第九十六話 紅蓮の炎
黒き槍の襲撃に対し、ガイウスはかざしてあった左手を瞬時に向けて叫んだ。
「くらえっ!」
するとガイウスの左の掌から、紅蓮の炎が、激しく渦を巻きながら猛り狂ったように噴出した。
炎は相当量の水を蒸発させつつ水上を走り、凄まじい勢いで飛んで来る槍の如き蛇に襲い掛かると、一瞬のうちにその細い身体を、跡形もなく燃やし尽くした。
ガイウスは敵を完膚なきまでに消し去ったことで警戒を解き、ゆっくりと左手を降ろした。
すると、ガイウスの後背を護るロデムルが、落ち着き払った声でガイウスに注意をした。
「まだのようです。どうやら他にもおります」
ロデムルに言われてガイウスが目を凝らすと、無数の仄かな光が彼らの周りをぐるっと一斉に取り囲んでいるのが見えた。
「やっべえ」
ガイウスは驚き、大きく息を呑んだ。
「これは参ったな。物凄い数だ」
ガイウスは自分たちを取り囲む敵の多さに慄然とした。
しかし一方のロデムルは平然とした様子でくすりと笑うと、落ち着き払って言い放った。
「坊ちゃま。たしかに一匹ずつでは面倒です。しかし辺り一面一斉に焼き払えば何も問題はないかと思いますが、いかがでしょう?」
ロデムルの進言に、ガイウスはハッとした表情となり、次いで大きくうなずいた。
「そうだよね。単に全てを焼き払ってしまえばいいんだ。なるほど、どうやら僕は実戦経験が不足しているようだね。こんなことに気付かず、慌ててしまうなんて」
ガイウスはそう言うと、再び左手をかざして紅蓮の炎を繰り出した。
猛り狂う炎は渦を巻きながら突き進み、さえぎるものを皆焼き払った。
さらにガイウスは紅蓮の炎を放出しながらゆっくりと回りだし、ついには周囲の全ての敵を完全に葬り去った。
凄まじい火力の炎によって巻き上げられた大量の水蒸気が煙る中、ガイウスはようやくほっと安堵の溜息を漏らした。
「お疲れ様でございました」
ロデムルが、ねぎらいの言葉をそっと投げかけた。
「こんなの大した労力じゃないよ」
「相変わらずの凄まじい魔力総量でございますね」
「まあね。実戦経験の少なさは露呈してしまったけれど、魔力総量に関しては、あのカルラですらも驚いたくらいだからね」
「魔法の威力もまた、凄まじいものでした」
「少しは特訓の成果が出たかな?」
「はい。相当に」
「ふふ~ん♪まあ慌てさえしなければ、大抵の奴は簡単に倒せるね」
ガイウスは自信満々といった口調で言った。
「坊ちゃま、あまり調子に乗られますとまたカルラ様に――」
ロデムルは話の途中で言葉を急に止め、それまでの柔和な顔つきから一転厳しい顔つきとなった。
ガイウスもまたロデムル同様に表情を変え、先ほどとは打って変わって不安げな顔をのぞかせた。
「これ、何の音?」
ガイウスは耳を澄ませて先ほどから聞こえてくる水面を切りつつ地面を擦るような音の正体について、ある想像を浮かべていた。
「これって、まさか――」
その時、地下貯水池の天井を支える巨大な支柱が、轟音と共に粉々に砕け散った。
「も、もしかしてあの子達の、お父さん?そ、それともお母さん、かなぁ~」
そこには直径二M、全長にして五十Mはあろうかという途轍もなく巨大な大蛇が、鎌首をもたげてその恐ろしげな姿を二人の前に現していた。




