第十五話 冒険の始まり
「不破ちゃんが……死ぬかもしれない」
コメントで滝のように流れる不破ちゃんの危機。
それは彼女が今第七階層で守護者と会敵しており、配下の圧倒的物量も相まって相当に体力を削られているという話だった。
まだ生きてはいるらしい。
だがそれがあと何分持つのかもわからない状況。
ゴーストの攻撃手段は突撃による体力の奪取……エナジードレインと呼ばれるものだ。
第七階層なら即死には程遠い攻撃手段だが、積もり積もれば体力を奪われ動けなくなり、そのまま更に奪われて衰弱死する。
今の不破ちゃんの状態は既に限界ギリギリ、これ以上奪われたら昏倒は免れない。
しかも『審門』状態だからそこで昏倒したら誰も助けには行けない。
……彼女が命を落とすまでは。
ダンジョンから出たいとアリスたちに言っておきながら、実は俺の足は未だそこに留まったままだ。
考えていた。
今から宝物殿を出てこの学園占有ダンジョンも出て、そこから辺境のダンジョンまで行って更に第七階層まで走る……。
とても間に合わないぞ。
できることなら助けたい。
けどそれを実現するには時間が足りない、圧倒的にだ。
でも助けたい。
でも間に合わないんだって。
「……不破ちゃんの配信を見よう」
「は?」
「うん?」
俺の至った結論に、状況を理解して待機していたアリスたちが疑問の声を挙げる。
考えた結果だ。
間に合わないのに走って彼女の冒険を見逃すのか?
最期だからとか言ってんじゃないぞ、まだ勝つかもしれないだろ。
ここから不破ちゃんの反撃が開始することだってあるかもしれない。
思わず立ち上がっていた腰をドスンと降ろし配信を開く。
メグルぽんの配信だが、そこに映るのは不破ちゃんただ一人だ。
「おいおい満身創痍じゃないか不破ちゃん」
〈コメント〉
:だからそうだって言ってるだろ⁉
:なに腰降ろしてんの!? あんたしかあの状況突破できないって!
:宿敵さん、あんたドライだな
:いやまあ、今から動いても確実に間に合わないから、正しいと言えば正しい
:冒険者がダンジョンで命を落とす。言葉にすればなんとありふれたことか。ありふれているからこそ、覚悟の決まってる冒険者はみんな宿敵さんみたいな行動をする
:ライバルの最期かもしれないのに、慌てふためいて時間潰すよりその勇姿を少しでも長く見届けたいだろって本気で思うんだよ彼は。ドライ? 違う熱いんだよ逆に。だから配信開いて凝視してんだろ
:一応言っておくが、宿敵さんはまだ不破ちゃんが死ぬなんて決めつけてないぞ。彼は冒険者のなんたるかを知っている
不破ちゃんの配信を見ながらコメントも見たら、そっちはアイリスの配信のだった。
なんか俺がドライとか言われてるがまぁなんだっていい。
こっちは今見ても仕方ないのでコメントも不破ちゃんのものへと切り替える。
切り替えるって言ったって別に見たりもしないんだがな。
今は不破ちゃんが戦う姿をただ見ていたい。
アリスとイリスも左右に来て俺を挟むように座って画面を見る。
自分ので見ろと言いたいが彼女たちの端末は配信で使っているから無理なのかもしれない。
見やすいように二人の腰を寄せてコメントなしの全画面に切り替えた。
最初からこうすればよかったな。
『……ぶちころす』
配信の画面で不破ちゃんが呟いた。
ゴーストの女王相手にまだまだやる気ということか。
満身創痍なんて言ったが全然いけるかもしれない。
『もし? もしやご友人の窮地なのではなくて? そんなイチャコラしてていいんですの?』
アリスたちと三人でくっついて配信を見始めた姿に困惑したのか、視界でウロウロ彷徨う亡者が遂に口を出して来た。
まぁこういう価値観については同じ世界でも理解が得られるか怪しいところだしな。
「助けに行く時間なんてもうないからな。ここで応援してる」
『あら、祈りを捧げてましたのね? そこに映るのはダンジョンの第七階層? ということは相手は王妃様ですの! 彼女は民想いでしたから慕う方も多かったのですわぁ。それがこの数のゴーストということになりますわね』
「へー……うん? なんの話だ?」
『先程の続きですわ。ダンジョンに縛られた世界の記憶は、ああして何度も魔物という形に変えられて利用されますの。第六階層から第九階層までの魔物は、みんなここの記憶にいる者達ですのよ』
集中して見てたのになんかすごい情報をぶっこまれたな……。
第六階層から第九階層までを亡者の王国ってみんな呼ぶけど、本当に王国の記憶が原点だったとは。
……ん?
ならもしかしてこの空間の記憶を消せばあのゴーストたちも消えるのか?
それがご令嬢のいう試練の内容、世界の記憶を縛り付ける邪竜を滅ぼせ、に繋がるわけか?
