米沢編第20話 花の決断
K357
米沢戦決勝開幕!!!!
フブキが立ち去ってから、10分が経過した。
県庁の冷たい床に座り込んでいた花は、重い瞼をゆっくりと持ち上げた。
周囲を見渡すと、そこにはいつもの洗面所があり、窓の外からは若林の絶叫と観衆のどよめきが、まるで別世界の出来事のように聞こえてくる。
花「あれ? 元に戻ってる.......」
肌を覆っていた氷の膜は消え、震えも収まっていた。
しかし、立ち上がろうとして壁に手を突いた瞬間、花は言いようのない違和感に襲われる。
脳が「壁に触れている」と認識しているのに、そこにあるはずの感触が、一切伝わってこないのだ。
花「でも、指先の感覚が全くない......」
花は自分の両手を目の前にかざした。
見た目は以前と変わらない、細くしなやかな指先。
しかし、それは自分の身体の一部ではなく、どこか遠くの極寒の地に放置された、精巧な作り物の腕を繋げられたような感覚。
指を曲げようとしても、まるで冷たい鉛の棒を動かしているかのように重く、鈍い。
花「ステアリング……握れるの、かな……?」
「蒼き守護者」として、WRX STIを自在に操ってきた彼女の繊細な指先。
その神経の末端まで、フブキの「あたたかいものなんかいらない」という言葉が、鋭い氷の棘となって突き刺さっている。
花は震える指先を口元に寄せ、必死に温めようと息を吹きかけるが、その息さえも冷たく、指先を暖めることはできなかった。
若林「さぁ! 全ドライバー、着席完了か!? 運命のカウントダウンまで、あとわずかだぁぁッ!!」
会場の熱狂が最高潮に達する中、花は感覚のない指を握りしめ、自分の中に残ったはずの「情熱」の欠片を探しながら、ふらつく足取りで5番グリッドへと向かった。
若林「さぁ、選手紹介もいよいよクライマックス! 34番グリッド、この少女の紹介がまだだったな! 閻魔の血を引く、美しき氷の化身だぁぁッ!!」
【34番:氷と宝石の姫】
若林「34位、柳津カリン! 搭乗車種はフェラーリ・ローマ! 彼女の走りはもはや芸術、路面を宝石の結晶で埋め尽くし、すべてを凍てつかせる『氷と宝石の姫』の降臨だぁぁッ!!」
マヒロ「カリンちゃん、新しい二つ名がとっても似合ってるよー☆ キラキラしてて、でもすっごく冷たそうっ!」
34番グリッドに構えるフェラーリ・ローマ。その優雅なボディラインに、ピンク色の雪が触れた瞬間に硬質な宝石の結晶へと姿を変え、周囲に散らばっていく。
カリンは、感覚のない指先を見つめて立ち尽くす花を、遥か後方から冷ややかな眼差しで射抜いた。
カリン「……ふふ。……花さん、そんなに震えてどうしたんですか? ……私の宝石で、もっと綺麗に飾り立ててあげましょうか、、、、?」
彼女がアクセルを踏み込むと、フェラーリのV8サウンドが、氷を砕くような鋭い音色となって米沢の空気に響き渡った。
兄である雄介の隣で、彼女は「姫」としての矜持を胸に、先行する33台すべてを凍結した宝石へと変えるべく、静かに牙を剥いた。
福島県庁を左に折れ、舟場交差点へ。
37台のマシンは、まるで巨大な一頭の蛇のように連なり、阿武隈川を渡る橋へと足を踏み入れた。
上空からはフリスの降らせるピンク色の雪が、川面に落ちては消えていく。
若林「全車、橋へと進入! 現在ローリングスタートの隊列を維持! 50キロ規制を厳守してください! 違反すれば5秒のペナルティが待っているぞッ!!」
最後尾から数台前の花は、感覚のない指先を必死にステアリングへ押し付け、 STIの振動を頼りに自分の感覚を呼び戻そうとしていた。
前方では、1番グリッドのフリスがポルシェの中で、一言も発さず、ただ前方の霧の向こうにある「峠」を見据えている。
そして、最後尾を務める柳津雄介のBMW M4 DTM Editionが、大橋の入り口を越えた。
柳津「……全車、橋に乗ったな。……行くぞ」
その呟きが合図だった。
コースを支配していた50キロ規制の枷が外れ、全車のタコメーターが跳ね上がる。
若林「最後尾がブリッジイン! ゲームスタートォォォォォッ!!!!」
GAMESTART!!!!!!!!
