第六十七話 最後の晩餐
「……ただいま」
シェスターはいつものように帰宅の挨拶をしたつもりであった。
しかし彼の母親は、大事な一人息子の普段とは異なる彼の声音に違和感を覚えたのか、それを見事に聞き咎めた。
「……おかえりなさい。どうかした?いつもと様子が違うみたいだけど……」
シェスターは驚き、慌てふためきながら弁解した。
「えっ!?……いや、別になにもないよ……何で?」
シェスターは答えに詰まった挙句に苦し紛れに母親に問い返した。
「何でって、声の調子がいつもと違うように感じたから……何かあったのかと思って……」
「いや、なんにもないよ。いつもと同じさ。心配ないよ」
「そう……それならいいけど……」
「本当だよ。本当になにもないって」
「そう……それならいいわ。じゃあお風呂に入ってらっしゃい。お父さんが帰ってきたらご飯にしましょう」
「わかった」
シェスターはなんとか母親をごまかせたことにホッと胸を撫で下ろしつつ風呂場へと向かった。
そしてシェスターがゆっくりと湯に浸かった後リビングへ戻ると、丁度タイミングよく玄関ドアを開けて父親が帰ってきた。
「ただいま。おっ!キッチンからいい匂いがしてるね?」
父親は、帰宅早々リビングに漂う芳しい料理の香りを、鼻腔をいっぱいに広げて大きく吸い込みながら言った。
母親は少しはにかみながら「お父さん、お風呂は?」とたずねた。
しかし父親はかぶりを振って否定し、「こんないい匂いを嗅いだら我慢できないよ。先に食事にしよう」と言ってすぐに椅子に座った。
そしてテーブル脇でたたずむシェスターを見やると、やさしく声をかけた。
「シェスターも早く座るといい。お母さんの料理、いつもながらに美味しそうだぞ」
シェスターは軽くうなずき、そそくさと椅子に座った。
すると母親は次々に美味しそうな料理をキッチンからテーブルへと運んできた。
「うん。やっぱり美味しそうだ。お母さんさすがだね」
「もう、おだてすぎですよ。お父さん」
母親は、そうまんざらでもない様子で言いいつつ、自らも椅子へと座った。
「ではみんなそろったことだし、食べるとしようか」
父親の楽しそうな合図に、母親は「ええ」と応答したが、一人シェスターのみは無言で心なしかうつむき加減であった。
それを見た母親は気にかかり、先ほどからシェスターの様子がおかしいことを父親へと告げた。
「お父さん、この子家に帰ってきた時からちょっと変なのよ」
すると父親は、すでに食べる気満々で手に取っていた、数種類の香草で長時間燻したボリュームたっぷりの美味しそうな肉料理の皿をゆっくりとテーブルに戻しながら言った。
「シェスター、そうなのかい? 何かあったのならお父さんたちに言っておくれ?」
やさしげで誠実そうな父親に真剣なまなざしで問われたシェスターは、またも慌てふためき必死に弁解するはめとなった。
「い、いや、何にもないって……ほら、母さんは心配性だから……いや、本当に何にもないから、心配いらないよ」
「そうかい?それならいいが……」
父親はそういって母親を見やった。
母親は父親と目を見合わせ、なにやら無言で会話をしたのち言った。
「わかったわ。でもなにかあったらその時は必ず言ってね。どんなことだって相談にのるからね」
シェスターはやり過ごせた安堵と、自らが両親に深く愛されている喜びとを同時に感じながら言った。
「ああ、わかったよ。母さん」
「……では改めて、食べるとしようか」
「ええ」
「うん」
父親は二人の顔を交互に見やってから笑顔で言った。
「では……いただきます」
父親の号令に二人も続いた。
「「いただきます」」
そうして楽しい夕食が始まった。
そしてこの日の食事はいつもよりも長く続いた。
シェスターは今日起こった出来事についてこそはなにも語らなかったものの、それ以外のことについてはよく喋った。
そして両親もまた、今夜はよく話した。
父親は仕事のことや、仕事仲間のことなどを。
母親はご近所づきあいのことなどを。
楽しい夕餉はそうしていつまでも長く続いた。
そしてこの日の食事が三人での最後の晩餐となった。