「……今から試練を突破すれば、間に合う、か?」
ちょっとした希望を抱いた。
間に合わないからここで配信を見ているが、助けにいけるなら行きたいんだ。
だから口から内心に思ったことが漏れたのはたまたまだったのだが。
『無理ですわよ。毒素の件もありますけれど、今のあなた達では邪竜に勝てませんの。圧倒的実力不足ですわ』
と、ご令嬢にあっけなく返された。
そうか、無理か。
実際挑戦しないとわからないが、ここまではっきり言われるくらいには力が足りないということなんだろう。
そうか、無理か……。
『……助けに行きたいんですの?』
「そりゃ……な」
さっきコメントで覚悟が決まってるなんて言われてたけど、俺は自分がそこまで完成してるとは思ってない。
ただもう間に合わないってわかるから、ならせめて見届けたいって思っただけ。
もしかしたら勝てるかもしれないとも信じてるけど、実際配信で大鎌を振るう不破ちゃんの姿はもう見ていられないほどに乱雑だ。
手が震えないように、必死に端末を握りしめてる。
この手が、彼女の手を握れるほど近くにあったらと。
本当は、そんなことを思ってた。
だから配信の中で、遂に不破ちゃんがその大鎌を地面についたとき、内心で激しく動揺した。
左右のアリスたちの体温が、鼓動が、今は命の脆さを俺に教えているようだった。
だから俺は不破ちゃんの背中を見て──
『……宿敵。きっと最期だから言うね。私ね、ほんとは最初に会ったあのとき……この人と一緒にパーティーを組みたいな、って……思ったんだよ。許せないとか言ったけど、本当は私と同じあなたと……一緒に冒険がしたかった』
立ち上がっていた。
左右のアリスたちを押しのけて、俺は画面に映る不破ちゃんの背中を見ていた。
──一緒に冒険がしたい
俺も、そう思う。
そう思ってた。
思ってたんだ。
アリスたちとパーティーを組む前、本当は俺も、君と冒険がしたいって夢見ていた。
だから学園の者たちとパーティーなんて考えられなくて、実力がなんだとか言い訳を立てたが結局のところ俺は、ただ君と肩を並べたかっただけだった。
「不破ちゃん……」
『宿敵』
声が、重なり合う。
「死なないでくれっ……!!」
『あなたは生きてね』
無情にも、俺の声だけが届かない。
数えられないゴーストが女王の命令で殺到する。
不破ちゃんは最期の時間だと、後先考えない構えでその大鎌を振りかぶる。
『見てね宿敵。これが私の、唯一無双だからッ!!』
大鎌が光り輝く。
それは付与された属性の光。
それは彼女が持つアーティファクトの光。
それが彼女が持つ……ギフトスキルの光──。
『──【過剰嵐舞:断絶】ッッ!!』
本来物理属性しか持たない彼女のスキルが、ゴーストを屠ることなどない。
本来一撃を放つだけの彼女のスキルが、夥しい数のゴーストを一掃することなどない。
それは本来あり得ないこと。
それは本来まだ先に習得するような、上級の技術。
「……スキルへの、属性付与」
不破ちゃんが放った【断絶】は属性を纏い、そしてアーティファクトの力か同時に百以上もが放たれた。
それはあれだけいたゴーストを、ただの一撃で蹴散らした瞬間だった。
「……不破ちゃん。やっぱり俺は──」
君と冒険がしたい。
そう言おうとして……しかしそれは遮られる。
ゴーストの女王……守護者の叫びによって。
「まだ生きているのですか!?」
「あれを喰らって倒れないのかよ!?」
アリスとイリスが横から頭で挟み込んでくる、痛い。
画面の不破ちゃんはもう力を出し尽くしたのか、地面に腰を落としてなんとか大鎌で支えている状態だ。
対する女王は健在で、しかも折角不破ちゃんが蹴散らした配下のゴーストをまた大量に呼び出している。
警戒しているのか自分自身は決して不破ちゃんに近づかない狡猾ぶりだ。
〈コメント〉
:あぁ!? せっかく不破ちゃんが覚醒したのに!
:嘘だろ? ここで終わりとか納得しないぞ俺は!
:誰か、誰か助けに行ってくれよ! 不破ちゃんが死んじまう!
:ただおにゃのこが見たいだけだったけど、今は違う、違うんだ。今は不破ちゃんの冒険が見たいんだよ俺は!
:頼む。頼むよ神様
:宿敵ィィィィィッ! お前の背中を見せてくれぇぇぇぇ!!
アリスたちの頭で切り替わった画面からそんなコメントが見える。
おい最後のやつなんでか知ってる顔が浮かんできたぞ、なんでだろうな。
……ふん。
「アリス、イリス。俺ちょっと行ってくるわ」
「い、行くって、今からですか!? 絶対間に合いませんよ!?」
「行くならあたしらも一緒に行くが……マジで行くのか? 今から?」
ちょっと涙目になっているアリスたちを抱きしめる。
わかってる、普通に向かったら絶対に間に合わないなんてことは。
けど俺は。
「会いたいんだ。不破ちゃんに会って、一緒に冒険をしようって言いたいんだ」
もう偽らない。
これが俺の本心だ。
だから。
「……ご令嬢、俺を不破ちゃんのもとまで飛ばしてくれ! できるんだろ⁉」
「「!!」」
確信はない、けどこのご令嬢には亡者の王国に限りそれができるんじゃないかと思って、彼女を見た。
宙にふよふよ浮くご令嬢は俺の目を見て、ふっと笑う。
『戦え英傑。好きな女を守るのは、男の宿命でしてよ』
そしてその手を俺たちに翳し、突風を吹き荒らした。
『いいこと!? 絶対に十階層には行ってはダメよ! 今のあなたの前には必ず邪竜は姿を現す。でも今戦っても勝てないんだから!』
「そこにいるのか。了解だ、ぶっ殺してくる」
『ダメよ!? ホントにダメなんですからね!?』
「ああ、後々の話だ。……行ってくる」
『……もうっ。行ってらっしゃいませことよ!』
まずは不破ちゃんを脅かすゴーストの女王。
そしていつかは、ご令嬢を苦しめる邪竜も。
ここから、ここからだ。
ここからが俺の本番。
「冒険の始まりだ」
物語の第一歩を踏み出そう。