ドォォォォォォォンッ!!!
阿武隈川を跨ぐ橋が物理的に揺れるほどの爆音。
37台が一斉にフルスロットルで加速を開始した。
シラヌイのLFAが奏でる天使の絶叫、ちとせのRZ34が放つ獣の咆哮、古田のMR-Sが響かせる乾いたエキゾーストノート。
フリスは何も言わない。
ただ、アクセルを床まで踏み込み、ポルシェの加速と共に杖を一振りしたかのような錯覚を周囲に与えた。
彼女の背後から、ピンク色の雪が爆風となって吹き荒れ、後続車たちの視界を奪う。
カナタ「くっ、いきなり仕掛けてくるのか……ッ!!」
橋を渡りきった先、米沢へと続くワインディングロードが、37名のレーサーを飲み込んでいく。
もはやルールはない。あるのは、凍てつく宝石の結晶を撒き散らしながら加速するカリンや、最後尾から異次元の加速で割り込む雄介たちの狂宴だけだ。
「ゲームスタート!」の合図と共に、最後尾から解き放たれた二つの影が、先行するマシンたちの隙間を縫うように加速した。
柳津「……悪いが、ここは通過点だ!前に一台ブレーキいるならすかさず抜いてやるッ!!俺は柳津雄介だぞ!???」
柳津の操るBMW M4 DTMが、高回転域特有の突き刺すような金属音を奏でる。
彼は隣を並走する古田のMR-Sに一瞬だけ視線を送ると、先行する大袈裟のアリストと藤堂のマクラーレンの間に、針の穴を通すような精密さでマシンをねじ込んだ。
大袈裟「なっ、なんだあのアホみたいな加速はッ!? 重戦車のアリストが止まって見えるぞ!」
柳津は無表情のまま、ステアリングを最小限の動作で捌いていく。
50キロ規制から解き放たれた瞬間の「爆発力」において、DTMマシンの加速性能は他の追随を許さない。
阿武隈川を渡りきるまでのわずか数百メートルで、柳津と古田は既に5台をパスしていた。
一方、前方のフリスはバックミラーすら見ていない。
無言でポルシェを操る彼女の背後からは、猛烈な「甘い吹雪」が巻き起こり、後続の視界を物理的に遮断していく。
花「(感覚のない指をステアリングに食い込ませて)……負けない……っ! こんな冷たさに……負けてたまるものかぁぁッ!!」
感覚のない指先。しかし、花はSTIの振動を「心」で捉え、アクセルを蹴り飛ばした。
米沢の峠へと続く上り坂が、37台の咆哮を飲み込んでいく。
37台の猛獣たちが枷を解かれ、阿武隈川を揺らす咆哮を上げたその直後だった。
14番グリッド、神代ナツメのBRZから、異様な金属音が響き渡る。
ボゴオオオォォォォォォォォォンンンンン....ッッッ!!!!!!!!!
凄まじい衝撃波と共に、BRZのボンネットがひしゃげ、隙間から真っ赤な炎と黒煙が噴き出した。
若林「さあ! 早くもアクシデントかァァァァァ!!!?? 神代ナツメがスタート出来ないままエンジンを爆発させて序盤から颯爽にリタイヤだァァァァァ!!!!」
「新型BRZが散ったァァァァァァァア!!!!」
ナツメ「クソ...ッ! またかよ、、、ッ!!
