第六十五話 資質
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「あっ……ごめんなさい……わたしまた倒れちゃった?」
老齢の保健医が頭の怪我に包帯を巻いている最中、ようやく目を覚ましたミランダが弱々しげに口を開いた。
「ふむ。目を覚ましたか。頭の怪我も大騒ぎした割にはちょっと出血しただけじゃし、大したことはなさそうじゃ。もっとも場所が場所なだけに注意が必要じゃが、保健室で当分の間安静にしておればおそらく大丈夫じゃろう」
「よかった!ごめんなさいねミランダ。すぐそばにいたのに気付いてあげられなくて……」
メルムは心底申し訳なさそうに謝罪した。
ミランダは慌てふためき、何度も大きく手を振りながら「ううん。私が我慢したからいけないの」と言って恐縮した。
その後、教師の差配によってメルムが付き添いとなってミランダは保健室へとゆっくり歩いていった。
その様子を心配そうに見ていたジョゼフが、ふとあることに気付いて言った。
「なあ、せっかく魔法士がいるんだから、ちゃちゃっと魔法でミランダの怪我をなおしてくれりゃあいいのにって思わないか?」
するとそれにセバスティアンが応じた。
「いや、たぶんあの人たちには出来ないよ」
「なんでだ?だって魔法を使えるから魔法士なんだろ?」
「うん。でも魔法は基本的に二系統あるからね」
「二系統?」
「攻撃魔法と防御魔法の二系統だよ。ジョゼフがいうところの魔法なんかは治癒魔法といって防御魔法に含まれるんだけど、たぶんあの人たちは攻撃系なんだと思うよ」
「攻撃系の魔法士は防御系の魔法は使えないってことか?」
「基本的にはそうらしい。もっとも両系統使える人もいるみたいだけどね。そういう人はたぶん魔導師クラスなんじゃないかな」
「なるほどな。魔法士クラスじゃ両方は使えないってことか。じゃあやっぱりあいつら下っ端だな」
「ハハハ、かもね」
セバスティアンはジョゼフの軽口に笑いながら傍らのシェスターに視線を移した。
するとそこには傍目にもがっくりと落ち込んでいるシェスターがいた。
セバスティアンはいぶかしみながら声をかけた。
「シェスターどうしたの?元気が……」
そこまで言ったところでセバスティアンはシェスターがミランダに思いを寄せていることを思い出した。
そしていくらそのミランダが意識を取り戻し、自らの足で保健室へ向かったとはいえ、一度は床に倒れ伏した様を見たのだから、シェスターがショックを受けても仕方がないことだとセバスティアンは早合点した。
そして横にいるジョゼフがそのことに気付き、またぞろシェスターを囃したてる様な真似をしないように、唐突に話を変えようとした。
「あっ!あれ見てジョゼフ。ガラントの奴ズボンのチャックが半開きだよ」
セバスティアンは彼らの担任教諭であるガラント先生の股間に、ジョゼフの意識を集中させることでシェスターの様子がおかしいことに気付かせまいとした。
そして、そのたくらみはあっさりと成功した。
「おっ!本当だ。あいつ普段威張りくさっているくせに、どこか間抜けなんだよな」
「うん。ねえジョゼフ。あれを女子が気付いて騒ぎ出したら面白いと思わない?」
「おう。そうなったら面白いな」
セバスティアンはジョゼフがガラント先生の股間に夢中になっていることにホッと胸を撫で下ろすと同時に、憂いに満ちたシェスターの横顔を眺め、フーッと一つため息を漏らすのであった。
2
「それにしても、まさかセバスティアンが魔法士になるとはな」
学校からの帰り道、ジョゼフは心底驚いた様子で言った。
「ちょっと待ってよジョゼフ。ぼくはまだ魔法士になったわけじゃなくて、その素質があるかもしれないってだけだよ」
セバスティアンは両手を振りつつ大慌てで否定した。
「そんなのもう決まったも同然だろ?まったくうらやましいったらないぜ。俺も魔法つかってみたかったな~」
