第七十二話 覚悟
「……そうか、そのようなことがあったのだな……シェスター」
ロンバルドは幼き日のシェスター少年の胸中を思い、沈痛な表情を浮かべた。
シェスターは能面のような無機質で喜怒哀楽のない表情でその後のことについて語った。
「その後、私は孤児院へ引き取られました。そして……あなたのお父上と出会ったのです」
「そうか、そういえばお前は親父殿の孤児院出身だったな」
「はい。ウォルフガング・シュナイダー閣下は私に大変暖かく接してくださいました。私が今日こうしていられるのも閣下のおかげによるものです」
「いや、まあ、なんだ……そうかもしれんが……」
ロンバルドは父親に対して複雑な胸中を抱えており、シェスターの言葉にうまく対応できずにしどろもどろとなった。
するとそれまで沈黙を守っていたバッカス兄弟の兄、ロムス・バッカスが大声で捲くし立て始めた。
「なんだそりゃ!?黙って聞いてりゃくっだらねえ!なにが親殺しだ!ただの事故じゃねえかよ!」
ロムスがシェスターの話に興味を持っておとなしく聞いていたのは、シェスターが自らの意思で親を殺したのだとばかり思っていたからであって、不可抗力の事故によるものだとは思っていなかった。
「要はお前が魔法の止め方を教わらずに暴走させちまったって話じゃねえかよ!そんなの教えなかった奴が悪いに決まってんじゃねえかよ!事故だ事故!くそつまんねえ!」
そのため思わずロムスは口が滑ってしまい、ついそれを事故だと怒りにまかせて断じてしまったのだった。
そしてそれはロンバルドにとって渡りに船であった。
「そうだ!ロムスの言う通りだ。それは事故だぞシェスター。無論それは不幸な出来事ではあるが、お前にはなんら責任はない。そのような結果になるなんてその時のお前にわかるはずがないのだからな!」
ロムスはロンバルドの言葉を聞いて自らの失態を悟り、話の途中で苦虫を噛み潰したような顔つきとなって顔をそむけた。
そしてシェスターはといえば、瞑目しうつむき加減で小刻みに何度もうなずき、何か考えを巡らしているかのような素振りをしていたが、突然意を決したかのように顔を上げ、言った。
「ええ、判ってますよ審議官。私は初めから彼岸になど行っていませんからね。どうぞご安心を」
シェスターはそう言い終えるや右の口角を上げ、にやりと笑った。
「おお!シェスター。そうか……そうか……」
ロンバルドは本当にうれしそうに何度もうなずいた。
「審議官。あの日両親を亡くしてからというもの、心を寄せてくれていた友人たちとも離ればなれとなり、私の心は徐々に荒んでいきました。そしていつの間にかある種の極端な思考傾向の人間となりました。刹那主義といいますか、先のことなど考えず今この時だけ、自分さえ良ければそれでいいと思って生きるようになったのです……しかしそんな私をウォルフガング・シュナイダー閣下は救い出してくださいました。だから私はその時より閣下と閣下の愛する国家国民のために生きようと決心したのですよ」
そこでシェスターは一旦言葉を区切り、またもにやりと不適に笑い、肩をすくめるポーズをして言った。
「あ~もちろん、閣下の忘れ形見である審議官、あなたもそれなりに大事に思ってますよ~もっともあなたはお嫌かもしれませんがね?」
シェスターの冗談めかした口調にロンバルドは、本当に安心したかのようなホッとした笑顔を浮かべた。
シェスターもまた、ロンバルドの笑顔を見て同じように朗らかに微笑んだ。
「たしかに私は先般ゴルコス将軍を殺害した際、最悪親衛隊員たちを魔法で皆殺しにしようと思った。だがそれはロムス!お前のような殺人淫楽症の故ではない!私は私の信ずる信念に基づいて、ただ覚悟を決めただけだ。一緒にしないでもらいたい!」
「ふん。言いたいことはそれだけか!くそったれ!またずいぶんとつまらねえ時間を使っちまったぜ!レムルス!待たせたな。そろそろ……やるぞ!」
ロムスは言い終えるや腰の佩刀を一瞬のうちに素早く抜き放ち、すぐさま腰を落として身構え、瞬く間に戦闘体制に入った。
ようやくとルーグの森、最後の組の戦いが始まろうとしていた。




