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唯一無双の現代ダンジョン  作者: 歌歌犬犬
第二章 宝物殿
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第十話 面白い女たち



 お昼休みは楽しかった……。

 一般の生徒は授業中の時間、俺は一人ダンジョンで【勇気(ブレイブ・ハート)】の調整をしながらそんなことを思う。

 アリスとイリスとの会話はストレスもなく、むしろ話が弾んで一緒にいて楽しかった。

 猫や古月ともまた違う、馬鹿で無邪気に話す感じではなく、ありのままの俺を受け入れて貰えたような気がした。


 あまりない感覚だ。

 友情でも対抗心でもなく、この感覚がなんというのか俺は知らないが。

 俺は今、とても気分がよかった。


 【勇気(ブレイブ・ハート)】を吹かして第三階層を疾走する。

 力の制御を求めて始めたはずなのに、今はただ想いのままに駆けていたい。


 雷のように細かく踏むステップも。

 跳んで回転しながら着地したその勢いも。

 速度を更に上げ、前の暴走機関車のときよりももっともっと速く疾走しても。

 それでも制御は失わない。

 白銀のオーラはただ吹き荒れるわけではなく確かな個を見せている。

 

 あぁ、確かに今の俺なら暴走機関車なんて呼び方じゃなく、流星という呼び名を受け入れられるかもしれないな……。


 最初【勇気(ブレイブ・ハート)】のオーラを見たときはすげー派手だなと思ったものだが、それだけじゃなかっただろう。

 これは俺の精神の状態を質実に表しているんだ。

 アイリスの美しい剣舞を見て、彼女たちとの会話を経て、俺は精神的になにか会得したのかもしれない。


 これも武術というものなのか……?


 彼女たちのような肉体の技を会得するにはもっと時間がいるだろうけど、心でそれを模倣するだけなら、俺なりに形作るだけなら今でもできる気がする。


 明日には飛鳥お嬢さまが仲介の役目を果たすと言っていた。

 彼女たちとまた会える。

 彼女たちとまた話ができる。

 それを想うだけで、なんだか胸がポワポワした。


「はは、はははははははは!!」


 意識なんてなにもしてないのに、ただ彼女たちを想っただけなのに、肉体の制御は熟せていた。

 【勇気(ブレイブ・ハート)】の白銀のオーラは、俺の身体を支える補助輪のような役割を持っていたのだなと、ぼんやり頭で考える。


 笑い声が木霊する。

 楽しい。

 ダンジョンとはこうも楽しいものだったか?

 こんなにも、心躍る場所だったか?

 前からダンジョンを楽しんでいたはずなのに、憧れに至るため心躍らせていたはずなのに。

 知っていることが、上書きされていく。


 白銀が人の形をしたようにオーラは張り付き、俺を支える。

 そうだ、もっと支えろ。

 もっと速く。

 もっと強く。

 俺はなるんだ。


 俺はこの日、限界を超えた。



◆◇◆◇◆



 翌日。


「緊張するな。なんでだろ」


 時間というのはあっという間に過ぎるもので。

 ダンジョンで疾走し、自宅に帰り食べて風呂入って寝れば翌日なんてすぐだった。

 いや嘘だな、嘘を吐いた。

 本当はやけに長く時間が感じられてもどかしく思ってたよ。


 俺が今いるのは学園占有ダンジョン、その一階層だ。

 白騎士の兜にマント、腰当てとマジックポーチと今できる完全武装。

 ここでアイリスの二人とは飛鳥お嬢さまの仲介で会うことになっている。


 俺は緊張を紛らわすため意味もなく【勇気(ブレイブ・ハート)】のオーラに身体に纏わせ白銀の人型にしている。

 こうしているだけで一階層の魔物が寄ってこなくなるのは嬉しい誤算だな。

 だがここまでしても緊張がなかなか収まらないのは悲しい誤算だな……。


「ダメだな。礼を受け取ったらもう会うこともない間柄なのに」


 緊張の理由はわからないけど、それを想うと白銀の人型が揺らいだ気がした。

 俺は学園の冒険者で彼女たちは外の冒険者、仕方ないことだとわかるのに。


 ……?


 仕方ないってなんでこんなこと考えてるんだろ……?


