりともミスも許されない、異次元のトップ争いだァァッ!!」
福島市街地の熱気を背に、36台の猛獣たちは13号線バイパスへと牙を剥く。
阿武隈川を越え、進路は北西――。
若林「今回の舞台は、福島市と米沢市、上山市を結ぶ13号線区間!!! 阿武隈川渡る福島市街地から栗子峠を渡る区間!!! ここを36名がおよそ85キロ走ります!」
ピンク色の雪が激しさを増す中、フリスのポルシェは一寸の狂いもないラインで栗子峠の登りに向けて差し掛かる。
だが、その背後。レクサスLFAの『天使の咆哮』と、フェアレディZの『獣の唸り』が、フリスの排気音をかき消さんばかりに迫っていた。
ちとせ「……フリスく〜ん☆
…君の降らせるこの雪大好きだよ~....もへ~......」
シラヌイ「……くくっ。85キロもあるんだー!!……じっくり、その美しい背中を剥がしてあげるよ……?」
トップスピードが200キロを軽く超えるバイパス区間。
路面温度はフリスの冷気で氷点下へと叩き落とされ、タイヤのグリップ力は極限まで試される。
最後尾の柳津雄介から先頭のフリスまで、この85キロの道のりが、36名の運命を残酷に選別し始めていた。
クリスタの暴走、カリンの輝き、そして柳津雄介の蹂躙。
後方グループが混沌とする中、33位に沈んでいた黒鉄の塊が、不気味な重低音を響かせて加速を開始した。
黒川「チッ!……ふざけやがって......。どいつもこいつも、俺をナメやがって……ッ!」
黒川海斗の駆るランエボX Final Edition。
重厚な漆黒のボディが、フリスの降らせるピンク色の雪を真っ向から跳ね飛ばす。
彼はいつも、女たちの機嫌を取るためにハンドルを握っていたわけではない。
黒川「見てろよ上にいるヤツらども、、、ッ! 俺がただの女タラシじゃねェの見せてやらァァァァァ!!!!」
S-AWC(車両運動統合制御システム)が雪道を「嘲笑う」ようにグリップへと変換する。
黒川は一切の減速を捨て、前方を走るカリンのフェラーリや田中のRX-7の間に、その重戦車のような巨体を強引に割り込ませた!
若林「おおおっ!? 33位の黒川海斗が狂ったように加速ッ!! 藤堂のマクラーレンを力でねじ伏せ、一気に先行車を飲み込んでいくゥゥッ!!」
マヒロ「うわーっ! 黒川くん、実は本気出すと一番怖いタイプだったんだねー☆ あのエボX、加速が重いけど一度乗ったら止まらないよっ!!」
黒川は、カリンの亜麻色の髪から放たれる光源すら踏み潰すような勢いで、夜の13号線を爆走する。
女タラシの仮面を脱ぎ捨てた「黒鉄の重戦車」が、上位陣の安寧を破壊すべく、栗子峠の闇へと消えていった。
失速し、10位で喘ぐ花のバックミラーに、場違いなほどに甲高い金属音が飛び込んできた。
それはスバル特有のボクサーサウンドでも、欧州車の重低音でもない。
回転数が上がるほどに狂気度を増す、あの「VTEC」の絶叫だ。
古田「……花の姉ちゃんがいるのか、、、ッ!!」
黄色のボディを激しく震わせながら、古田のりあきのMR-Sが猛然と迫る。
見た目は旧世代のライトウェイトスポーツだが、その心臓部はK24A型エンジンに換装され、軽量な車体と相まって異次元のパワーウェイトレシオを実現していた。
古田「俺のK24AエンジンのMR-Sで、抜けそうだな、、、ッ!!」
花「っ……!? なに、あの黄色い車……。速すぎる……ッ☆!!」
古田がシフトダウンし、VTECがハイカムに切り替わった瞬間、MR-Sは弾かれたように加速した。
花のWRX STIのイン側、わずか数センチの隙間に、古田は一切の躊躇なく黄色い鼻先を捩じ込む!
