第六十八話 発現
シェスターは楽しかった夕食を終えると、学校へ通うようになった今年の春に両親から与えられた自分の部屋へと戻った。
そして友人のセバスティアンから借り受けた大変にぶ厚く重い魔導書をバッグから取り出し、それを愛用の勉強机の上に丁寧に置いた。
「さてと……」
シェスターは勉強机に備え付けの頑丈そうな椅子に座り、豪華な装丁の魔導書の表紙にそっと手を置いた。
そして一つ大きく深呼吸をしてから意を決して表紙をめくり、一頁一頁ゆっくりと読み進めていった。
先ほどの薄暗い公園での時とは異なり今は明るいランタンの元であるため、シェスターはしっかりと魔法についての知識を得ることが出来ていた。
「そうか、何も一種類しか使えないって訳じゃないんだ……」
シェスターはそれまで、氷結魔法の使い手は氷結魔法しか使えないと思っていたのだったが、実際はそうではなく、他の炎熱魔法や雷撃魔法なども扱えるということが判った。
「要は得意不得意があるということか……」
つまり氷結魔法の使い手というのはそれがもっとも得意な者であるという意味であり、他の魔法も使うことは出来るのであるが、たとえば炎熱魔法などは系統的に氷結魔法とはもっとも遠い魔法であるため大抵の者が不得意としていて、発動させることは出来るが威力が非常に劣る者がほとんどであった。
そして防御魔法に至ってはまったく別の系統であるため、魔導師クラスでなければ扱うことすら出来ないというわけであった。
「それにしても……本当に俺には魔法の素養はないのか?……」
シェスターはそうつぶやきながら氷結魔法の項目に目を止めた。
「たしかにジョゼフの言うとおりセバスティアンより俺っぽいと思うんだけどな……」
シェスターは氷結魔法に対し、なにとはなしにしっくりとくるイメージを持っていた。
だが魔法教練の際、その素養があると判断されたのはシェスターではなく、彼の目の前にいたセバスティアンであった。
そのセバスティアンに対するテストの際、魔法士たちはしきりになにやら小首を傾げながら盛んに相談を繰り返していたが、結果はっきりとは判らないものの特殊な氷結魔法の素養があると認められたのだったが、続くシェスターの際も魔法士たちはセバスティアンの時同様に散々小首をかしげ、話し合いを繰り広げた結果、セバスティアンとは異なり素養なしと判断されたのであった。
その時シェスターは多少いぶかしみながらもミランダの昏倒事件で気が動転していたこともあり、特に気にも留めずにその場を立ち去ったものの後になって気になりだし、結果今こうしてセバスティアンから借り受けた魔導書を紐解き、本当に自分には素養がないのかを確かめているのであった。
「試してみるか……」
シェスターはついに決意を固めて魔法を唱えることにした。
「一番簡単な魔法は……これか……」
魔導書の中ほどから始まる実践編に記載されている、もっとも低級と思われる氷結魔法をシェスターは試してみることにした。
「頭の中にイメージを作り上げるのか……」
シェスターは魔導書に書かれてある通りの手順を踏み、氷のイメージを思い浮かべようと試みた。
「こんな感じでいいのかな……」
不安げながらもしっかりとしたイメージを脳内に形作ることに成功したシェスターは、次いで魔法の発動条件となる呪文を読み上げようと魔導書の頁をゆっくりとめくった。
そしてさっと呪文に目を通して記憶するとおもむろに瞑目し、先ほど作り上げたイメージを再度しっかりと頭に思い浮かべると突如かっと目を見開き、高らかに力強く呪文を唱え上げたのだった。
「咎なく永久凍土に封ぜられし悲劇の女王よ。その青き紅玉の如く染められた蠱惑の唇より、絶対零度の凍てつく息吹を無念の憤怒と共に吐き出し給え!」
すると、シェスターが呪文を詠唱し終えた瞬間彼の両手が鮮やかに青く輝きだした。
「おわっ!なっ、なんだこれは……」
シェスターは声にならない声を上げ、尋常ではない輝きに包まれた自らの両掌を顔の前にかざしてじっと凝視した。
「すごい……なんて冷たさだ……」
シェスターが言うとおり彼の両手は氷のように冷たく、空気中に漂う塵芥を次々に氷結させては床の上にぱらぱらと落下させていた。
シェスターはその美しい光景をしばし呆然と眺めていた。
だがそんな素晴らしい情景は長く続かなかった。
塵芥を覆う氷の結晶がどんどんと大きくなっていったのだ。
初めは木製の床にぱらぱらと軽い音を立てて落ちていたものが、次第に音が大きく高くなって小石ほどの大きさの結晶となり、終いには握りこぶしほどの大きな結晶となって床を大いに打ち付けるようになっていった。
そして床の上にごろごろと転がる巨大な氷塊はその成長を止めることなく、隣り合った氷塊と次々に結合し始めた。
「やばい!なんとかしないと!」
シェスターは逸る気持ちを抑えつつ、氷結魔法を解除する方法を探るべく魔導書に手をかけた。
するとその瞬間、魔導書は瞬く間に凍りつき机ごと巨大な氷塊の一部となってしまった。
「しまった!……まずい!……なんで……なんで俺は解除の方法を先に読んでおかなかったんだ……」
シェスターは自らの行為の愚かさを呪いつつ、天に向かって叫んだ。
「誰か!……誰か助けて!!」