しかも今度はスタート出来なくてとはな、、、、ッ!!!」
ステアリングを叩き、悔しさを滲ませるナツメ。
バックミラーには、猛スピードで横をすり抜けていくシオンや伊藤翔太、そして最後尾から追い上げてくる柳津と古田の影が映る。
ナツメ「……赤い戦闘機に追いつきたかったが、残念だな、、、!
カナタ……俺の分まで、アイツを……ブチ抜いてくれッ!!」
※こいつのいうアイツとは全てのストーリーを見た後でも分かりませんwあしからずww
炎上するBRZを置き去りにし、36台のマシンは猛烈な勢いで米沢の峠へと吸い込まれていく。
フリスはミラーに映る爆炎すら一瞥せず、無言でポルシェのギヤを上げ続けた。
彼女の降らせるピンク色の雪が、ナツメの流した悔し涙を冷たく凍りつかせていった。
橋の上に残されたナツメのBRZから上がる黒煙が、ピンク色の雪空を汚していく。
だが、生き残ったレーサーたちに、止まっている時間は一秒たりともない。
若林「ナツメ、無念の脱落ッ!! だがレースは止まらない! 阿武隈川を越えた先、米沢へと続くワインディングが牙を剥くぞォォ!!」
最後尾から解き放たれた柳津雄介は、ナツメの爆発で一瞬生じた隊列の乱れを、獲物を狙う鷹のような鋭さで見逃さなかった。
BMW M4 DTMの超高回転エンジンが、爆発音に負けない咆哮を上げる。
柳津雄介「……止まっている暇はない。……道を開けてもらおうか」
柳津雄介は、大袈裟雅人のアリストを外側から並ぶ間もなく抜き去ると、そのままカリンのフェラーリ・ローマのインを突き、電光石火のシフトワークで加速していく。
その隣では、レジェンド古田が「いい加速だ、柳津!」と不敵に笑いながら、黄色いMR-Sで軽快に中段グループへと切り込んでいた。
一方、最前線のフリスは相変わらず無言だ。
彼女はナツメの脱落も、背後から迫る柳津雄介たちのプレッシャーも、すべてを無価値なノイズとして切り捨てる。
ただ、彼女の操るポルシェから放たれる「冷気」だけが、確実に濃くなっていた。
花「(指先に力を込めて)……まだ……まだ走れる……ッ!
ナツメくんの分まで、私が……ッ!!」
感覚のない指をステアリングに無理やり固定し、花はSTIの駆動力を路面に叩きつける。
ナツメの離脱が、残されたレーサーたちの闘争心に火をつけた。
米沢へと続く緩やかな登り。全車がアクセルを床まで踏み込む区間で、5番グリッドから飛び出した山吹花のWRX STIから、突如として加速の勢いが消えた。
花「(指を動かそうとして)……動いて……ッ! 指先……お願いだから動いてッ!!」
必死にシフトノブを叩き込むが、感覚のない指先は正確なゲート操作を拒絶し、痛恨のギヤミスを誘発する。
失速する蒼いボディの左右を、火花を散らしながら二つの影が猛スピードで通り過ぎた。
カナタ「うおッ!!? 花さん、何やってんだ!アクセル抜きやがって...……ッ!!」
森下「はいッ? ……花さんには悪いが、ここはもらったよッ!!」
ギャアアアアアアアアンッ!!
