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二.オーバーキル ヒーローズ (中)

 目を覚ますと俺はベッドに寝かされていた。消毒液の臭いがする。多分ここは保健室だ。

 ああ、とてつもなく眠い。そうだ、俺は昨日からずっと寝ていない。眠くて当然だった。

 そういえば俺が気を失う直前に、幌が何か言ってたな。何だっけか。幌が偉そうに『オレたちの正体は!』とか言ってた頃には既に意識がおぼろげだったから、聞き取れなかった。


「起きた?」


 声の主はハッチーだった。


「ああ。……どのくらい気を失ってた?」

「三十分くらいだね。秋さんがここに運んできてくれたんだ」

「そっか。ということは秋先輩も居るのか」

「ううん、もう図書室に戻ったよ」

「ふーん。一人でずっと看てくれてたのか。すまんな」


 ハッチーは頭を横にぶんぶん振った。


「いいよ。それよりボクのほうこそごめんね。ボクが昨晩ヒメシ君を連れ出した犯人なのに……」

「気にすんな。……って、ハッチーも俺のこと『ヒメシ』って呼ぶの!?」

「あはは。そっちのほうが呼びやすかったからね」

「ちくしょう。幌のせいだ! あいつ超腹立つ!」


 俺がそう言うと、ハッチーは少し躊躇(ためら)ったようにして言った。


「あの。ホロ君はそんなに悪い人じゃないよ。言葉遣いが少し乱暴なだけで……」

「ホロは俺をクズ呼ばわりした変態エセ道徳家だぞ。どうして幌の肩を持つ?」


 世間一般的に言って、確かに俺はクズで間違いない。しかし本人を前にして言う馬鹿があるか。


「ボクとホロ君は旧来の仲なんだ」

「はあっ……? 幼馴染ってやつ?」


 ハッチーは首を縦に大きく振った。


「小学校の頃からのね。ホロ君は昔のボクを救ってくれた人だよ」

「そ、そっか……」


 もし本当なのだとしたら、俺が探していたハッチーにとってのヒーロー適役者は幌ってことになる。

 ……あの幌がか。認め難(がた)いことだ。


 それにしても中学時代、上級生に幌なんて居たっけ? 俺は聞き覚えが無い。


「中学も一緒?」

「ううん。中学校は別々だったんだ」

「それでか……」

「うん」


 そう言って、ハッチーは少し寂しそうな顔をした。

 俺はそんな顔をさせたくない。やはり、幌を……。


 ここで、ハッチーがスマートフォンを取り出した。


「それじゃあ、ユリさんに連絡を取るよ。ヒメシ君が起きたら教えてって言われてたから」

「ちょっと待ってくれ。あと一時間くらい……寝てたってことにしてくれないか」

「ユリさんが、三十分くらいしたら起きるだろうって言ってたからねえ」


 俺が覚醒する時間が完全に読まれていた。


「戻るか……」


  ◇◇◇


 六時四十五分頃、保健室の鍵を職員室へ返しに行ったあと、俺とハッチーは夜好部部室へ戻った。

 部室の扉を開くと、相変わらずな幌の鋭い眼光が向けられた。

 ……ふんっ、こいつがハッチーのヒーロー適役者って?

 幌の顔を見て思った──前言撤回だ。


「ごめんね、ヒメシ。あんたがあんなにひ弱だとは思っていなかったから」


 竹川が嫌味を言いたいのか謝りたいのかどっち付かずな声をよこした。腹立たしいが、あんな強靭な竹川を見てしまった以上、文句を言う気すら起きない。


「いや構いませんよ。俺には新聞部愛がありますからね。なんのこれしき」


 これぞ偽りの愛だ。


「そうか、新聞部愛ねえ。いい言葉」


 そして俺は幌の方を見ながら呟く。


「未だ殺されていなかったか……」

「ふっ。残念だったな。君のような悪が存在する限り、正義漢(せいぎかん)は不滅さ」

「いや、ホロはあとで殺す」


 竹川がさらっと言い放つ。


「ふっ……、ふっはっは……」


 夜好部部室に妙な静寂が流れた後、竹川が幌に言った。


「じゃ、二人が戻ってきたことだし、話題を戻しましょうか」

「そうしよう」


 竹川と幌はそれぞれ分厚い紙束を持っており、他にも自前らしいノートと筆記具を机の上に並べていた。


「二人とも適当に座って」


 俺とハッチーは促されて席に着く。

 幌が部室の一番奥の机を陣取っており、竹川がその左隣の机を占領していた。

 俺とハッチーは、竹川の近くの机──入り口近くにある席へ一緒に座った。


 竹川は手元の紙束から用紙を一枚抜き取ると、こちらへ差し出した。受け取って見ると、幾人かの顔写真と記事が並べられている。それは俺のトラウマとなりつつある例の新夜好聞だよりだった。


