一.ハートパイの秘密 (下)
『一年三組。成績は学年最下位、運動神経なし。金髪、片耳ピアス。六月頃から定期テストにおいて二十点代が頻発し始める。全国模試への影響が懸念されるため各教科の担任が目をつけており、対策を協議中。得点向上が急務である。尚、中学時代は喧嘩に明け暮れていたとの情報あり。本校で問題を起こさないよう注意が必要。クラスでは浮いており、チームワークについても欠如が認められるため、クラス担任手嶋より部活動へ参加するようフォロー予定。将来の夢は────』
……俺は一体誰を恨めばいいんだろう。
竹川か、それとも夜好部部長の幌か……!?
「ねえ、なんて書いてあった?」
「いや。はっはっはっ……、なんでもない」
今猛烈に一人になりたい。
しかしそんな訳にも行かず、次はハッチーの分を探さなければならない。
ハッチーの分まで酷いことが書いてあったらと考えると、伝達役の俺としては辛いところである。
「本当に?」
「おう。まあ、勉強しろみたいなことが書いてあっただけだ」
「やっぱりか……。じゃあ今度ボクが教えてあげるよ」
「お、おお。サンキューな」
……勉強なんて嫌なこった。
それが率直な答えだったが、先生方が対策を協議中であるという記述があったから、もう知らんぷりなんてして居られないかもしれない。
それから俺は更にページをめくってゆき、ついにはCランクまで読み進めた。
ハッチーの名前は一向に出てこない。
もしかしたら載ってないかもしれないし、例え載っていたとしても、Cランクなら大したことは無いだろうと、少し気が楽になってきた、……その時である。
俺は鉢久悠里の名をついぞ発見してしまった。
「あったぞ」
「ほんと? なんて書いてある?」
やはりハッチーは過去盗み見た時に、自分の記事までは見れなかったようだ。
そこまでたどり着くことが出来なかったんだろう。
俺はハッチーの記事を朗読してやろうと思い、事前に軽く目を通した。
「ええっと、えー、……えっ。……んっ!?」
その時、光が──図書室の入り口の方から差し込んだ。
くそっ、大事な時に! ほんとっ今日はついてないぜ!
「ふせろ!」
俺は机の影に伏せ、慌ててペンライトの光源を手で握り潰す。
ペンライトのスイッチを切ると、ハッチーも何事かという様子で俺の隣にしゃがみ込んだ。
「ふわっ。誰か来たみたいだね……!」
光線が部屋中を照らし回る。
その光線が乱反射し、図書室が明るむ。
俺たちは見詰め合っていた。ハッチーの顔を久々に見たような気がする。
「……宿直か?」
「どうだろう。もしかしてボクたちの声、聞こえたのかな?」
「それは無いと思う。普段よりボリューム抑えて喋ってたからな」
戸が音を立てた。
どうやら図書室へ入ってくる気らしい。
「あっちに隠れよう……!」
「ああ。急げ」
俺とハッチーは背を低く保ったまま歩いた。
ハッチーを先に行かせ、俺が後を追う形で、本棚のほうへと向かう。
幸いにも靴を履いていなかったから、足音は立たない。
衣擦れの音すら、外から入り込んだ虫の声に掻き消され、聞こえない状況である。
……と、ここで不味いことに気が付いた。
俺たちが入ってきた窓、開けっぱなしじゃないか?
戸が開き、男が入ってきた。
俺は本棚までたどり着くと、振り返って窓を見る。
やはり──あけっぱだ。
俺はハッチーの肩を叩き、窓を指差した。
ハッチーは窓を見てからから、眼を剥き、下唇をぱくりと銜える。
恐らく俺たちは今、同じことを考えている。
──頼むから気付かないでくれ。そしてどっかに消え失せろ。チンカス野郎が!