若林「赤い戦闘機と森下遊矢が山吹花のWRXSTIをパスして順位をあげているぞ!!! 」
マヒロ「花ちゃん!? 嘘でしょ、あんなにゆっくりになっちゃって……☆」
カナタの86と森下のRX-8が、失速した花を左右から挟み込むように抜き去り、一気に上位集団へと食らいつく。
一方、花はステアリングを握りしめる感覚すら得られないまま、バックミラーに映る後続車たちの鋭いライトに怯えるしかなかった。
フリス「……(無言で、微かに口角を上げる)」
先頭のフリスは、ミラーの端に映った「蒼い守護者」の脱落を、予定調和であるかのように見届けていた。
若林「おっと失礼! 山吹花、失速かと思われましたが、ここで踏みとどまったぁぁッ!! 指先の感覚がないという絶望的な状況下で、彼女はSTIを捩じ伏せているッ!!」
「森下遊矢と腹切カナタがWRXを好きさり、順位をあげているぞ!!!!」
森下遊矢「なんだ?シフトミスなのか......??」
花「……あ……うぅ……っ! まだ……抜かせない……ッ!!」
花の視界は、フブキに吹きかけられた鉛色の吐息のせいで、今も雪山の幻影に囚われている。
シフト操作をするたびに、自分の手ではないような鈍い感触が脳を掻き乱すが、彼女はステアリングを握るのではなく「抱え込む」ようにして、背後に迫る岡田大成のGRヤリスをブロックし続けていた。
岡田大成「なっ……なんだあのライン取りは!? フラフラしているようで、絶妙にインを閉じてやがる……!」
ゾフィア「フン、しぶとい女ね……。だが、その氷を溶かすほどの熱が、今の貴女にあるのかしら?」
後方から「白い狼」と「真紅の猛獣」が牙を剥いて迫るが、花はナツメが残した爆炎の熱を心に灯し、ギリギリのところで順位を死守している。
5番グリッドの意地。蒼き守護者の名は、伊達ではない。
一方、その遥か後方からは、柳津雄介と古田の二人が、中段グループの「掃除」を終えて、いよいよこの集団の背中を捉えようとしていた。
米沢のタイトな右コーナーが迫る。
通常なら減速し、繊細な荷重移動で抜けるべき局面。だが、5位を走る花のWRX STIは、ブレーキランプを一瞬しか点灯させない。
若林「いけない、、、ッ!!! 68号車山吹花が脅威のハイスピードエントリーに突入しているゥゥゥ!!!!」
マヒロ「きゃああっ! 花ちゃん、そのままじゃ曲がりきれないよーっ☆!!」
花は、感覚のない指先をステアリングに「固定」していた。
脳にフィードバックが来ないのなら、身体が覚えている「速さ」を信じるしかない。
物理限界ギリギリの速度でコーナーへ放り込まれたSTIは、4輪すべてからピンク色の雪を火花のように撒き散らし、アスファルトを削りながら旋回していく。
岡田「(背後でそのラインを見て)……っ、やっぱり速いなWRX、、、ッ!!」
「白い狼」こと岡田大成は、花のその異常なまでの突っ込みに一瞬、気圧された。
自分のGRヤリスなら確実に外側へ弾き出される速度域。
それを4WDの圧倒的なトラクションと、死を恐れない花の狂気が強引にねじ伏せていく。
フブキ「(25位付近からその光景を幻視して)……まだ凍りきっていなかったのね、、、、。面白いじゃない、花ちゃん」
花「(歯を食いしばり、視線は一点を見据えて)……ナツメくん……見てて……。私の走りは……まだ、止まらないッ☆!!」
感覚を失った指先が悲鳴を上げていることすら、今の花には聞こえない。
「蒼き守護者」は今、フリスの降らせる冷気を自らの情熱で蒸発させようとしていた。
ハイスピードエントリーでコーナーを抜ける花のWRX STI。
その猛烈な走りを見守るロータス・エミーラのコクピットで、フブキは淡い光を放つインパネ越しに独りごちた。
フブキ「……あんなに必死になって。……いいよ、花ちゃん。……もっと熱くなって。……その熱を、最後に奪い去るのが……一番気持ちいいんだから、、、、」
フブキと花。二人は同じ15歳。
レーサーとしての道を共に歩み始めた同期だからこそ、フブキは花の「心の温度」を誰よりも知っている。
だからこそ、あのトイレで吹きかけた吐息は、同期にしか分からない「急所」を的確に凍らせたのだ。
フブキ「……熱なんてこの鉛色の雪山では、一瞬で消える灯火よ、、」
一方、若林は花の驚異的なライン取りに興奮を隠せない!
若林「信じられん! 15歳の少女二人が、この米沢の地獄を支配しているのかァァッ!!