若林「おおおっ!? 11位のレジェンド古田が動いたァァッ!! 魔改造MR-Sが、VTECの咆哮と共に山吹花を捉えたァァッ!!」
マヒロ「うわーっ! まさかのエンジンスワップ!? 古田さん、あの車にK24Aを積んでたんだねー☆ 軽くてハイパワーなんて、この峠じゃ反則だよーっ!!」
花が感覚のない指先で必死に防衛ラインを築こうとするが、古田のMR-Sは羽が生えたような軽やかさでそれを翻弄する。
「守護者」の称号が、レジェンドの執念によって今、剥がされようとしていた。
古田のMR-Sに抜かれ、呆然とする花のバックミラー。
そこには、路面を這うような低いシルエットと、鋭く光るY字型のデイタイムランニングライトが迫っていた。
セシル「……花さん......ッ!! 苦しそうですね。でも、、、」
セシルの駆る白いウラカン。その姿はピンク色の雪煙を纏い、まるで冬の空を飛翔する「氷のドラゴン」のようだった。
彼女はデータ上で花のWRX STIの限界を完全に見切っていた。
セシル「……ウラカンだから、すぐ抜けちゃう、、、、。悪いけれど、そこをどいてくださいっ!!」
ガァァァァァアンッ!!
自然吸気V10エンジンが、高密度な爆音を栗子峠の絶壁に反響させる。
4WDシステム『ハルデックス・カップリング』が雪道を完璧に捉え、セシルは花がラインを戻そうとする僅かな隙間に、鋭利な刃物のようなボディを滑り込ませた。
若林「来たァァッ!! 12位のセシル、白い氷のドラゴンの如き加速で山吹花を猛追ッ!! 並んだッ!! 抜いたァァァァァッ!!!」
マヒロ「うわーっ! セシルちゃんのウラカン、加速の伸びが全然違うよー☆ 花ちゃん、完全に狙い撃ちにされちゃったね……ッ!」
花「あ……うぅ……っ☆ また……また抜かれちゃう……ッ!!」
花の横を通り過ぎる瞬間、セシルの冷徹な、けれどどこか悲しげな視線が花を射抜く。
「蒼き守護者」の盾は、もはやボロボロになり、12位へとその順位を滑り落としていった。
栗子峠へと続く中速コーナーの連続。VTECの咆哮を上げ、必死にトラクションを稼ぐフェルリアの白いFD2。
だが、その右サイドに、音もなく滑り込んできたのは「死神」の如き鉛色の影だった。
若林「今度はFD2に、、、、エミーラ並ぶかァァァァァ!!!?? 純正の鉛色のシャドーグレーが煌めいて、フェルリアのFD2に並ぶ、、、、ッ!!!」
街灯の光を鈍く跳ね返すシャドーグレーのボディ。
フブキは表情一つ変えず、ミリ単位のステアリング操作でFD2の走行ラインをじわじわと外側へ押しやっていく。
フェルリア「立ち上がりは互角、、、ッ!! でも、、、私の方が、、、スペースがない、、、ッ!!??」
フェルリアは愕然とした。加速勝負では負けていない。
しかし、フブキのエミーラが「壁」となり、次のコーナーへのアプローチを完全に遮断しているのだ。
このままではガードレールに接触するか、アクセルを抜くしかない。
フブキ「……ねぇ、先輩。……15歳の熱に、ついてこられるかしら、、、、?」
マヒロ「うわぁっ! フブキちゃん、あんな狭いところにエミーラをねじ込んで……☆ まるで相手が消える場所を分かってるみたいだよーっ!!」
鉛色の吹雪が吹き荒れ、純白のシビックは出口の見えない絶望の淵へと追いやられていく。
鉛色のエミーラにスペースを奪われ、ガードレールが目前に迫る絶体絶命の瞬間。
フェルリアの瞳に、かつて松島戦で多くのレーサーの走りを見抜いてきた「解説者」としての鋭い光が宿った。
フェルリア「させるかァァァァァ!!!!」
ガアアァンッ!!!!!
フブキ「......ッ!!!ここでぶつけるなんて頭イかれてるの....!?
ラインを崩したら舟橋の街の壁に突き刺さるわよ.....!??」
フェルリアはアクセルを抜くどころか、縁石のさらに内側、ダートにタイヤを引っ掛けて強引にノーズを捻じ込んだ。
エミーラのフェンダーに火花を散らすほどの超至近距離!
