第七十七話 切り札
シューーーーーーッ
ロムスの口から漏れる息がついに途切れた。
瞬間、ロムスは落としていた腰をさらに限界まで下げて力を溜め、次いで両足で大地を激しく蹴って前方へと恐るべき速度で跳躍した。
その姿はさながら獰猛な獣が獲物を狩るときのようであり、シェスターはその凄まじさに剣で受けるという選択肢を瞬時に放棄し、間髪いれずに右横方向に向かってすばやく飛び退った。
しかしロムスの跳躍速度は凄まじく、シェスターは完全にはかわしきることができずに左肘を深々とえぐられてしまった。
(……まずい……左手に力が入らない……)
シェスターは初めロムスに弱みを見せまいと平静を装おうとしたが、次第に怪我の痛みとそれに伴う痺れに耐えかね、ついに左手を剣から離してだらんと地面に向かってぶら下げるという非常に危険な状態となってしまった。
「くっくっくっ……ざまあねえな。やはり切り札は無かったようだな。下手なはったりかましやがってよ」
ロムスは残忍な笑みをこぼしながら再び腰を十二分に落とし、とどめの突撃準備に入った。
シェスターはどくどくと血が流れ落ちる左手をちらりと見つつ、右手一本で剣を中段に構えてロムスの攻撃に備えた。
「ふん!片手じゃこの俺の攻撃は受け止めきれねえぜ」
ロムスのあざ笑うかのような物言いにシェスターは冷静に対応した。
「ふむ。それもやってみなければわかるまい?」
「……ふん。まだはったりかます気か?」
「はったりかどうかは試してみれば判ることさ……」
「おもしろい……じゃあそうさせてもらうぜ!」
ロムスは再び凄まじい跳躍を見せ、猛然とシェスターへと襲い掛かった。
するとシェスターは意外な行動を見せた。
突如、だらんとぶら下がっている左手を勢いよく前方へと突き出したのだ。
すると左手の先を赤く濡らしていた大量の血が勢いよく前方へと飛び散り、襲い掛かるロムスの顔面を瞬く間に赤く染め上げた。
そしてその中の数滴が目の中に潜り込み、一瞬のうちにロムスはその視界を奪い取られた。
ロムスは突然のことに恐慌をきたし、突進を止めて数瞬その場に立ち尽くしてしまった。
しかしすぐにその愚を悟ったロムスは、左横方向に向かって慌てて飛び退り難を逃れようとしたが、それをシェスターが許すわけもなく、乾坤一擲の突きによってロムスはその右肩を無残に刺し貫かれた。
そのためロムスは跳躍によって逃げ去ることが出来なくなり、その場に膝から崩れ落ちた。
「がっ!……ぐっ!……ぐふっ!……」
ロムスは声にならない声でうめきつつ、上目遣いに自らを刺し貫いている男を下から睨みつけた。
シェスターは逆にロムスを上から見下ろし、勝利を確信した顔つきとなって言った。
「どうだったかな?この切り札は」
「……くっ!…………なにが切り札だ……ただの行き当たりばったりじゃねえかよ……」
「臨機応変と言って貰いたいな」
「……このくそったれが……」
ロムスはつぶやくようにそう言うと、つらそうにガックリと頭を垂れた。
「……ふむ。どうやら観念したようだな」
だがシェスターがそう言った瞬間、突如ロムスは左腕をシェスターに向けて突き出した。
シェスターがぎょっとしてその左腕を見ると、開いた手の平が煌々と赤く輝いていた。
(しまった!!こいつも魔法士か!?)
シェスターがそう思ったのと時を同じくして、ロムスが裂帛の気合を込めて言葉を発した。
「喰らえっ!!」
ロムスはそう言うと左の手の平から赤く輝く光弾を瞬時に発射した。
シェスターは咄嗟に剣を握る右手を離し、身体をこれ以上ない位に大きく捻じってすんでのところで光弾を回避したものの、そのままの勢いで回転しながら後ろに倒れこんだ。
するとロムスは素早く立ち上がり、右肩に刺さっているシェスターの剣を一思いに抜き取ったかとおもうと、その剣先を丸腰のシェスターに差し向けて言った。
「切り札ってのは最後まで取っておくものだぜ」
今度はシェスターが下から上目遣いにロムスを睨みつける番となった。