俺は必死に懐中電灯が照らす先を追った。
しかし願い虚しく、その矛先が窓の方を照らし出して止まった。
「おいおい……、────ったら、窓開けっ放しかよ」
図書室に入ってきた奴が何か言った。
途中なんと言ったか聞き取れなかったが、男の声だった。
その男が、窓のほうへと歩み寄って来る。
俺はハッチーの肩を押し、本棚の端へと連れて行く。
本棚の端へ着くと同時、男が開けっ放しになった窓の前まで辿り着いた。
男は手を伸ばし、窓を閉める。
次いで、その鍵を掛けようした。
すると、金属同士が当たったような音が鳴った。
「おっ!? 何だ……、ちくしょう!」
男が声を上げる。
本棚の角から男のほうを覗いてみると、鍵に懐中電灯が張り付いていた。
それを男がもぎ取ろうと、足掻いているところだった。
しかし取れないらしい。
男は手を止め、考える素振りを見せた。
逡巡すると、今度は下向きに懐中電灯を引っ張った。
瞬間、懐中電灯が見事に外れ、床に思い切り叩き付けられた。反動で宙を舞う。
そして光線が部屋中に振りまかれた。
その光線が、たまたま俺の顔をかすめていった。
……ぐっ、眩しい!
すっかり暗闇に慣れていた眼球が、凄まじい光度に悲鳴を上げる。
目が痛みを訴え、思わず全身が力んだ。
その拍子、俺は放屁した。
慌てて身を隠す。
ハッチーが、信じられないという表情をこちらに向ける。
……すまんが、今はそんなことを気にしている場合じゃ無いだろう。
俺は何でも無いフリをして、再び本棚の影から顔を出した。
筒状の懐中電灯が横っ腹を向けて、こちらに転がってきている。
壊れれば良かったものを、いまだ光源は健在だ。
俺はハッチーの手を引き、隣の本棚の裏側へと移動した。
懐中電灯が、先程俺たちが隠れていた場所まで来て、寝転がっていた。
危機一髪……、一瞬の静寂が図書室を包み込む。
そして男が、緩やかなリズムで足音を立て、懐中電灯に近寄り始めた。
──チャンスだ。
多分いまが逃げ出す機会だと、そう判断した俺は、ハッチーの手を引いた。
本棚の隙間を縫いながら図書室の入り口を目指し、慎重に歩く。
所々突き出している本にぶつからないようゆっくりと歩数を重ねていった。
「うあっ、くさっ!」
と、男が叫ぶ。
心臓が大きく一回、どかりと鳴った。
「誰か居るのか!?」
有無を言わさず、俺はハッチーの手を思い切り引っ張った。
棚から何冊か本が滑り落ちる。
俺はそのまま後退し、ハッチーの体を入り口目掛けて押し出した。
ハッチーが駆け出したのを確認して、俺も走る。
「誰だ!」
俺たちは一目散に図書室から飛び出した。
すると、前を走るハッチーが、
「きゃっ」
と、小さく悲鳴を上げて、よろけた。
入り口を出て直ぐの場所──そこには、人影があった。
……見張りまで居るのかよ!? ハッチーを先に行かせたのは失策だった。
俺はその見張り役にタックルし、すかさず逃げる。
タックルを喰らった見張り役は、壁に激突し、ゴッと鈍い音を立てた。
体つきが結構ゴツイ奴だったから、多分大したダメージにはならなかっただろう。
俺はハッチーの足音を追って実習棟のテラスを走った。
いくつか段差でずっこけそうになり、死に物狂いの奔走だった。
「階段、だよ。気をつけて……!」
非常階段をくだると、ハッチーは図書室の方へ進んでゆく。
「おい、どこ行くっ?」
「はあ……はあ……、くつを、取りに行くんだよ。あとハシゴ、隠さないと……」
ハッチーは走りながら息も絶え絶えに言った。
無論、俺も例外ではない。
台風の中を駆け回っているかのように、汗で体中が湿気ていた。
耳元では滅多と聞かない風切り音が、これでもかと言うほど鳴っている。
息苦しい……もう走りたくない。そんな意識が俺を飲み込もうとしていた。
「ストップ……!」
突如ハッチーが声で制す。
場所は実習棟のちょうど中間辺りだった。
図書室は建屋の一番端だから、止まるには未だ早いはずだ。
「どした」
「見てっ。あれ……、なんだろ?」