 わからないことに首を傾げていると、後ろから声を掛けられた。


「これは凄まじい威圧感ですねイリス。守護者が一撃だったことになんの疑問も持てない」

「それだけじゃないぞアリス。前見たときよりも遥かに昇華されてる。あたしたちの目に狂いはなかったようだ」


 昨日振りの落ち着く声にゆっくり後ろを振り向く。

 そこには予想通り、アリスにイリスがいて。

 仲介役として天宝院飛鳥もいるが、俺の視線は二人に注がれていた。


 無言で見つめ合う。


 お互いなにも言わないままそよ風が吹く。

 静寂を破ったのは飛鳥お嬢さまだ。


「……もういいかしら? いえ私もちょっと身構えていたのだけどね。生で見る宿敵さんは凄い圧力だわ。やっぱり私の部下に欲しいのだけど」

「……仲介は感謝する。だがあんたの部下にはならない。前に答えた通りだ」

「あら残念。……にしても、ふふ、そう? あなたが仲介を感謝するのね? あらあら」

「……なんだ?」

「別に? でも鈍感主人公はどんな形でも流行らないから励みなさいな」

「あんたの好みの話か?」

「私が流行らせる好みの話よ。だって私、天宝院飛鳥だもの」


 視線をアリスたちから飛鳥お嬢さまに移しながら、彼女と挨拶代わりの雑談をする。

 流行らせる好みの話ってまたとんでもないことをさも当然のように言ったな……。

 げどきっとそれが可能なんだと思わせる気品を感じるから不思議だ。

 俺、天宝院家とか未だなにもわからないのにな。


 まぁ仲介役との挨拶はこの辺にしておいて。

 俺はやって来た二人、アリスとイリスに再度目を目を向けた。

 最初見分けづらいと思った容姿も、今こうして改めて見るとはっきり違いがわかる。

 纏う雰囲気が異なるんだ。

 もう後ろ姿であっても間違えることはないんじゃなかろうか。


 さぁ誤魔化しもここまでだ、まずは二人に自己紹介をしよう。

 俺は一歩前に出て背筋を伸ばした。


「自分で名乗るのも恥ずかしいが……俺が世間一般で宿敵呼びされる者だ。一ノ瀬アイスという。よろしく頼む」

「ふふ。はい、知ってますよ。昨日振りですからね」

「今更自己紹介もいらないだろ? 昨日あんなに話した仲じゃないか」


 グルん、と顔を飛鳥お嬢さまに向ける。

 なんか自己紹介する前から俺の正体に気付いていたような口振りだ?

 まさかネタバラシでもしていたのか? という確認を込めてじっ……と見た。


「知らないわよ。怖いからこっち見ないでくれる?」


 ……なにも知らないらしい……。


「一ノ瀬さん。昨日話した時点で私とイリス、二人とも気付いていましたよ? 申し訳ありません、なんだか騙すような形になってしまって」

「いやアリス、あれはもうそういう自己紹介をされているんだと思うだろ? あそこまで不破ちゃんの語る宿敵像と合致する男がユートピア学園の制服着てたら誰だってわかるぞ。むしろ学園の連中がなぜ気付かないのか不思議なくらいだ」

「……ふぅ。その疑問の答えは簡単ね。〈勇気クラス〉への偏見、本当にただそれだけ。だからそういうの知らない二人は気付けて当然だったのよ。このお馬鹿さん、隠す努力してないもの」


 ……まじか。

 この場の少女三人ともが独力で俺の正体を見抜いた、と。

 君たち名探偵になれるんじゃないか?


 しかしそんなネタ晴らしで微笑ましい雰囲気が続くかと思えば、すぐに引っ込められ……。


 姿勢を正したアイリスは、俺をじっと見つめてきた。

 そして揃って頭を下げてくる。


「改めて一ノ瀬さん。あのとき、私たちを助けてくれてありがとうございます。正直私は、イリスと別れるのが怖かった」

「ありがとう一ノ瀬。お前のおかげで今もこうしてアリスといられる。本気で感謝してもし足りないと思ってる。ありがとう」


 礼を伝え終えても二人は頭を下げ続ける。

 心の底から感謝しているんだと、疎い俺にもよく伝わるほどの誠意だ。


 だからこそ俺は……胸が痛む。


 守護者を倒した理由?

 俺がずっと探し求めていたからだけど?

 彼女たちを助けた?

 正直守護者さえ倒せれば後はなんでもよかったんだと思う。


 俺は、自己中心的な思考で、自己中心的に動いただけ。

 だから本当は礼の言葉もなにも要らない。

 なのに俺は彼女たちに会いたいからとこの場に来たのだ。


 ……最低だろ。


「……感謝されるようなことじゃない。俺はただ、守護者を探していただけだから。感謝されるような考えなんて、まるで持っていなかったよ」


 正直に答えた。

 それでも彼女たちは感謝を言葉にするのだろうなとわかりきっているのに、それでも懺悔せずにはいられなかったのだ。


 だが。


「なんだっていいんですよ」


 昨日も聞いたような言葉がアリスから紡がれる。


『なんだっていいんですよ』


 昨日聞いたその言葉の続きは、今でもはっきり思い出せる。


 また俺を励まそうというのだろうか?

 情けないこの俺に、寄り添ってくれるとでもいうのだろうか?


 その顔はどんな表情をしているんだ。

 顔を見たくても、彼女たちは頭を下げたまま。


 今の声のトーンはどんなものだったかと思い出しても、数瞬前のはずなのにもう思い出せない。


 なにがなんだっていいんだ?

 俺がどんな目的であっても助かったのだからそれでいいとか、そういうあれか?

