第六十四話 魔法士
1
「誰だ、あの二人?」
ジョゼフが目を細めながら口火を切った。
「さあ、見たことないけど……シェスター知ってる?」
セバスティアンに振られシェスターは考え込んだ。
だが見知った顔ではなかったため、今度はメルムに振った。
「いや、見たことない顔だ。メルムはどうだ?」
「さあ、わたしも知らないけど……ミランダはどう?」
メルムの斜め後ろで所在無げにしていたミランダは、大きくかぶりを振りながら答えた。
「知らない。だってわたしほとんど学校来てないし……」
「そ、そうよね。そうだったわね。ごめんなさいミランダ。それにしてもあの二人誰なのかしら?」
メルムはめずらしく同様を見せたものの、すぐに取り繕って何事もなかったかのように振舞った。
だがジョゼフはそれを見咎め、千載一遇のチャンスとばかりに勢い込んで口撃を仕掛けようと口を開きかけたが、その企みはシェスターとセバスティアンによって間一髪阻まれることとなった。
なぜなら二人は、ここで再び面倒なことになってはという思いから、左右両脇からのひじ打ちによってジョゼフを黙らせたのであった。
あわれジョゼフは苦悶の表情を浮かべつつ、この日何度目かのうずくまりを経験することとなった。
するとちょうどその時、黒衣の男達が担任教師と共にシェスターたちの横を通り過ぎた。
その際、シェスターは黒衣の男達の背に負われた紋章を目にし、独り言ちたのだった。
「なるほど。彼らは魔法士か……」
シェスターは二人の男が纏う黒いマントの中央部分に大きく刺繍された鷹とアザミで構成された紋章に見覚えがあった。
シェスターの記憶が確かならばそれは魔法協会の紋章であった。
ゆえにシェスターは彼ら二人を協会所属の魔法士と断じたのであった。
「魔法士?」
セバスティアンはそんなシェスターの独り言を聞き逃さなかった。
「ねえシェスター、魔法教練って魔法士が付いてやるほど本格的なものなの?」
「どうもそうみたいだな」
「なんか……ちょっと怖いな……」
セバスティアンは黒衣の男たちが生来的に持ち合わせている『暗さ』に本能的な恐怖を感じたのか、軽く一歩後ずさった。
そしてシェスターたちもまたセバスティアンの言葉に引きずられたのか、皆一様に不安がった。
だがそこで彼らが普段よく見知っている若い担任教諭のがなり声が、だだっ広い体育館にこだました。
いつもならば耳障りな教師の声も、今ばかりはシェスターたちに安心感を与えた。
「びびることないぜ。魔法士って言ったってどうせ下っ端だぜ」
先ほどまでうずくまり悶絶していたジョゼフがいつのまにやら元気を取り戻して言った。
「下っ端かどうかは判らないがびびる必要がないってのは同感だな」
シェスターの言葉にセバスティアンも同調した。
「うん、そうだね。取って食われるってことはなさそうだね」
「そういうこと!どうせ何事もなく終わって肩透かしを喰らうに決まっているって!」
ジョゼフの威勢のいい言葉に皆一様に笑顔を見せる中、一人シェスターのみは一抹の不安を拭い去れないでいるのであった。
2
「はいっ!注目~!」
広大な体育館に担任教諭の大声が響き渡った。
生徒たちは皆、その教師の背後に陣取る黒衣の男たちに興味をそそられたものの、騒げば教師から叱責されることは明白だったため、皆おとなしく静まり返ることとなった。
するとそれに気をよくしたのか、教師は得意そうな顔をして後ろを振り返り、黒衣の男たちを気分良さげに紹介をし始めた。
「え~こちらにいらっしゃるお二人は、魔法協会所属の魔法士の方たちだ。みんなお二人の話をよく聞くように」
そう言うと教師は魔法士たちに軽く礼をし、前に出るよう左手でうながし、自らは後ろに数歩下がった。
魔法士たちはそれを受け一歩前に進み出ると、静かにそしてゆっくりと話し出した。
「みなさんはじめまして。私の名はネブカド。横にいるのがモルグ。今、先生がご紹介くださいましたとおり魔法協会所属の魔法士です。どうぞよろしく」
ネブカドが低く荘厳な口調で自己紹介を終えるや、生徒たちは一斉に「おお~」と大きくどよめいた。
生徒たちは皆、魔法士の存在そのものは知っていても実際に目の当たりにするのは初めてであり、どよめくのも無理からぬことといえた。
しかし魔法士たちはこの生徒たちの反応に馴れているのか顔色ひとつ変えず、さらに言葉を紡いだ。
「みなさん聞いていると思いますが、これから魔法教練を始めます。これはみなさんに魔法士としての素養があるかどうかを調べるためのものです。みなさん知っているかと思いますが、魔法というものは扱い方を間違えれば大変危険なものです。ですからみなさん、どうか私たちの言うことをよく聞いてください。いいですね?」
ネブカドの問いかけに生徒たちは皆一斉に元気よく返事をした。
その時、シェスターの視線にゆらゆらと揺らめくミランダの姿が飛び込んできた。
(どうしたんだ?……まさか貧血でもおこしたか?…………どうする?……俺……)
シェスターはさらにミランダの身体が大きく揺らぐのを見たにもかかわらず、つい視線をはずして傍らのジョゼフに向けてしまった。
そして改めてミランダに視線を戻したときにはすでにそこに彼女はいなく、ほぼ同時にドンッと大きな物音が体育館に鳴り響いた。
皆が一斉にその物音がした場所を注視すると、そこには薄倖の美少女ミランダが倒れ臥していた。
「ミランダ!どうしたの?ねえあなた大丈夫なの!?」
すぐそばにいたメルムがすぐさまミランダに抱きつき、一所懸命に声をかけた。
「ちょっと!!血が!頭から血が!ミランダあなた頭を打ったの!?ねえ返事して!!」
教師はすぐさま大声で保健の先生を連れてくるように生徒に指示を出しつつ、ミランダにあわてて駆け寄り大きな声で呼びかけた。
「おい!ミランダ!大丈夫か?!」
周囲の他の生徒たちもすぐにミランダの周りを囲って心配そうに声を掛ける中、ひとりシェスターのみはポツンとその場に呆然と立ち尽くしていた。
(なぜ俺は……彼女が倒れそうになっているのに気付いていたのに……彼女が倒れないように抱きかかえてやらなかったんだ……)
シェスターはその理由に気付きながらもそのことを認めることが出来ず、倒れ臥すミランダを見つめながら、自問自答を繰り返すのであった。