ハッチーに促され、前方を見る。
すると闇の中に白い光が浮かんでいた。
目を凝らすと、それはハシゴを照らし出す光だった。
「誰か、居るみたいだ。ハシゴに気付かれてる」
……いくらなんでも大掛かり過ぎだろ。
明らかに宿直の教師とかではない。
「俺たちゃ、狙われてたのか?」
「まさかっ。そんなはずは、ないよ……」
「でも、あれで三人目だぜ」
「そだね。多いね」
「未だ居るかもしんねえ。待ち伏せされてたんだ、きっと」
「いや、待ち伏せしてたって感じじゃ、無かったじゃない?」
「ま、そうだが。……にしても、どうしたもんかな。近付けそうにない」
「っうん……。ここに居ても危ないし、学校から出よっか?」
「おう。追っ手が来たらと思うと、怖いしな」
「それは、ボクが言うセリフだよ」
ハッチーはそう言ってから上体を起こし、手を差し出した。
へたり込んでいた俺は、その手をぎゅっと握り、あまり荷重が掛からないようにして立ち上がる。
お互い、手が汗ばんでいた。
しかし握手をするようにしっかり握り締めてから、一緒に脱出を始めた。
◇◇◇
時折足にちくちくと小石が刺さる。
俺たちは校庭の外縁まで戻ってきており、校門目指して歩いているところだった。
あの後、不思議なことに追っ手が全く現れなかった。
引っかかる部分ではあるが、ラッキーだったと思っておこう。
フェンス越しに実習棟のほうを見ると、もう懐中電灯の明かりは見当たらない。あたりは静寂に包まれており、遠くから響いてきた単車の音が、静けさを際立てている。
とりあえず靴だけは取り戻しておきたかったが、流石にそれは憚られる。
「予備の靴は持ってるんだよな?」
「うん。家に帰れば有るよ。姫篠君は?」
「俺も家に昔履いてた奴とかが有る。ちなみに、ハッチーの家はここから何分くらい?」
「うちは徒歩三十分くらいだよ」
「くつしたのまま帰るには厳しい距離だな。俺、実は単車で来たんだけどさ、送ってやるよ」
「警察に捕まっちゃうよ?」
「大丈夫、大丈夫。こんな時間に居やしないって」
「ふーん。じゃあ、乗せてもらおうかな」
──そして、校門まで辿り着いた俺は驚いた。
「ええー。無いの?」
「あ、ああ。盗られたみたいだな」
単車が盗まれていた。
キーもなしに盗っていくとは、中々に手馴れた奴の犯行だ。
「歩いて帰る?」
「すまんな」
「ううん。ボクは元々その予定だったから良いよ」
……夜中で良かった。
くつした姿で歩く少年少女を誰かが目撃したら、そいつは一体どんな妄想を抱くことか。
俺たちは校門の前の坂道を下っていった。
先程までの逃走劇で、すでに足が棒みたくなっていた。
どっかベンチでもあれば、そこで休憩したい。
「そういえば、直ぐそこにバス停があったよな?」
「うん、あるよ。それがどうかした?」
「ベンチがあったと思うんだが。そこで休憩しない?」
「ボクは学校からもう少し離れたいなあ……」
ハッチーはスマートフォンの画面を見詰めながら言った。
「一時半かあ」
「もうそんな時間?」
「うん。帰り着く頃には二時だね。姫篠君のお家はここから何分掛かる?」
「俺んちは掛かっても七、八分くらいかな。こっちのほうなんだ」
「近いね。ボクはあっちの山のほうだよ」
「家まで送ってやるよ」
「でも、正反対だよ」
「時間も時間だし、一人じゃ危ないだろ」
「うん。……。あのさ、姫篠君の家に行っちゃダメ?」
「へ?」
「えっと、怖いし、疲れちゃったからさ。ちょっと休ませてよ」
「構わんが。家に帰らなくてもいいのか?」
ハッチーはうつむいたまま、にこやかに微笑む。
「親には友達の家に泊まるって言っておいた。だから大丈夫」
「そっか」
……始めから泊まる気満々だったんじゃねえか。
何なんだ、まったく。
「ねえ、姫篠君の家はいま誰か居るの?」
「居ねえよ。母ちゃんと二人暮らしなんだが、夜の間は仕事に出てんだよ」
「へえー。ちなみにお父さんは?」
「死んでるぜ」
「そうなんだ……、気が利かなくてごめんね」