山吹花、5位を死守どころか、4位イヨのスープラに鼻先を突っ込もうとしているぞォォォッ!!」
花「……同期だからって……フブキちゃんにだけは、絶対に負けたくないッ!!」
指先の感覚を奪ったのは「同期の冷気」。
それに応えるのは「守護者の情熱」。
15歳の少女たちの、残酷で美しい火花が、ピンク色の雪空を焦がしていく。
若林「さぁ、中段グループが完全に崩壊したぁぁッ!! 37番グリッドから解き放たれた柳津雄介、まさに『碧眼の破壊神』!! 高村、久我、そして北斗のAMGをも瞬く間に飲み込み、凄まじい勢いで先行車を蹂躙していくゥゥッ!!」
柳津雄介「……フッ、所詮はこの程度の壁か。俺のプライドに懸けて、こんな場所で足止めを食らうわけにはいかないんでな」
プライド高き青年・柳津雄介の操るBMW M4 DTMが、アスファルトを物理的に削り取るようなトラクションで加速し、一気にトップ10の背中を捉える。
その後方では、中学生ながらパガーニ・ウアイラという怪物を手懐ける伊藤乎太郎が、不気味なほどの冷静さでセシルとサイド・バイ・サイドの死闘を演じていた。
乎太郎「……大人の理屈なんて関係ない。……ボクが一番、速いって証明するだけだ」
セシル「くっ、中学生にデータの上を行かれるなんて……ありえませんっ!!」
さらに、後方ではチャッピーのGRコペンが、夢野ユナのGR86のインを突き、軽自動車とは思えない旋回スピードで「氷のプリン」を追い詰めていく!
チャッピー「ユナちゃん、甘いよ! じいちゃんの教え、見せてあげるっ!!」
一方、先頭のフリスは変わらず無言。
後方で15歳や中学生たちがどれほど熱を上げようとも、彼女の降らせるピンク色の雪は、ただただ冷たく、平等に路面を覆い尽くしていく。
「……ッ! あ、あぁ……ッ!!」
花の悲鳴は、誰にも届かないコクピットの中に消えた。
ハイスピードエントリーで無理やりねじ伏せていたWRX STIの挙動が、立ち上がりのアクセルワークの遅れによって大きく乱れる。
感覚のない足先がペダルを強く踏み込みすぎ、4輪のトラクションがピンク色の雪の上で空転した。
若林「あぁーっといけないッ!! 5位を死守していた山吹花、再びの失速だぁぁッ!! 立ち上がりの加速が鈍いッ!!」
その隙を、獲物を狙う猛獣たちが見逃すはずもなかった。
カナタ「花さんっ……!? クソッ、今は止まれない……先に行くよッ!!」
森下「悪いが、これが勝負の世界だッ!!」
ギャアアアンッ!!
花の左右を、カナタの86と森下のRX-8が電光石火の勢いでパスしていく。
かつては背中を守っていた「赤き戦闘機」と「吹雪の瞳」のテールランプが、どんどん遠ざかっていく。
花「……あ……カナタくん……森下くん……ッ」
指先はすでに鉛のように重く、感覚を失った神経が「走るな」と脳に訴えかけているかのようだった。
5位から7位へと後退した花。その背後には、先程よりもさらに殺気を増した岡田大成と、最後尾から凄まじい眼光で迫る柳津雄介が、今か今かと彼女を飲み込もうと牙を剥いている。
フリス「……(無言でミラーを一瞥し、冷たく目を細める)」
王者の座から見下ろすフリスにとって、花の失速はもはや興味の対象ですらなかった。
混戦を極める中段グループ。パガーニを操る中学生・乎太郎と、北斗のAMG GTRに挟まれながらも、セシルのウラカンは鋭いエッジの効いた挙動で路面を切り裂いていた。
セシル「……くっ、データ上はもっとスマートに抜けるはずだったのに……ですっ!」
前後左右を塞がれ、常に接触の危険があるドッグファイト。
しかし、その極限のプレッシャーの中で、セシルの瞳に宿る色が「解析」から「闘争」へと切り替わった。
セシル「……タイムアタックだと不向きけれど、、、ドッグファイトにはランボって強い、、、、ッ!!!」
セシルがパドルシフトを弾くと、ウラカンのV10エンジンが、空気を物理的に震わせる猛獣のような叫びを上げた。
最高速や燃費を捨て、目の前の敵を「ねじ伏せる」ためだけのパワー。
彼女はステアリングを力強く切り込み、乎太郎のウアイラの僅かな隙間に、その猛牛の鼻先を強引に捩じ込んだ!
