第七十八話 迫り来る恐怖
1
ロンバルドは攻めに攻めた。
それは対峙するレムルスに息をもつかせない程のものであったが、その理由は無論レムルスに気を練らさせないためであった。
そのためロンバルドは持てる剣技の全てを駆使してレムルスに襲い掛かっているのだが、レムルスの技量もまた相当なものがあり、双方ともに決め手を欠いていた。
だがここでついにレムルスが、ロンバルドが次々に繰り出す攻撃に苛立ちを隠しきれなくなっていた。
「このっ!……やっ……ろうっ!……ちょこまかすんな……この!」
レムルスの顔は見る見るうちに赤く染まり始め、次第にその剣技は荒っぽいものとなっていった。
(……よしいいぞ……このままいけばきっと……)
ロンバルドは内心ほくそ笑み、さらなる斬撃を繰り出しながらその時が来るのを待った。
そして剣を交えること数十合、ついにその両者の均衡が破られた。
だがそれはロンバルドによってではなく、かといってレムルスによってでもなかった。
彼らの均衡を破ったのは、予想外の闖入者によってであった。
2
それは突然レムルスの背後に音もなく現れた。
ロンバルドは初め、レムルスの大きな体躯が膨張でもしだしたのかと思った。
だがそれはすぐに自分の見間違いで、何か得体の知れぬ黒い物体がレムルスの背後から近づいてきているのだと判った。
だがそれが何なのかはレムルスと重なってしまっているためロンバルドにはうまく判別できなかった。
判ったのはその物体が褐色に光り輝いていることと、レムルスの大きな体躯でも隠しきれないほど巨大であること位であった。
ロンバルドはレムルスへの攻撃を怠らないようにしながら、その後方から迫り来る黒い物体を注視した。
とその時、黒い物体が突然上へと大きく伸び上がった。
ロンバルドは大層驚き口をあんぐりと大きく開け、レムルスの頭上はるか高くへと伸びたそれをまじまじと凝視した。
レムルスはそんなロンバルドの顔を見て釣られたのか同じようにポカンと口を大きく開けて間抜けな顔を晒したが、次の瞬間後方の物体の気配を感じロンバルドと対峙していることも忘れて凄い勢いで後ろを振り返った。
「……うん?なんだ?昼間なのに真っ暗だぞ?」
レムルスは黒い物体に目の前を遮られ初めは判らずにいたが、次第に理解し始めゆっくりと首を上へと向けて自らの頭上高くを見上げた。
そして、静寂な森を切り裂くかのような悲鳴を上げた。
「うおおあああーーーーーーー!!!」
すると次の瞬間、レムルスを丸太のようなものが横殴りに襲い、レムルスのその大きな体躯をものともせずに軽々と弾き飛ばした。
レムルスは五Mほど吹っ飛び、地面に倒れ伏して気絶した。
ロンバルドは湧き上がる恐怖を押し隠して、黒い物体の正体を見定めようと先ほどよりさらに深く凝視した。
「……熊……か?……」
すると突然その黒い巨体が重い口を開いた。
「……誰が熊じゃ……失礼な……」
「しゃ、しゃべった!?」
ロンバルドは予想もしない事態に完全に狼狽してしまった。
「……お前は、一体なんなのだ!?」
「ふん。このわしをお前呼ばわりとは重ね重ね失礼な奴じゃな……だがまあよい。わしの名は…………わしの名は……………………いささか長すぎて忘れてしまったわい」
黒い物体はそこで聳え立つかのような伸びを止め、すっくと地面に前足を降ろして言った。
「……わしのことはエル様とでも呼ぶがよい……」