 確かに救われた側が救った側に送る言葉としては、とても健全だな。


 ……なぜだろう。

 ……俺は目の前のこの少女たちがそんな言葉を送ってきたのだとは、とても思えなかった。


 アリスとイリスが、ゆっくりその頭を、顔を上げる。


 二人の瞳は俺を見ているようで、その実まるで俺など見ていないかのようだった。


「アリス……? イリス……?」

「……なんだっていいんですよ。一ノ瀬さんが見ていたのが守護者討伐の名誉でも。私たち双子の命になどまるで興味を示していなかったとしても、なんだっていいんです。……だって、私たちも今ここにいるのは感謝を伝えるためじゃないですから」

「は……?」


 淡々と。

 平然と。

 告げられたそれは嘘や冗談を言っているようではなかった。

 場を和ませるための言葉などでもなかった。


 その瞳の奥には、俺が知っている熱があったから。


 そうだ。

 俺は知っている。

 この女共の中に眠る在り方を。


 知っている。


 俺と同じ、その在り方を。


「お前ら、不健全だろ……」

「ふふ、はい。昨日も申しました通りです」

「あたしたちは不健全が健全な生まれ方をして、生き方をしているってな。昨日言った通りだよ一ノ瀬」


 乾いた笑い声が口から漏れる。

 無自覚だった。

 しかし次第にその笑い声から乾きが消えて快活になることで、俺は初めて自分が笑っていることを自覚した。


 俺は知っていただろう、こいつらが不健全であることを。

 だからこそ健全な発言なんてとてもするとは思えなかったんだ。


 最高だ。

 最高じゃないか。

 最高の気分だよ。


「ははは! いやいいよ! お互い不健全で打算アリアリってわけだ。それで? 不健全なお前たちはどんな打算を持って俺に近づいてきたんだ? 流れ星に願い事があるんだろ?」

「あらあらふんふん。予定外でしたが意外と好感触? このままいってしまいましょうかイリス?」

「まったく、アリスはなにを言い出すかと焦ったぞ。ぶっちぎりでイカれたこいつじゃなけりゃ打算は音を立てて崩れ去ってたな。……けど、そんなこいつだから話す価値がある、だろ?」


 最早隠す気もなくなったのかアリスとイリスは俺の目の前で相談事を始めた。

 面白い。

 本当に面白い奴らだ。


「一ノ瀬アイスさん」

「一ノ瀬アイス」


 改まって俺のフルネームが呼ばれる。

 アリスとイリス。

 不健全すぎる彼女たちは。


「「あたしたちとパーティーを組んでダンジョンを攻略してほしい」」


 ぽかんと呆けるような単純なお願いをしてきた。


「あぁ……全然構わんが」


 なんだと待ち構えたのにこれが彼女たちのいう打算なのか?

 それくらい普通にお願いされたってこっちから望んで組ませてもらうのに、なんとも回りくどいことをしたな?

 そこは流石に不健全な双子と見て仕方ないと言うべきか……?


「……え? そんなあっさり?」

「おいおい、ちゃんと考えてくれよ? あたしらは凄く真面目なんだ」

「ちゃんと真剣に考えた答えだって。……あぁ、でも俺は学園をやめるわけにもいかないからな。どうしたものか」


 訝しむアリスとイリスだが俺も訝しんでる。

 けど一旦置いておいて心配するなと返すが、そういえば立ち位置の問題はどうすんだと悩む。

 俺は学園のダンジョンでしか目的物を手に入れる確証がないし、かといってアイリスは学園生じゃないからそう頻繁に訪れることもできない。


 さてどうしたものか……と俺が混乱する頭を上に向けていると、横で事の成り行きを見守っていた女が前に進み出た。


 飛鳥お嬢さまだ。


「その問題、この私が解決してあげてもよくてよ?」

「え? まじで?」

「えぇ。学園の理事には顔も聞くし、〈勇気クラス〉の生徒が学園外の人間数人とパーティーを組んで挑んでいても文句は言わないでしょう。理事もあなたの扱いには困っているでしょうから、私が恩を売っといてあげる」


 それは、またお前かと言わんばかりの権力ビンタの構えだが。

 この状況では、なによりも頼もしいのも事実だった。


 俺は身体ごとこのお嬢様に向き直りながら、残る疑念の対価に身構える。

 まさかそこを無視なんてできないだろう。


「ありがたい申し出だが……対価はなんだ? また部下になれってか?」

「あら、そんなこと言わないわ。話を通しても別に私が損するようなことじゃないし、むしろ理事に恩を売れるのだから最高じゃない? まあ、あなたが部下になりたいと言うのなら勿論迎え入れる用意はあるけれど?」

「ははは遠慮しておくよ。……けど助かる。世話をかけるな」

「いいのよ。だって私は──」


 問題を発生と同時に解決してみせたお嬢様はそこで一つ間を挟み、にっこりと笑みを浮かべてクルリと回る。


 ああ、勝てない、このお嬢様には。

 これから放つ、その言葉には、きっとこれから先ずっと勝てないかもしれない。


 俺もアリスもイリスも、ただ彼女のそれを待った。

 俺は腕を組み、三人揃って邪魔もできない中で、満を持して彼女は言った。



「だって私は、天宝院飛鳥だもの!」

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