ジョゼフはよほどくやしかったのか、天を見上げながらその場で地団駄を踏んだ。
「そんなにいいものじゃなさそうだよ。ほらこれ見て。さっきもらった魔法の教本だけど、こんなにぶ厚いんだよ。気が滅入っちゃうよ」
セバスティアンは辞書並みの重量を誇る魔法教本を重そうに両手に抱え、うんざりした様子をみせた。
しかし、心なしかその頬は若干ゆるみぎみであった。
それもそのはず、魔法士というものは生まれ持った資質が全てであり、いくら厳しい鍛錬を積もうと資質がなければ決してなれないのが魔法士であった。
つまりセバスティアンは選ばれし資質の持ち主ということであり、いかに教本がぶ厚かろうと実のところは悪い気はしていなかったのだった。
ところがジョゼフは、そんなセバスティアンの内心にはまったく気付かず、セバスティアンのうんざりした様子をまともに受けて怒りをあらわにした。
「なに言ってんだお前!魔法士だぞ魔法士!それもお前、数が少ない攻撃魔法の使い手だって言うじゃないか。うらやましいったらないぜ!」
「いやだから、まだ使い手になったわけじゃないよ。その資質があるかもってだけだって……」
セバスティアンは再び訂正しようとしたものの、ジョゼフは興奮しすぎてセバスティアンの話などまったく聞いてはいなかった。
「すっげーよなー!攻撃魔法の使い手って千人に一人位しかいないんだってよ。防御魔法が百人に一人の割合だから……まっ十倍すごいってところだな」
「……そんな単純な……」
「あっ!そういえばなんだっけ、お前の特性?」
「特性?あ~なんか氷結魔法の特性があるみたい」
「そうそうそれそれ。それもなんか氷結魔法の中でも特殊っぽいんだろ?」
「みたいだね。でもなんか魔法士の二人もよく判ってなかったみたいだけどね」
「ほんと頼りないよな~すごい長い時間二人で相談した挙句、『よく判らないが……特殊な氷結魔法の資質があるようだ……』な~んて言ってごまかしてたもんな?」
「そうだね……たしかにちょっと頼りなかったかも……」
「だろ?だいたいさ、特殊ってのがどんなものなのかが一番気になるっていうのにさ、それが判らないってんだから困っちゃうよな」
「そうだね。僕もそれはすごい気になるな……」
「だよな。だって本人だしな…………ところでさ……なんかセバスティアンのイメージと違うと思わないか?」
「うん?なにが?」
「いや、勝手な思い込みかもしれないけどさ。セバスティアンって治癒魔法のイメージならあるんだけど、攻撃魔法……それも氷結魔法ってイメージじゃないんだよな……」
「そう……なのかな?」
「ああ。俺はやっぱりセバスティアンは治癒魔法のイメージだな。だってお前って頭いいし、優しいし、なんか白衣でも着たらお医者さんて感じだしさ」
「そうかなあ?」
「そうだよ。少なくとも攻撃とか氷のイメージとかはないよ。それこそシェスターだったらイメージぴったりだけどな」
ジョゼフは、これまで静かに黙って二人の後を付いてきていたシェスターに向かって振り返りつつ言った。
すると突然振られたシェスターは、はじめは気付かずうつむいたままでいたが、一拍置いてからはたと気が付き、あわてて顔を上げてジョゼフと正対した。
そして必死に頭を働かせて、ジョゼフが言った言葉を思い起こそうとした。
「あ……ああ……そうだな。俺のイメージっぽいよな……」
するとジョゼフは、シェスターの間が微妙に空いたことにはまったく気付かず、我が意を得たりと得意満面に勢い込んで言葉を継いだ。
「だろ!ほらみろ本人が言うんだから間違いないぜ。やっぱり氷のイメージはシェスターだ。だってシェスターはいつだって冷静沈着でクールだもんな。なのになんでセバスティアンなんだろう?なんか変な感じだよな~」
暮れなずむ夕暮れ時、三人の影が石畳を長く大きく覆う中、ジョゼフは大きく首を横に傾けながら、ぶつぶつといつまでもつぶやき続けるのであった。