「いや、嘘だ。ばりばり生きてるが、仕事で単身赴任中」
親父なんて存在感薄すぎて、死んでても生きてても、どっちだっていい気がした。
俺はああいう風には成りたくない。
「変な嘘付かないでよー……」
「すまん。あ、道こっちだぞ。歩けるか?」
「うん」
坂道を下ると、俺の自宅に続く歩道を進んだ。
車道には一台も車がおらず、歩行者も居ない。街灯の明かりを受けてオレンジ色に光る道路が、ずっと続いているだけだった。動いているものは信号機のランプくらいで、人通りが無いというのに仕事を続けていた。
俺たちは無言で帰路に就いている。町並みとは対照的に足だけ働かせ、頭脳は勝手に座禅でも組み始めたようだった。
道のりの中間辺りまで来た時、ハッチーが乾燥し固まっていたかのような口を重々しく開いた。
「ね、ねえ。姫篠君」
「なんだ?」
「例の紙束の話だけど」
「あっ」
──そういえば、そうだったな。
あの『新夜好聞だより』とかいう紙束の話だ。
Cランクに、ハッチーの記事があり、俺はその内容を部分的に見ることができた。
知ってしまったことは、少々面倒な事柄である。
「ボクの分はどんなことが書いてあった?」
「……えっとなあ」
俺が目にした事柄とは、『ストーカー被害』という文字だった。
他には『教室の椅子に白濁液が──』とかいう文も見えてしまった。
そのことをハッチーに伝えるかどうかと言えば、……悩む。
恐らくハッチーは、自分がストーカー被害に遭っているだなんてことを知らない。少なくとも確信を持っていないはずだ。しかし、それっぽい出来事が──何者かに付け回されていると感じるような状況を経験したことがあるから、警戒し、確証を得るために、あの紙束を見ようとしたんじゃないだろうか。
と、俺の勘が仮説を述べている。
でも、ランクCということも考慮しなくちゃならん。
多分、重要度が最低レベルという意味だ。
それに、警察もろくに動けないと噂されるストーカー被害である。
逆に言うなら、放っておいてもそうそう問題ないか、もしくは被害者を救えるような手立てが存在しない、ということになる。
……うん? だとしたら、誰にも手出し出来ないからという理由でランクを下げている可能性もあるのか。
あんな紙束があったとして、誰が手出ししようと言うのか、そんなことは分からないのだが。
知ってしまった俺が何か助けてあげられそうかと言えば、何も出来そうにない。
家の方角が真逆なのに毎日一緒に登下校するか? ハッチーが家に居る間、家の外を見張ってやるか? 平日は一日中教室の机を見張っていてあげれるか?
いつもそばに居てあげることができるのか。
……そんなこと、無理に決まっている。
というか、そんなことをする奴がむしろストーカーだ。
「実は、よく見えなかったんだ。ほら、あの時、誰かが図書室に入ってきたろ?」
「うん。そっかあ」
一つだけはっきり言えることがある。
それはハッチーに『ストーカーされているぞ』と教えてやるメリットが無いという事実だった。
無駄にハッチーの不安を煽る必要は無い、助けてあげられないのだから。
「そういえば、いきなりだけどさ、ハッチーって彼氏とか居る?」
「確かに急だね……。居ないよ」
「ふーん。そうか。近々作る予定とかないのか?」
「それってどういう質問なの?」
「気になる人とか居ないのか?」
「んー……。全然居ないねえ」
ハッチーには必要なものがあると思ったから聞いたことだった。
彼氏でも何でもいい、スーパーヒーロー的存在が居てやるべきなのだ。
無論俺にはハッチーを守るスーパーヒーローだなんて存在に成れる訳がなく、気になる奴が居るならば全力で応援する気だった。
「そっか。そりゃ残念だ」
◇◇◇
それ以上交わす言葉もなかった俺たちは、再び無口になり、そのまま家に着いた。
とりあえず、居間のソファにハッチーを座らせて、麦茶を出してやる。
俺もハッチーの隣に座り、麦茶にがっついていた。
「何時ぐらいまで居る予定だ?」
「六時くらいかな」
「やっぱ泊まっていく気だったか」