乎太郎「……なっ!? あの角度から入ってくるのか……ッ!?」
セシル「ツンデレなんて言ったのは誰ですか! 私が……この猛牛こそが、米沢の王者を守る最強の盾、そして矛であることを教えてあげるですッ!!」
ピンク色の雪を火花のように撒き散らし、セシルのウラカンが力強く加速する。
データを超えた「本能」の走りが、中段グループに決定的な風穴を開けようとしていた。
柳津雄介「……ふん、二人もいる必要はない。俺一人で、この程度の順位はすぐに片付けてやる」
柳津雄介は冷ややかに笑い、BMW M4 DTMのパワーをさらに解放した。
彼の背後では、セシルのウラカンがドッグファイトで乎太郎をねじ伏せ、中段の均衡が完全に崩れ始めている。
柳津雄介の碧い瞳が見据えるのは、もはや前方で喘ぐ花のWRX STIではなく、そのさらに先……フリスの独走するトップ集団だけだ。
一方、順位を落とした花は、感覚のない指先で必死にステアリングを抱きかかえる。
花「(……だめ……指が、言うことを……)……それでも……!!」
柳津雄介の放つ圧倒的なプレッシャーが、花の背中に重くのしかかる。
最後尾から一気に9位まで駆け上がってきた青年のプライドが、15歳の少女の執念を真っ向から粉砕しにかかっていた。
日没を迎えた福島市。街の明かりが一つ、また一つと灯り、阿武隈川の向こう側に広がる夜景が、レーサーたちの瞳に突き刺さる。
36番グリッド付近にいたはずの柳津カリンのフェラーリ・ローマが、宝石の結晶を撒き散らしながら加速した。
若林「さぁ、後方からも『姫』が動いたぁぁッ!! 柳津カリン、瞬く間に3台を抜き去り、30位を走る田中英二のRX-7を捉えたぞォォッ!!」
カリンがステアリングを切るたび、彼女の亜麻色のロングヘアがコクピットの中で舞う。
フロントガラス越しに差し込む福島市の夜景の光源が、その髪の一本一本を鋭く、冷たく、宝石の糸のように尖らせて輝かせていた。
カリン「……ここで負けられないの、、、、。お兄様やフリスさんのいる、あの高みへ……私は行かなければならないんです、、、、ッ」
田中英二「……速い、、、ッ!! これが最新のフェラーリ、そして柳津の血筋か……ッ!!」
田中英二の純白のRX-7(FD3S)が、ロータリー特有の高回転音を響かせて抵抗する。
田中英二「……でも、、、こっちも加速は負けてない、、、ッ!!!! ロータリーの意地、見せてやるッ!!」
氷と宝石の結晶を撒き散らすフェラーリと、純白の旋風を巻き起こすRX-7。
夜景を背景にした二台の並走は、まるで暗闇の中に描かれた一幅の絵画のように美しく、そして残酷なほどに速かった。
福島市の夜景を背に、36台のマシンは標高を上げ、より深く険しいワインディングへと突入していく。
そこでは、中段グループの熾烈なポジション争いが火花を散らしていた。
水色のボディを躍動させ、巧みなライン取りで路面を泳ぐように走るサテラのランエボVII。
その背後に、まるで夜闇を切り裂く白い稲妻のような影が、凄まじいエンジン音と共に肉薄する。
マヒロ「フェルリアさん、、、先輩だけあっていいチョイスですよねー☆ FF最速の称号を持つシビック TYPE R! しかも、あえてのFD2ってところが渋いですっ!」
フェルリア「……ふふ、サテラちゃん。いい走りだけど、少しラインが甘いんじゃないかしら?」
白いFD2が、VTEC特有の甲高い金属音を山々に響かせる。
それは「水鮫の青年」と呼ばれる隣のレーサーの鋭い走りをも威圧する、経験に裏打ちされた気迫。
フェルリア「先輩の胸を貸してあげる。……このコーナーの出口、ついてこられるかしら?」
