二.オーバーキル ヒーローズ (上)
──腕を組み、柱に背をもたれ掛け、自分が思う一番かっこいいポーズを取った。
そして俺は、最高のキメ笑顔を教室の中へと投げかける。
黄色や赤、はたまた黒という危ない基調の迷彩服と、ポケットが沢山付いたサバイバルベスト、プロテクター、頭には特殊部隊が被るようなヘルメットと、スモークが掛かったゴーグルを装着している。口元には──どこにこんなものが売ってあるのか分からないが、黒い綿マスクを付けていた。
正体を隠すための必須装備だった。
そんな俺から笑顔を投げかけられたのは、教室に居る男女三人だった。
一人は二年の江渡羽作雄で、その江渡という男子が上級生女子二人から絡まれていた。
三人の目線は俺に釘付けになっている。
「なにあいつ! いつから居た!?」
「気色わるぅい。変態じゃないの! 先生呼んでこようよ」
「黙れ!」
俺は思い切り一喝してやった。
……のだが、空元気だった。本当は今直ぐ帰宅して寝たいところだ。
さて、何故俺がこんな無理をしているのか。先ずは事のあらましから説明するとしよう。
◇◇◇
七月四日、金曜日──俺とハッチーは居眠りしながら、授業を受けていた。
無理もない。
昨日は深夜三時まで色々していたのである。
ハッチーはたった三時間しか睡眠を取れておらず、俺に至ってはムラムラして一睡も出来ていなかった。
昼休み、菓子パンで腹を膨らませた俺は、十二時半頃から深い眠りにつき、七限目の授業で手嶋に叩き起こされた。
そして、放課後──竹川が一年三組へと殴り込みを掛けてきたのである。
「何の話かは分かっているわよね? 来なさい」
なんと図書室へ何者かが入り込み、例の紙束を盗み見したことがバレていた。……いや、当前のことだった。例の紙束は新聞部の卓上に堂々置かれたままだったからだ。俺とハッチーは隠蔽するため図書室へ向かったが、なぜか一日中鍵が閉まっていた。そして、その紙束の開かれているページには鉢久悠里の名があった。だから俺ではなくて、ハッチーが一番に疑われることになった。
教室から図書室へと引きずり出され、竹川の殺意がこもった説教を受けることになってしまう。
「姫篠。あんたを呼んだつもりは無いわよ。何故ついて来たの?」
「俺が主犯だからです」
「姫篠君……」
「へえー。じゃ、そこに正座しなさい。ハッチーもね」
俺たちは図書室に入って直ぐの床に正座させられた。
いつの間に図書室が開いたのか知らないが、未だ五時過ぎだったから図書係りが二人、カウンターに着いていた。しかし竹川を見ると、図書係りは気を遣って帰って行った。
「で、本当に姫篠が主犯なの?」
「いえ──」
「ああ! 俺だ。本当はシェアを盗ろうと思ったんだがな」
「ほーう。秋から話を聞いて、盗ろうと思ったのね?」
「それでハッチーを無理矢理連れて行きました」
「ハッチー。あなたは無理矢理だろうと何だろうと、一緒に行ったなら共犯者ね」
「……」
「で、姫篠。金目的だったあなたが、新夜好聞だよりで何を見ていたのかしら?」
「自分の記事です。……それで、ハッチーのもついでに見ようと思ったんですが──」
「邪魔が入ったわけだ?」
「そうです」
竹川はどれくらい事情を知っているのだろうか。というか、どうやって知ったのか、俺たちが紙束を見ている途中で邪魔が入ったことを知っていた。
俺は勘がいい方だが、竹川の思考は読み取れなかった。そして竹川は俺の記憶を読み取っているかのように話している。
「じゃあ、ハッチーの記事の内容までは見れなかったのね?」
「はい。暗くて読み辛かったので、分かりませんでした」
竹川は突然片足を持ち上げると、俺の頭に乗せた。そして足をぐりぐりと動かす。もちろん上履きのままだ。
「ごちゃごちゃ煩いわね。見辛かったかどうかなんて聞いてないわよ。イエスか、ノーで十分だから」
「ユリさん、やめてください……!」
「あんたたちは重大な規律違反を犯した。シェアや新夜後聞だよりは、本当ならあんたたちが校内新聞九月号を無事発行することができたら、その時に話そうと思っていたのに。……。あ、そうだ。二人とも陸上って好き? うちの高校の陸上部って凄いの。毎日強制的に走り込みするから皆屈強になっていくわ。県大会なんて朝飯前ってくらいにね。顧問の手嶋先生にはもう話を通してあるんだけど、どう? いつでも行けるわよ」
「それだけは勘弁してくれませんか」
ハッチーはうつむいてこれ以上は口をひらけずに居るようだった。
俺は竹川の目を見る。睨んでいる訳ではない。
俺たちはこれくらい怒られて当然だと思う。あの紙束は確かに酷い内容だったが、それを見る権限など俺達には無いのである。要は見なければ良かったのだ。