VTECがセカンドカムへと切り替わり、金属音の咆哮がエミーラの静寂を粉砕する。
若林「フェルリアのシビックFD2が抜き返したァァァァァ!!!! タイプRの勲章を輝かすFD2が抜き返すッッ!!!」
フブキ「……嘘……今のスペースで、どうやって……ッ!?」
驚愕に目を見開くフブキ。フェルリアは立ち上がりの最短ラインを完璧にトレースし、エミーラの前に白いリアビューを叩きつけた。
若林「やはり、松島戦で解説を担当してくれたフェルリアさんは伊達じゃないッ!! 他人の走りを分析してきた彼女には、フブキの狙いなどお見通しだったのかァッ!! 簡単には抜かせないッ!!!」
マヒロ「すごーいっ! フェルリアさん、あんなのデータにないよー☆ これが『本物の先輩』の走りなんだねっ!!」
純白のFD2が、夜の13号線に「格の違い」を刻みつける。
15歳の天才も、経験豊富な実力者の「意地」までは凍らせることはできなかった。
フェルリアとフブキ。二人の実力者が火花を散らし、わずかにラインが膨らんだその刹那。
夜の静寂を切り裂くような、鋭く、それでいて滑らかなエキゾーストノートが二人の間に割り込んだ。
ユナ「ここで食らいつくッ!!!!」
夢野ユナの操るGR86。
彼女は二人のバトルが生み出した気流の乱れと、一瞬空いた最短のインコースを、針の穴を通すような精度で射抜いた。
軽量な86の利点を最大限に活かし、立ち上がり重視のコンパクトな旋回を披露する。
若林「おおおっとォ!! その隙を後方にいたGR86がついたァァァァァ!!!! 23位の夢野ユナ、電光石火のサイド・バイ・サイドだァァッ!!」
マヒロ「夢野ユナちゃん、良いライン取れてるねー☆ 前の二人が競り合ってアウトに膨らんだところを、見逃さずにズバッとインを刺したよっ!!」
フブキ「……ッ!? この子、いつの間に……、、、、」
フブキの驚きを背に、ユナは淡々と、しかし情熱を秘めた瞳で前を見据える。
「氷のプリン」と呼ばれながらも、その走りは誰よりも熱く、そして冷静だった。
混戦を切り裂く一閃。ユナのGR86が、上位陣の背中を確実に捉え始めた。
栗子峠へと向かう13号線バイパス。
8位に浮上した柳津雄介のBMW M4 DTMは、7位を走る岡田大成のGRヤリスを、まるで獲物をいたぶるようにチェイスしていた。
若林「さぁ、8位の柳津雄介が岡田大成に張り付く!!! 碧眼の破壊神、ついに白い狼の喉元に牙を立てるかァァッ!!?」
車内にはエンジンの咆哮だけが響く中、柳津雄介のコンソールに表示されたナビゲーションが、福島の名湯を指し示した。
柳津雄介「……ふん。にしてもあー、、、近くに飯坂温泉があるなー、、、、」
柳津は冷徹な眼差しで、前方の岡田が必死にブロックするラインを眺める。
15歳の少女たちが必死に熱を上げ、レジェンドたちが血を吐くような思いで走るこの峠道で、彼は一人、優雅に目的地を検討し始めた。
柳津雄介「リタイヤして温泉に行こうかなー? こんな雪道で泥臭く走るより、源泉掛け流しでゆっくりする方が……俺のプライドには合っているかもしれないな」
ナビの画面には、煌々と「飯坂温泉」のマークが点灯している。
岡田「(バックミラーを見て)……クソッ! なんだあの余裕は!? 煽るだけ煽って、抜こうともしねえ……ッ!!」
若林「柳津雄介、全く仕掛ける気配がないッ!! 岡田の背後で、まるでドライブでも楽しんでいるかのような挙動だァァッ!!」
柳津雄介は、鼻先が触れんばかりの超至近距離でヤリスを追い詰めながら、不敵な笑みを浮かべた。
彼の言う「リタイア」が本気なのか、あるいは最大の心理戦なのか。
碧眼の奥に隠された真意は、まだ誰にも分からない。
福島市の夜景を背に、栗子峠の登り坂が本格化する。
そこで、今まで優雅に舞っていた「宝石の姫」が、ついにその牙を剥いた。