サテラ「っ……! フェルリア先輩!? いつからそこに……っ!!」
マヒロの言う通り、フェルリアの選んだFD2は、このテクニカルな峠において凶暴なまでの武器となる。
「水鮫」が放つ冷徹なプレッシャーと、フェルリアが放つ純白の情熱。
水色と白の閃光が交錯し、夜の峠はさらに混沌とした美しさに包まれていった。
フェルリアのFD2がVTECの咆哮を上げ、サテラを捉えようとしたその刹那。
さらに後方から、地鳴りのようなRB26の重低音が夜の峠を震わせた。
シオン「……いや、、、ここで止まらない、、、ッ!!!」
青い瞳を鋭く光らせた天羽シオン。
彼女の駆る白いスカイラインGT-R R34 V-specIIが、ブースト圧を極限まで高め、フェルリアの真横へと躍り出た。
若林「オオオオオ!!? ここで白いR34 V-specIIがFD2に並んだァァァァァァァア!!!!! 22位スタートの天羽シオン、凄まじい瞬発力だぁぁッ!!」
フェルリア「っ!? この加速……まさかシオンちゃん!?」
フェルリアのFD2も高回転まで回っているが、R34の圧倒的なトルクと最高速がそれを力ずくでねじ伏せていく。
ストレートの終わり際、シオンは一切の迷いなくフェルリアの前に鼻先をねじ込んだ。
若林「抜けたァァァッ!!! やっぱり34の方が最高速が上手! ストレートスピードの差は歴然だァァッ!!」
マヒロ「うわー! 明らかにストレートエンド完璧だったねー!! ブレーキングポイントもギリギリまで我慢してたよっ☆」
シオンのR34が撒き散らすアフターファイアが、夜景の中に一瞬の火花を散らす。
抜かれたフェルリア、そして前方のサテラも、その「蒼きポニーテール」が放つ闘志に圧倒されるしかなかった。
「……あ……っ! 動いて、お願い……ッ!!」
花の悲鳴も虚しく、WRX STIのエンジン回転数が不自然に落ち込んだ。
指先の感覚が完全に消失したことで、シフトダウンの衝撃を逃がす繊細なアクセルワークができず、駆動系に致命的なギクシャクが生じているのだ。
岡田「なんだよアイツ...いきなり減速しやがって、、、、ッ!!」
背後にピタリとつけていた岡田大成のGRヤリスが、危うく花のリアに接触しそうになりながら、強引にステアリングを切って回避する。
若林「あぁーっと! 山吹花、再びの失速! 岡田大成、そして柳津雄介がこの混乱を突いて一気にパスしていくゥゥッ!!」
柳津雄介「……プライドも何もないな。この程度の冷気に屈するとは、期待外れだ」
柳津雄介のBMW M4 DTMが、冷徹な風圧を残して花の横を通り抜ける。
かつて5位を走っていた「蒼き守護者」の盾は、今や見る影もなく砕け散り、後続の猛獣たちに次々と飲み込まれていく。
花「(……寒い……フブキちゃん、寒いよ……)」
コクピットに充満する、同期フブキの「鉛色の冷気」。
花は涙で滲む視界の端で、遠ざかっていくカナタたちのテールランプをただ見つめることしかできなかった。
混戦の遥か後方、静寂を保っていた鉛色の影が、ついにその牙を剥いた。
フブキは冷徹な瞳で、先行する20台以上のテールランプを捉える。
フブキ「……そろそろ、本気で冷やしてあげようかな。……この鉛色の吹雪で......」
若林「ん? 来てしまったか、、、? いや来てしまったァァァァァァァ!!!!!!! 鉛色のエミーラがついに本性出したァァァァァ!!!!」
エミーラのV6スーパーチャージャーが、金属の悲鳴のような咆哮を上げた。
軽快なフットワークと、一切の迷いがないライン取り。
フブキは、川村、陽太、伊藤翔太、そしてユナの4台を、まるでもぎ取るように一瞬で抜き去った!
