第六十六話 魔法教本
1
「ちょっとそれ……みせてくれないか?」
シェスターは突然そう言ってセバスティアンに向かって右手を差し出した。
するとセバスティアンは躊躇なく「いいよ」と朗らかに同意し、「重いよ」と付け加えながら魔法教本をシェスターに手渡した。
シェスターは初め、右手一本で受け取るつもりだったがあまりの重さに断念し、左手を添えて両手でしっかと受け取ると、やおら周囲を見回し始めた。
するとシェスターの意を酌んだセバスティアンが一つ提案した。
「あそこの道を左に曲がってしばらくすると公園があるんだけど、その公園にはテーブル付きのベンチがあるからそこがいいんじゃない?」
セバスティアンが言ったのは魔法教本はとてもぶ厚くそれと比例して大変に重いため、立ったまま読むことなど出来はしないが、テーブル付きベンチならば本をテーブルに置いてゆっくり座って読むことが出来るからそこへ行こうという意味であった。
シェスターはすぐにそのことを理解し、セバスティアンと顔を見合わせて満足そうに頷いた。
そしておもむろにジョゼフに向き直って言った。
「ジョゼフはどうする?」
問われたジョゼフはしばしの間、顔をふせて考え込んだ。
そしてやおら顔を上げると、こう切り出した。
「おれは帰るよ!腹も減ったしな!」
ジョゼフはそう言うと満面の笑みを浮かべて、すぐにさよならの挨拶を二人にした。
「じゃ、また明日な!」
それを受けてシェスターとセバスティアンもほぼ同時に挨拶をした。
「ああ、また明日」「また明日ね」
ジョゼフは二人の挨拶を聞き終えるより早く駆け出した。
そして見る見るうちにその後姿は小さくなっていき、やがて夕暮れの中に静かに溶けていった。
シェスターはそれを見送るとセバスティアンに向き直り、言った。
「相変わらずジョゼフはせっかちだな。……だがまあそんなことより……悪いな、時間とらせて」
するとセバスティアンは両手を顔の前で大きく振りながら言った。
「ぜんぜん!気にしないでよ。だいたい僕はジョゼフみたいにせっかちでもなければ食いしん坊でもないしね」
そう言うとセバスティアンはいたずらっ子っぽく微笑んだ。
しかしシェスターは若干口角を上げて微笑みを造ってそれに応えたものの、その表情は依然として硬いままであった。
それを見たセバスティアンは言いようのない不安を抱えた気分のまま、シェスターと連れ立って目的の公園へと歩いていったのだった。
2
「これは凄いな。どうやらこの本には全ての魔法が載っているようだ」
シェスターはセバスティアンと公園のベンチにテーブルを挟んで向かい合わせで座り、教本をざっと一通り流し読みしてから、そう言った。
「うん。普通ならもっと薄い教本を渡すみたい。でも僕の場合は特殊だからあらゆる魔法が記載されているこのぶ厚い教本が渡されたんだ。もっともこれにも僕の特殊性がなにかは載ってないみたいだけどね」
「そうなのか……」
「うん。魔法士たちが言ってた。教本のどこを見ても載ってないって」
「そうか。それにしてもどう特殊なのかが判らないのに教本を使って魔法の練習なんかしてもいいものなのかな?」
「ううん。駄目だって言われたよ」
セバスティアンの予想外の言葉にシェスターは思わず調子っぱずれな声を上げた。
「へっ!?」
するとセバスティアンはシェスターの頓狂な声がよほど面白かったのか、相好を大きく崩しながらこう言った。
「魔法士の素質があると認められた以上、規則だから教本は渡すけど、魔法協会からの指示があるまで練習はしないようにって言われたんだよ」
「ああ、そうなのか」
「うん。追って協会から高位の魔法士が来て僕の特殊性について調べるから、それまでは教本は開かないようにって」
「なるほどな」
「だから、もしよかったらシェスター、その本持って帰ってもいいよ?」
シェスターはセバスティアンの突然の提案にひどく驚いた。
「えっ!いいのか?」
「だってもうだいぶ暗くなってきたけどまだ読み足らなそうだし……本当にシェスターって本読むの好きだよね?」
するとシェスターはなにやら多少ばつが悪そうな顔つきとなり、若干しどろもどろとなった。
「うん?あ、ああ、まあな……」
だがセバスティアンは気にせず、話を進めた。
「じゃあそういうことでいいかな?」
「ああ、悪いな。じゃあこの本借りさせてもらうよ」
「だいぶ重いけどね」
そう言うとセバスティアンはまたもいたずらっ子っぽく微笑んだ。
シェスターはそれに微笑をもって応えると、重そうな教本を両手で大事そうに抱えながらすっくと立ち上がった。
「じゃあ帰るとするか」
対してセバスティアンは手ぶらで軽やかに立ち上がりつつ言った。
「うん。そうしよう」
そして二人はゆっくりと歩き出し、ほの暗い宵闇の中、家路に着くのであった。