若林「おおおおおおおおおアアアアアアアアアアアア!!?? 柳津カリンのRomaがああああああああッ!!! ビアンコアベスのRomaがまさかの5台一気にごぼう抜きッ!!!!」
カリンのフェラーリ・ローマから放たれるV8ツインターボの咆哮が、静寂を切り裂く。
田中、古賀、久我、高村、そして……。
圧倒的なトラクションと最新鋭の電子制御が、滑りやすい路面を「宝石の結晶」へと変えていく。
黒川「__ふざけんなァァァァァ!!!! 俺の横を……こんな一瞬でッ!!」
つい先程まで意気揚々と「重戦車」の走りを見せていた黒川海斗のエボXの横を、カリンのローマは一瞥もくれずに通り過ぎた。
黒川の必死のステアリング操作を嘲笑うかのような、異次元の旋回スピード。
マヒロ「これがFerrariの実力なのかァァァァァ!!!?? カリンちゃん、お兄様に負けないくらいの激しい走りだよーっ☆」
カリン「……お兄ちゃん見ててね。柳津の誇り(プライド)は、私もしっかりと持っているのですから......ッ!!」
カリンの亜麻色の髪が、福島市の夜景の光を吸い込み、さらに鋭く尖りながら闇を照らす。
32位から一気に27位へと踊り出た「氷と宝石の姫」。
そのあまりにも美しい暴力的な加速に、後方のレーサーたちは息を呑むことしかできなかった。
福島市瀬上町。阿武隈川を渡り、13号線バイパスを北西へと進む一行の右手に、夜の闇に浮かぶ校舎が見えてきた。
若林「コースは福島学院大学と附属幼稚園付近を通過するゥゥ!!! 普段は子供たちの声が響くこの場所も、今は猛獣たちの咆哮が支配する戦場だァァッ!!!」
街灯に照らされた大学の校舎が、通り過ぎる36台の極彩色のライトを反射して一瞬だけ煌めく。
先頭のフリスが降らせるピンク色の雪が、幼稚園の遊具の上にうっすらと積もり、幻想的な、しかしどこか冷酷な光景を作り出していた。
カナタ「(校舎の横を駆け抜けながら)……ここが大学か。……止まってはいられない、先へ……ッ!!」
カリン「……綺麗な場所ですね。でも、今は景色を眺めている余裕はありませんッ!!」
5台抜きを達成したカリンのフェラーリが、大学前の緩やかなカーブを鮮やかなラインで駆け抜ける。
福島市民が見慣れたその穏やかな風景を、時速200キロを超える鉄の塊たちが蹂躙していく。
マヒロ「ここを過ぎると、いよいよ本格的な登り坂……栗子峠への入り口だねー☆ みんな、エンジン全開だよっ!!」
夜の静寂を守るはずの校舎を背に、36名のレーサーたちはさらに険しい、暗闇の峠道へとその身を投じていった。
福島学院大学を過ぎ、コースは栗子峠への登坂車線が広がる超高速区間へと突入する。
12位の花の背後に、銀色の刺客、高橋勇太のNSXが音もなく忍び寄っていた。
高橋「……終わりだ、山吹花。ここで引導を渡してやる」
高橋がスリップストリームから抜け出し、仕掛けようとしたその瞬間。目の前の青いWRX STIが、信じられない挙動を見せた。
100キロを優に超える速度で突入する高速ベント。誰もが減速、あるいは微かなブレーキングで姿勢を作るその場所で、花のブレーキランプは一切灯らなかった。
高橋「ふざけてるのかァ...!? ノーブレーキで高速ベントを、、、ッ!!?」
花「(……感覚がない……。ブレーキを踏む力も、もう……。だったら、このまま曲がるだけッ!!)」
四輪をピンク色の雪に滑らせながら、ガードレール数センチの距離を異次元の速度で駆け抜けるWRX。
それは技術ではなく、感覚を失ったがゆえの「死への疾走」だった。
高橋「狂ってる……! だが、そんな走りを続けさせれば、お前は死ぬぞ!! 誰が前にいても誰がなんと言おうと止めるッ!!!!ぶっ◯すうううううううッ!!!!!!」
高橋はNSXのダウンフォースを極限まで効かせ、命を削るような花のラインに無理やり自らの銀色のボディを割り込ませた。
それは追い抜くための動作ではなく、暴走する少女を物理的に「阻止」するための、執念のブレーキングだった!