若林「一気に4台ごぼう抜きでフェルリアのFD2に接近してきましたァァァァァ!!! 26位から瞬く間に22位へジャンプアップだぁぁッ!!」
マヒロ「さすがはエミーラだねー!! あの軽さとトラクションがあれば、この峠の立ち上がりは最強だよっ☆」
フェルリア「っ!? この尋常じゃない冷気……フブキちゃんなの!?」
フェルリアのFD2のバックミラーが、鉛色のボディで埋め尽くされる。
フブキの放つ「鉛色の吹雪」は、前方を走るすべてのドライバーの背筋を凍らせ、その情熱を奪い取ろうとしていた。
中段グループがフブキの「鉛色の吹雪」によって激しくかき乱される中、29番グリッドからスタートしたクリスタ・ニールセンのフェラーリ 488 GTSは、不自然なほどに静かだった。
若林「んんっ!? 29位のクリスタ選手のFerrariが全く動かない、、、ッ!!? 故障か!? それとも戦意喪失かッ!!?」
マヒロ「いや、、、これは待ってるねー☆ タイヤの温存かな、、、、、? 終盤、すごく追い上げてくるねこれー☆」
クリスタは、ピンク色の雪が降り積もるフロントガラスの向こう、荒れ狂うレース展開を冷徹な目で見つめていた。
彼女の指先はステアリングを優しく撫でるだけで、アクセルを深く踏み込む気配はない。
マヒロ「なおさら、Ferrariだからねー、、、。後半の爆発力は、この中じゃピカイチのはずだよ☆」
クリスタ「……ふふ。今はまだ、子供たちが騒いでいればいいわ。……この雪がさらに深まり、皆が疲弊したその時が、私の『跳ね馬』のディナータイムよ……」
熱くなったエンジンやタイヤをあえていたわり、来るべき「虐殺」の瞬間に備えるクリスタ。
その静寂は、ある意味でフリスの無言の独走よりも、後方のランナーたちにとって不気味なプレッシャーとなっていた。
「温存」という静寂は、一瞬にして爆音へと塗り替えられた。
クリスタの瞳から理性が消え、獲物を引き裂く猛獣の輝きが宿る。
クリスタ「また人の心をつつくように、、、オラァァァァァ!!!そのボディつついてあげる、、、、ッ!!!」
クリスタがアクセルを床まで踏み抜くと、488 GTSのV8ターボが鼓膜を突き破らんばかりの咆哮を上げた。
狙いを定めたのは、前方を走る久我ヒカルのレクサスRCFか、あるいは高村のZか。
クリスタは減速など一切考えず、真紅のボディを弾丸のようにぶち当てにいく!
ガアアアン!!
凄まじい金属音と共に、クリスタのフェラーリが先行車のリアを激しく突き上げた。
ピンク色の雪が舞う夜道に、砕け散ったカーボンの破片が宝石のように飛び散る。
若林「な、なんだぁぁーっ!? 温存かと思われたクリスタ選手、突如として狂乱のオーバーテイクだァァッ!! 29位から一気に前の車を弾き飛ばして順位を上げているぞォォォッ!!」
マヒロ「ひゃああっ! クリスタさん、完全にスイッチ入っちゃったねー☆ まさに『真紅の猛獣』、手が付けられないよっ!!」
クリスタ「あはははっ! 壊してあげるわ、全部っ!!」
一切の躊躇なく、クリスタは弾き飛ばしたマシンの横をすり抜け、狂ったようにシフトを叩き込む。
「温存」されていたパワーが今、周囲を破壊するための暴力として解放された。
次回:迫り来るストレートの街並み
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