第八十話 エデン
「ここが、エデンだったのか」
ロンバルドは人類創世の地に立っていることを知り、興奮気味に周囲を見渡した。
「まあそういうわけで、ここは騒がしくしてよい場所ではないのじゃ。それで、おぬしらここで何をしておったのじゃ?」
「はい。それは――」
ロンバルドはエルに全てを包み隠さず、事の経緯を説明した。
それというのも、ロンバルドにはこの短い時間のやりとりではあっても、すでにエルを好ましく思っており、また隠し立てをしたところで、相手は神にもっとも近い存在であるため、無駄であろうと思い話したのだった。
エルはロンバルドの話を注意深く、黙って静かに聴き終えると、おもむろにその重い口を開いた。
「ふむ、おかげであらましは大体判った。ここ千年ほどのお前さんたちの歴史もな。それにしても相も変わらず、人の子らは争いごとが好きじゃのう」
エルは嘆息気味にそう言った。
「はい」
ロンバルドは神妙な面持ちで短く返事をした。
「じゃが、お前さんは気に入ったぞ。顔を見ればわかる。お前さん、うそ偽りなくわしに全てを話したな」
「はい」
「それにしてもやはりあの波動は千年竜のものじゃったか……何を隠そうわしがこの地上に現れたのは途轍もない波動を感じたからなのじゃ。それで押っ取り刀で駆けつけてはみたものの、波動の主はすでに消え失せておった。それで近くでもあるし、せっかくじゃからこのエデンの森に久方ぶりに立ち寄ったというわけじゃ」
「そうでしたか。それでこの地に」
「うむ。それにしても妙じゃな……お前さんを疑うわけではないが、エスタを襲ったのはまことに千年竜であったのか?」
「……そう言われましても千年竜など今まで私は見たことがありません。ですから確かかと問われると確信は持てませんが……ただ伝説の通り、透き通るような表皮の巨大な竜でした」
「うーむ。そうか……」
「エル様、妙というのは?」
「うむ。あれほどの波動じゃから千年竜が出現したと言われればそうじゃろうと納得は出来る。じゃがあのような巨体が突然現れ、大暴れしたのち忽然と消え失せるなどありえん話じゃ。千年竜には瞬間移動の能力などないはずじゃしな」
エルはしばし難しい顔をして考え込んだ。
だがいくら考えたところで埒が明かないと思ったのか、ふいにエルは考えるのをやめた。
「まっ、そういうわけじゃから当分の間、世話になるぞ」
「…………はあ!?」
「じゃからしばらくの間お前さんの家に厄介になると言うておる」
「……説明もなしになにがそういうわけじゃからですか!唐突にもほどがありますよ!世話になるってなにを……えっ家に来る?私の家にですか!?」
「要領を得ない奴じゃな。さっきからそう言っておろうが」
「いやいや、そんな話をいきなり飲み込める者などまずいませんよ!」
「そこは無理にでも飲み込まんかい」
「飲み込めるわけないじゃないですか。こんな巨大な熊みたいな猫が街中うろついたら大騒動ですよ?」
「……お前、いまなにげに失礼なこと言わんかったか?」
「なんのことでしょう」
「熊みたいにでっぷり太っていると言うたであろう」
「熊みたいとは言いましたがでっぷり太っているとは言っていません」
「……………………」
「……………………」
「……まあよいわ。ほれ、こうすれば良いのであろう?」
エルはそう言うと見る見るうちに小さくなっていき、あっという間に普通の猫と変わらぬ大きさとなっていた。
「……まあたしかにこれなら……」
ロンバルドは小さくなってもでっぷりと肥え太ったままのエルの体型にはあえて触れずに、不承不承納得したのだった。
「しかし本当に我が家へ来られるというのですか?」
「うむ。千年竜の謎を突き止めねばならぬでな。このままでは帰れんよ。それにお前さん、そのヴァレンティン共和国といったかの?その国の外交代表を務めているのならば結構な要職にあるのじゃろう?ならば好都合じゃ。人の世はいつの時代も入り組んでおるからの。お前さんの地位は役にたちそうじゃわい」
「……はあ。しかし先ほど説明しました通り、わたしは今現在やっかいな状況となっておりまして……」
ロンバルドは今、ゴルコス将軍殺害をめぐる争いの真っ只中であった。
しかしエルは何事もないといった風情で軽く言った。
「ああ、それなら簡単じゃ。彼らの記憶を消せばよかろう」
「そんなことが出来るのですか!?」
「わしを誰だと思っておるのじゃ。わしに出来んことは……あまりない。まあ死んだ者を生き返らすというのは無理じゃな。よって一人は可哀想じゃがあきらめよ」
エルの言葉にロンバルドは神妙な面持ちを浮かべながら静かにゆっくりとエルに問うた。
「……一人亡くなったのですか?」
「うむ。争いをやめさせようとしたんじゃがな。間に合わなんだ」
ロンバルドはそこで一つ深呼吸をし、気持ちを整えてから改めてエルに尋ねた。
「……誰が死んだのですか?」
するとエルは居住まいを正し、ロンバルドの目を真正面に見据えつつはっきりとした口調で言った。
「……すまんが名前は知らん。まだずいぶんと若そうな男じゃったよ……」
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