 ……なんせ、俺が新聞部に入ったことすら仕組まれているような内容だったからな。


「そこに書いてある江渡羽作雄(えどわさお)という男を見なさい」


 竹川はそう言った。

 俺とハッチーは言われた通り記事の内容に目を通す。


 ──江渡羽作雄とは、二年一組に属する理系優等生で、成績は理系クラス内で十位以内に常駐。全国模試においても主戦力たる人物らしい。身長一七○センチの細身体型。

 ここに載っている写真を見る限りは可愛いらしい坊(ぼっ)ちゃんだ。外見は綺麗なジャガイモといったところか。黒縁メガネを掛けて真面目さを際立てている。

 しかし、そんな真面目っ子の江渡坊ちゃんにも魔が差した。オリジナルAV作りに熱を入れだしたんだとか。そのことを友人にぽろっと喋ったところから、AV作家業の情報がリークしたようだ。


 たしか、俺の中学時代の旧戦友もAV監督になるとか豪語してたな。

 最近の流行りか……?


「この江渡羽作雄が、ヒメシとハッチーに任せるターゲットの一人よ」

「ターゲット? ターゲットって、こいつをどうにかするのか?」

「AV撮影現場を押さえてからフルボッコにしてやりなさい。殺さない程度にね」

「えっ。新聞部ってそういう仕事をしてんのか?」

「そうよ。私たちは悪人をボコってなんぼよ。ヒーローなのだから」


 物騒な物言いである。しかし、江渡坊ちゃんを殴るのは、ちと酷だ。あんな真面目君なら、口で言ってやれば十分だろうに。

 ──それに、


「そんなことをして逆恨みされたらどうする? こういう大人しそうな奴ってキレると危ないんだぜ」

「安心しなさい。あんたたちが任務に就いている間、ボイスレコーダーを持たせるからね。もし事前に設置できるのだとしたら、隠しカメラも準備してあげるわよ。いざって時はそれを使って脅迫するの」

「……俺たちが犯罪者みたいじゃないですか。ちなみに、今からこいつの家に行って怒鳴りつけてくるって方法じゃ駄目なのか?」

「正義のヒーローというものは必ず事件の現場に現れるのよ。現行犯逮捕じゃなきゃ意味がないからね」


 そう言って竹川はえくぼを浮かべながらクスクス笑う。

 ヒーローと言えばもっとクリーンで、かっこいい存在だったはずだ……。


「この事案は、世間で売春が厳しく規制されたことによる裏っ返しというやつだな。最近こういった高校生による生々しいAV作りが流行りつつあるんだ。しかも江渡は、その撮影を学校でやろうと計画しているらしい。けしからんことだ。この風紀の乱れをぜひ君たちに正して欲しい」


 と、幌が言った。


「だが、その撮影って、いつどこでやってるんだ?」

「それが分かれば苦労は無いさ」

「ヒメシとハッチーは現場を突き止め、江渡をボコればいい。簡単な話でしょ」

「ふっ。責任重大とは言ったが、きっと簡単な任務だろうよ、ヒメシ君」


 ……いや、検挙するだけなら簡単かもしれないけど。現場を突き止めるにはどうすればいいんだよ。まさか二十四時間、江渡坊ちゃんを監視してろってか。


 ──そういえば。


「そういえば、ホロさん。さっき俺が殴られたとき何か言ってませんでした?」

「何だよ、いきなり」

「俺たちの正体がどうとか」

「ああ、オレたち夜好部がスパイでお前ら新聞部がヒーローだと、言ったが?」

「じゃあ、スパイなら、夜好部が現場を特定してもらえませんか」

「無理だ。俺には四六時中一人の人間を見張っているような時間はない」

「他にも六人くらい居ただろ? その中から誰か一人を貸してください」

「あのなぁ……。お前とハッチーは特別なんだよ。うちは上級生が俺一人だけしかいない。他はみんな一年だ。それでだが、新聞部と夜好部はだな、普通一年生は九月まで俺たちの正体を知ることができない。与えられた洗礼を乗り越えることが出来た者だけしかスパイとヒーローにはなれないからだ。その通例儀式がこれから始まるんだが、当然俺は未だ一年生六名には正体を教えていない。だから動けないんだ」


 幌一人で動いているから忙しいってわけか……。


 それにしても────なにか引っかかる。


 やたらとベラベラ喋りだした幌に、俺は違和感を覚えたか? いや、そうじゃない。幌がおかしなことを言った気がするのだ。

 前に言っていたことと何かが違う。『前に』というのが今日だったか昨日のことだったかまでは思い出せないし、『何』が違っているのかも分からないが、多分、こいつは今嘘を付いた……?


