第九十五話 黒き槍
ガイウスたちは膝下ほどの薄く水の張られた巨大な地下貯水池を、ばしゃばしゃと大きな水音を立てながら、ゆっくりと進んでいた。
「ずいぶんと音が響くね?」
そう言うガイウスの言の葉もまた、石造りゆえの硬質な響きを伴って、辺りに大きく木霊していた。
「坊ちゃま、あまり深くはありませんが、水温がかなり低いようです。お寒くはありませんか?」
ロデムルは先頭を行くガイウスに付かず離れずで付き従いながら、主人の愛息の体を慮った。
「心配ないよロデムル。これ位なら問題ない」
ガイウスはそう言って、意気揚々とさらに足取りを進めた。
すると突然、遥か前方で水が跳ねたような音がした。
「魚でも、棲みついているのかな?」
「そうかもしれませんが、少し気になります」
「うん、確かに。行ってみよう」
「ですが、くれぐれもご油断なく」
「わかっている。あの黒柱は尋常じゃなかったからね」
ガイウスは表情を引き締めて、さらに歩を進めた。
およそ五十歩程も進んだところで、また再び水音が響いた。
「近いね?」
「慎重に参りましょう」
そこから一歩、二歩、三歩と、先ほどより遥かにゆっくりとした足取りでガイウス達は進んだ。
すると目の前に突然、黒光りする細い棒状のものが、水の上にうっすらと浮かび上がった。
ガイウスは目を細めてそれをしっかりと見ようとするも、自らの指先から吹き出す炎が波打つ水面に反射してゆらゆらと揺らめいたため、よく見えなかった。
そのためさらに数歩足早に歩を進めると、突然その細い棒が瞬時に手前に折れ曲がり、半分ほども短くなった。
さらによく目を凝らして見ると、棒の先に極小さい仄かな光が二つ輝いて見えた。
「目か?」
次の瞬間、それは黒き槍となり、物凄い勢いでガイウス目掛けて襲い掛かってきた。
「よけてっ!!」
ガイウスは咄嗟にそう叫ぶと、横っ跳びに水面に飛び込んだ。
付き従うロデムルも、油断なく警戒していたためか、ガイウスが言い終えるより早く地面を蹴って、水の中に飛び込んでいた。
「蛇だ!それも恐ろしく速い!」
ガイウスはすぐさま立ち上がると、右手の炎はそのままに、左手を目の前にかざして蛇の次なる襲来に備えた。
ロデムルも、左手の裾に仕込んであった隠し刀を右手で素早く抜き放ち、息を潜めて敵のさらなる攻撃を待った。
二人はそれぞれ左右に目を配り、警戒指数を最高度に保ったまま、ゆっくりじりじりとお互いに近づき、ガイウスの背と、ロデムルの脚とを向かい合わせにくっつけた。
ガイウスは逆方向を警戒するロデムルのために、右手の炎の勢いを激しく強めた。
「どう?見える?」
「見えます。ありがとうございます」
二人は必要最小限の短いやり取りを済ますと再び沈黙し、五感を研ぎ澄ませてその時を待った。
永遠とも思える数十秒の後、黒き槍は再びその姿を現し、ガイウスの心臓目掛けて超高速で襲い掛かってきた。