「私たちはね、ただ楽しく部活がやりたいだけなの。そのために頑張ってるんだけど、茶々を入れられたら困る。これは当然のことでしょう? まあ、もう過ぎたことだから何を言っても仕方がないのだけど……」
「すみません」
「これ以上規律を乱さないって言うなら、チャンスをあげてもいいのよ。どう、姫篠?」
「二度と勝手な真似はしません」
「ハッチーは?」
「私も……真面目に頑張ります」
やっと竹川が足を降ろした。
そして唐突なことを言い始めた。
「そう。じゃ、私たちの本当の仕事を教えてあげる。丁度今日六時から夜好部との作戦会議があるの」
「ボクたちも会議に出て良いんですか?」
「そうよ。出席しなさい」
俺は本当の仕事とやらにあまり興味はない。
しかし、ノーと言うことは出来なさそうだった。
……試しに用事があると言ってみようか。
「あの、今日自転車を買いに行く予定だったんですが。帰っていい?」
「分かった。私は手嶋先生のところに行ってくる」
竹川が図書室から出て行こうとして、俺は必死に制した。
行動に移るのが早い奴だ。
「ちょっと待て、待ってください!」
「なに?」
「やっぱ自転車は明日にします。会議に出席させてください」
「そう……、土曜も活動あるんだけどなあ。んー……、午前中なら行ってきても良いわ」
「えっ。土曜も有るの?」
「うん。あと日曜もね」
「休みっていつ?」
「欲しいの? なんであなたが? 帰って何かすることがあるの?」
……ふ、ふざけるな! 休日無しとかっ!
「やることなんて無いですけど、毎日はきついっす……!」
「無いなら、つべこべ言わないことね」
「そんな……。ハッチーは大丈夫なのか?」
「へ? ボクは平気だよ。もう六月エンドからずっと出てるからね」
「合宿からってことか?」
「うん。先週末から今日まで」
未だたった一週間じゃねえか……!
「姫篠は、何か文句があるの?」
「い、いえ……」
「ハッチーはお利口ね」
竹川はハッチーの頭を撫でてから、新聞部の机のほうへ向かい歩き出した。
「じゃ、こっち来て。あの紙束を片付けなさい」
「……はい」
竹川に付き従い、昨日出しっ放しにしていた紙束を片付けに向かった。
俺が紙束を手に取った。
そして閉じる前に少しだけハッチーの記事を見直す。ストーカー被害の文字以外に何か見付かるか、探そうと思ったのである。
しかし、そこには全く別の内容が載っていた。
──体力向上が急務、という一文だけになっている。
思わず声を漏らしそうになった。
「姫篠、さっさと閉じなさい。ハッチーもだけど、私が許可するまでその中身は見ないこと」
俺たちはしっかりと首肯する。
ハッチーの記事が何故すり替わってしまったのか、なんて考える暇は無かった。
「……あんたたちはイレギュラー的存在よ。せいぜい頑張ることね」
と、ここで秋先輩が現れた。
「お? こんな時間から集まってるなんて、何かあったのか?」
「秋、こいつらアレを見ちゃったのよ」
「そっか。やんちゃしちゃったねえ、お前ら」
秋先輩は特に怒らなかった。
逆に人手不足だったから助かるよと、よく分からないことを言っていた。
その後秋先輩は顎に手を当てて何か考えごとをしていた。コーヒーを淹れるという日課すら忘れてしまっているようだった。その顔はひたすらに優しい……。
◇◇◇
五時五十五分、竹川が立ち上がる。
「さっ、行こうかしらね」
「どこでやるんですか?」
「夜好部部室よ。秋は留守番よろしくね」
「はいよ」
新聞部の面子は、竹川とハッチーと俺だけだった。
「ホロはムカつくやつだけど、あまり口出ししないようにね」
夜好部部室の前で、竹川はそう言った。
部室の中に入ると、幌一人だけが待っていた。
幌は鋭い眼光で俺を睨みつけてから、
「ふっ。結局、新聞部に入ったのか」
と、小馬鹿にしたような口調で言った。
「君たち、何か悪さをしたようだね」
幌は茶髪をかきあげながら言う。
あの紙束作ったのは幌たち夜好部だ。変態野郎に謝る義理は無い。
「ホロがあんたたちのことを教えてくれたのよ」
「なっ……。もしかして、昨日の夜、図書室にやって来たのはあんた達だったのか?」
「夜? さあ、どうだかね。知らんなあ。……てか、『あんた達』ってどういうことだ?」
……いちいちしゃくに障る言い方をする奴だな。
「いや、な。或る二人組みがハシゴで窓から図書室に侵入し、その後新夜好聞だよりを見ていた……という情報を今朝キャッチしたんだよ。それでオレが図書室に見に行ったら、見覚えのある名前が載っているページが開かれたブツがそのまま残されていた。そのことをユリさんに伝えたまでだ」
「姫篠もハッチーも問いただすまでもなく、自白してくれたわ」
「ん? そっちの奴は姫篠っていうのか? ヒメシ君じゃなかったか?」