「ヒメシ。不服そうだけど、あんたに選択権なんてないからね。ハッチーも分かったかしら」

「うん……。やってみます」

「やってみるじゃ駄目よ。必ずしも、やり遂げなさい」

「分かりました」

「あと、ホロ。今あんたが言ったことでちょっと聞きたいことがあるの。後で図書室に来てくれる?」

「……あ、ああ。別に構わんが」


「ヒメシ君、一緒に頑張ろうね」


 と、ハッチーが言った。

 ハッチーはどうにも乗り気であるように見える。


「ユリさん、この事案はいつ解決すればいいんですか?」


 ハッチーが竹川に尋ねた。


「ASAPよ。できるだけ早く取り掛かってちょうだい。チャンスだって何回あるのか分からないからね」

「そうですか……。あと、任務が終わったらどうやって知らせましょうか?」

「ボイスレコーダを私に渡してくれれば良いわよ。これからその装備を渡す。とりあえず図書室に戻りましょう」


 竹川がそう言うので、ふと時計を見てみると、もう七時を回っていた。


「ヒメシ、時間が気になる? でも私たちはヒーローよね。サービス残業万々歳で行くわよ。特にヒメシとハッチーはヒーローデビューして間もない新人なんだから、その意気でね」


 ……その意気って、それはお前が勝手に俺たちへ望んでいる意気込みだろ。


「俺未だ入部して二日目なんですが?」

「へ? そうだったかしら……」


  ◇◇◇


 俺たちは竹川に付き従って図書室へ戻った。

 何の挨拶も無しに夜好部部室から出たので幌がちょっと可哀相だった。

 新聞部の机では、秋先輩がこれまた一人で待っており、切ない感じでハートパイをむさぼっていた。

 図書室に戻った俺たちを見た時の秋先輩の嬉しそうな顔と言ったら、思わず吹き出しそうになった。


  ◇◇◇


 そして、七時半。

 竹川が渡すと言っていた装備は、大荷物だった。俺たちはそれを背負って帰路についている。『俺たち』というのは俺とハッチーのことだ。

 竹川から受け取ったものとは大きめのリュックサックである。俺はオレンジで、ハッチーはブルーだ。

 時間が無いから帰ってから開けろ──と竹川に言われて、中身も知らないまま持って帰っている。

 ちなみに、このリュックサックを明日から毎日背負って登校しろとも言われている……。


「リュックの中身は何だろう?」

「分かんねえな。でも大きさの割には軽いほうか」

「そうだね。軽いよね」

「服か?」

「かもね。でも時々コツコツ言うよ」

「じゃ、やっぱ分かんね。でも中身が気になる訳でもないしな」

「そう? ボクは気になるなー。まあ、帰ってからだね」


 俺は明日部活に行く前にでも見ようかな……。


「あっ」


 そういえば、ハッチーに一つ言っておきたいことがあった。


「そういえば、俺、明日自転車買いに行く」

「言ってたね。単車が盗まれたから?」

「おう。通学にも使うつもりだけどな」

「えー、ヒメシ君は徒歩通学するように学校から言われてるでしょ」

「まあな。……だからさ、帰りは送ってやるよ」


 ハッチーがこちらを向く。

 顔は嬉しそうだった。頬を朱に染めて。

 そうか。そんな嬉しいか。良かった、良かった。


「ふーん」


 一方で言葉は裏腹だ。

 もっと嬉々とした言葉が返ってくるかと思ったが、ハッチーならこんなものか。


 とりあえずストーカー被害から守るために、俺に出来ることはこれくらいしか無い。

 これでどうにかなる訳じゃないが、帰り道の安全は俺が保障してやろうじゃないか。


 坂を下り、分かれ道まで来たところで俺たちは立ち止まった。


「今日は歩きだが送ってやるよ」

「あ、そのことなんだけど。今日も泊まりに行っちゃダメ?」

「えっ!? またお礼がどうとか言い出す気じゃないだろうな」

「違うよ。作戦会議をしようと思って。いいでしょ?」

「来ちゃダメって訳じゃないが。俺、眠いからすぐ寝ると思うぞ?」

「寝てるような時間あるのかな。それに予習復習のほうもやらなきゃ。教えてあげるよ、ボクが」

「ごはっ! そういえばそうだったな。勉強のほうもそろそろ腰を据えてやらなきゃだったな……」

「あ、そうだ。もし良かったら、ファミレスにでも寄って行こうよ。ファミレスで話をすればエアコンの電気代が浮くでしょ?」

「まあ、そうだな」

「勉強はヒメシ君の家に帰ってからやろう。辞書とか要るだろうし」

「……お、おう」


 どうにもハッチーから竹川臭が漂ってくる。もしかしたらハッチーと竹川は似たようなものかもしれないな。




. . .


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