「うん、ごめんね。なんのアポも無しに家まで来ちゃって」
「いや、まあ家には俺しか居ないし、いいんだけどさ。で、もう寝るか?」
「あー、えっと……」
「俺はこれからシャワー浴びるから、先に寝てていいぞ」
「えー……。ボクも浴びておきたいなあ……」
「冗談だ。先に浴びに行くか?」
「ううん。ボクは後にするよ」
ということで、俺はシャワーを浴び、ぐしょぐしょになった下着から寝巻きに着替えることができた。
そういえば、ハッチーの着替えをどうすれば良いだろうか。
「ハッチー、着替えはどうする?」
「うーん、考えていたんだけどね……」
「俺のティシャツとステテコで良かったらあるぞ?」
「じゃあ、それで……」
嫌だったのだろうか。ハッチーは苦笑いしていた。
しかし母ちゃんの服を着せるのも悪い気がする。
◇◇◇
ハッチーはシャワーから上がると、凄く恥ずかしそうにして居間に現れた。
なにやら言葉を選んでいるようで、口をもごもごさせながら言う。
「下着は諦めるよ……」
完全に忘れていた。
女には下着としてパンツと、胸当てのようなモノが必須なのだった。
俺はといえば、上はティシャツと、下はトランクスも履かずにステテコ一丁で平気で居る。
ハッチーがソファに来て、俺の横に座る。
横目で見ると、胸やお腹、太ももの辺りが凄くリアリティな造形を浮き立たせていた。
「も、もう一枚、肌着出そうか?」
「そうだね。帰る時にちょうだい」
「ああ。それでもいいが。今着とかないと、結構凄いことになってるぞ」
「うん」
うん、って? ……どういうことだ。
「今着てくれ、持ってくるから」
俺が立ち上がろうとすると、ハッチーが手を引っぱった──いや、引っ張ろうとした。
ハッチーは俺の手を引こうとして、しかし手を掴むことに失敗し、俺の腕とハッチーの腕同士が当たった。
肌がこそばゆく掠めていく。触れ合った部分が電気的に感じる。
俺は立ち止まり、振り返った。
「ど、どうした?」
「今日はありがとう」
「おう。俺も色々教えてもらって助かったよ」
「あの……、いいよ」
ハッチーは立ち上がり、俺のほうへ両手を差し出した。
その頬には赤みが差していた。
「……はあ? いや、待てよ!」
「嫌だった?」
「嫌って訳じゃないけどさっ!」
「ボクはお礼がしたいんだ」
「そういうのはお礼って言わねえよ」
「ボクが可愛くないから?」
「いや、可愛いけどさ。違うんだ、俺は──」
ハッチーと関係を持ってしまったら、後悔するような気がした。
だから、理性が吹っ切れるより前に、どうにかして断りたい。
上手い断り方なんて持ち合わせて居なかったから、俺は少しやけくそ気味になった。
「シチュエーションとか大事にするほうなのだよ」
「えっ……?」
「服装が大事なんだ。スカートかワンピースを着た女としか、そういうことはしない」
「……」
「なぜならば、俺はチラリズムがないと興奮しない性質なんだ!」
ピアスが揺れる。短いながらもボディランゲージを交えた熱い披歴になってしまった。
ハッチーは引いてしまっただろう。
「だからお礼はまた今度にしてくれ。それにもう直ぐ三時だ。寝ようぜ」
「うん。いきなしごめんね」
「いや、いい。……嫌な気はしなかったからな」
ハッチーをソファに寝かせ、俺はハッチーとテーブルを挟んた対岸の床に寝ることにした。
自室にベッドがあるのだが、別々の部屋で寝るのは流石に失礼だと思ったからだった。
「じゃあ、電気消すぞ」
「うん。おやすみなさい」
◇◇◇
翌朝六時、庭の前までハッチーを見送りに出た。
ハッチーの背中がどんどん離れていき、真夏の太陽光線がその姿を溶かしていく。
勿体無いことをした──後悔の念は尽きない。
しかし、これで良かった。
俺はハッチーを守れるようなヒーロー役なんかには、なれやしないからだ。
それに……。
俺は朝焼けに向かって、仁王のように立ち構えた。
そして──ハッチーに良い彼氏が出来ますように──と祈願した。
. . .