そんな名前を名乗った覚えは無い。てか、ヒメシなんて苗字、存在しないだろ。
……でも、確かに初めて夜好部を訪れた時、名前を間違えられたような気もする。
「ヒメシ? それいいわね。姫篠のことこれからヒメシって呼ぶわ」
「やめてください」
「ふっ。それがお似合いだな」
「……っち」
言わせておけば言いたいように言いやがる。
幌が凄く悪い微笑みを浮かべて、俺を見ていた。
今直ぐぶん殴ってやりたい。
「オレは君みたいな生意気な奴が嫌なんだよ。風紀が乱れる」
「風紀……だと?」
幌は机の下から分厚い紙束を取り出して、ページをめくり始めた。
そして中間辺りで手を止めた。
「あれ? 君には風紀の意味も分からなそうだな。あ、これは新夜好聞だよりの写しだよ」
そう言って、紙束を掲げて見せる。
俺の記事が載っているページが開かれていた。
風紀の意味は分かるが、『ウツシ』って言葉は知らねえな。……チンカス野郎が。
幌は俺の記事を読み漁る。
「おい、ユリ。こいつ相当な問題児だな。ほんまもんのクズってとこか」
──表に出ろ! と、俺が声を上げそうになったその時、幌の減らず口に緞帳が下りた。
「呼び捨てにするんじゃねえ。殺すぞ」
静かにそう言ったのは竹川である。
急な現実離れした言葉に、俺のいきり立っていた鶏冠も醒めてしまった。
幌の笑顔も引きつった。
「訂正しろ」
「ユリさん……です」
「いや、許さないけど」
「失礼しました……」
キレる若者よりもずっとキレ易い竹川……。俺は怖くてそんな竹川の顔を見ることができない。見た瞬間殴られそうな気がしたからだ。
「それから、私はヒメシにある程度見込みを持ってる」
「そ、そんな奴に仕事が出来るっていうか?」
「その可能性があると思っている」
へ? もしかして竹川は良い奴なんだろうか。
でもただの殺人鬼にも見える。
俺には竹川が分からない。
「ほーう。じゃあ最優先事項もこいつに投げてみるか? 例の夜のお仕事を……」
「それは私が決めることだ。助言なんて求めてない。まあ、そうするつもりだけどね」
「ふっ。責任重大だなヒメシ君。それで、ユゥ────ハッチーはどうするつもりだ?」
「この子はヒメシに騙された被害者よ。だから丁重に扱うつもり」
騙されたとは人聞きが悪い……、せめて共犯者と言ってくれ。っていうかさっきはそう言ってたじゃないか。
隣に座っているハッチーを見ると、顔が青ざめていた。
「そうねえ……。でも、夜に強いみたいだからヒメシと一緒に行動させようかしら」
「結局かよ!」
これには幌も突っ込んだ。
「おいおい、全く丁重じゃないじゃないか。秋君の会計係でもさせてみたらどうだ?」
「ホロ……私は同じことを二度も言わないよ?」
「すまん……何でもない」
「今日から夜道では背後に気をつけることね」
二度も竹川に口出しした幌は殺されることになったらしい。
しかし、笑えない。
「俺とハッチーは夜の責任重大任務という奴を一緒にやらなければならないのか?」
「そうよ」
「……本気で言ってんのか」
そう言った瞬間、俺は宙に浮いた。
足がぷらんぷらんした。
制服のシャツが首筋と脇をぎゅうぎゅう圧迫している。
いつの間にやら俺は、竹川のあほみたいな力で胸倉を掴まれ、持ち上げられていた。
瞬間移動……と思えるほど物凄いスピードの肉薄だった。
「陸上部のことが忘れられないくらい好きなんだ?」
「いえっ……──」
「じゃ、新聞部のために働け。口出しはするな」
「ユリさん、やめて!」
と、マネキンみたいになっていたはずのハッチーが、竹川を止めに入った。
──うぐっ。ハッチー、こいつの……このゴリラの急所を狙うんだ!
しかしハッチーは竹川の腕を掴み、揺すった。揺するが、びくともしない。
竹川が俺の胸倉を掴んだまま、ハッチーにエルボーをおみまいした。
「にゃろっ、……女に手ぇ出すんじゃねっ!」
俺は竹川を殴ろうと手を伸ばす。しかし竹川はいとも簡単にかわしてしまった。
そして俺を地面に置いてから、平手でぶった。
パイプ椅子を撒き散らしながら俺の体が飛んゆく。
「私も女なんだけど」
「ぐっ……、そうだった」
ここで俺は、視界が黒い円で縁取られていることに気付いた。
視界がどんどん黒に覆われていき、視野が狭まっていく。
意識が遠のいていることが分かった。
竹川から受けたダメージがデカかった証拠だ……。
「お前も殺すぞ」
「ふ、ふっ。この辺で君たちにオレたちの正体を教えておいてやろう。オレたち夜好部は全校生徒らの情報を収集するスパイだ! そして君ら新聞部は学校のヒーローだ! 良かったなあヒメシ君、夢が叶っ────」
──意識が飛んだ。
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