第六十三話 黒衣の男たち
1
「そうか~いや~そうだったのか~あのシェスター君がねえ~」
「本当だねえ。僕もビックリだよ」
ジョゼフとセバスティアンの二人は、魔法教練が行われる体育館へと向かう道中も常にシェスターをからかい続けていた。
「まったく隅に置けない野郎だぜ。俺たちに一言いってくれれば力を貸すって言うのになあ。そうだろう?セバスティアン」
「ほんとうにそうだねえ。一言いってくれるだけで僕らは労を惜しまないというのにね」
二人のまったく心のこもっていない言葉をひたすらに聞き流していたシェスターであったが、いいかげんそろそろ我慢の限界が来ていた。
「……お前らしつこいぞ……」
シェスターの声が若干キレぎみに変わったと感じ取ったセバスティアンは、自らの安全な場所を確保するべく、ジョゼフと並んで歩くのを止め、一歩下がって後ろを歩くシェスターの真横へと、しれっと移動した。
だがジョゼフは、そんなセバスティアンの自衛行動にはまったく気付かず、先程メルムにこっぴどくやり込められたことも忘れて、いつまでも一人でシェスターを揶揄し続けていた。
「ぐふふふふ。いつもクールなシェスター君が秘かに熱い恋心を抱いていたとはね~。人は見かけによらないってのはまさにシェスターのことだな」
セバスティアンは気持ち良さそうに話し続けるジョゼフに対してシェスターの顔がどんどん険しくなっていくのを見て、もうまもなく怒りの臨界点に達するであろうことを悟っていた。
「むふふふふ。あのか弱い感じがシェスター君のお好みなのか~守ってあげたいな~とか思ってるわけだ~」
そして極限まで膨れ上がった風船が突如として破裂するときのように、それはいきなり起こった。
「ぐはっ!」
ジョゼフは突然うめき声を上げた。
次いで大きく身体を丸め、極端な前かがみとなって両手で股間を押さえている。
そしてその顔には、この世の地獄を彷彿とさせるほどの悶絶の表情を浮かべていた。
「うわ~痛そう。シェスター、いくらなんでもつま先を立てて股間を蹴り上げるのはひどいんじゃない?」
セバスティアンは、見ているだけでも痛みを感じるほどのシェスターの強烈な報復に対してやわらかく抗議をしたが、シェスターはまったく意に介さず、一切の感情を読み取れない無の表情でジョゼフの横をすたすたと通り過ぎていった。
「俺はしつこいのは嫌いだ」
冷徹な一言を放ち立ち去るシェスターを、セバスティアンは肩をすくめてやれやれといった表情で見送った。
そしてやおら腰を屈めて中腰の姿勢になると、うずくまって悶絶しているジョゼフの腰の辺りにそっと手をおき心からの同情の言葉をかけながら優しくさすってあげるのであった。
2
「ほらジョゼフ。ちゃんと言いなよ」
だだっ広い体育館のちょうど中央部分にいるシェスターを見つけたセバスティアンが、傍らのジョゼフをひじで小突きながら言った。
するとジョゼフはもじもじとした仕草でなにやら尻込みしている様子であったが、そこで再びセバスティアンにひじで小突かれたことでようやく決心がついたのか、ついに意を決してその重い口を開いた。
「ごめん!しつこく言い過ぎた。ゆるしてくれ」
ジョゼフは言葉を発すると同時に身体をくの字に大きく折り曲げることにより、言葉と態度の両方で深い謝罪の意を表した。
「ぼくも調子に乗りすぎてしまったと反省しているよ。だからゆるしてくれないかな?」
ジョゼフに続くセバスティアンの謝罪に、シェスターは仏頂面はそのままであったものの、受け入れる姿勢を示した。
「ああ、もういいよ」
するとジョゼフが真っ先に顔をあげ、満面の笑みを浮かべつつ勢い込んで言った。
「おっ!そうか、許してくれるか。そいつはありがたい!」
「ああ、よかった。ほっとしたよ」
二人はそう言うとお互いの顔を見合わせ安堵の表情を浮かべた。
だが、ほっとしたことで再びジョゼフの口がすべってしまった。
「それにしてもその仏頂面はなんとかならないのか?そんなんじゃミランダには……」
言うや否や、セバスティアンはジョゼフのほっぺたをぎゅっと強くつねり上げた。
「ジョ~ゼ~フ~」
セバスティアンの怒気を孕んだ鋭い声に、さすがのジョゼフも今度ばかりは肩をすぼめて小さくなった。
するとその姿を見たシェスターがぷっと吹き出した。
するとそれにつられるように二人も吹き出し、ついには周りの目も気にせず三人は大声で笑い出した。
そして三人のはじけるような笑顔と笑声がシェスターとジョゼフの間のわだかまりをゆっくりと溶かしていった。
三人は心地よい気分のまま床に寝そべり、いつまでも楽しそうに笑いあった。
だがそこで、彼らに水を差す者が現れた。
メルムである。
「あんたたちうるさいわよ。なに騒いでいるのよ。静かにしなさい。それともうすぐ先生がいらっしゃるわ。いつまでも床に寝そべっていないで立ちなさいよ」
すると、せっかくの清々しい気分を台無しにされたと思ったジョゼフが、メルムに食って掛かった。
「おいお前!何でもかんでもガミガミ言えば良いってものじゃないだろ!だいたいお前は……」
だがそんなジョゼフの怒りの声は、メルムのさらなる怒りの声によってかき消されてしまった。
「お前ってあんた一体誰に言っているのよ!わたしはあんたなんかにお前って言われる筋合いはないわよ!あんたみたいな馬鹿で間抜けなどうしようもない奴になんでわたしがお前呼ばわりされなきゃいけないのよ!冗談じゃないわ!今すぐ謝りなさい!!」
さきほどよりも激烈な口撃を繰り出すメルムにジョゼフは一瞬でたじたじとなり、すぐさまシェスターの背後に回りこんでその陰に隠れた。
シェスターはその変わり身の早さに苦笑しつつも助け舟を出してやることとした。
「メルム、どうやら先生方のご来場のようだよ」
シェスターはそう言うと同時に体育館の入り口を指差した。
見ると彼らが日頃見知った担任教師が体育館の入り口から入って来たのだったが、その後に続いて二人の見知らぬ男たちも入ってきた。
見知らぬ男たちは漆黒のマントを肩から羽織り、底知れぬ暗い眼差しでもって生徒たちを睥睨していた。
シェスターはそんな彼らの眼差しに、漠然と嫌な予感を胸に抱いたのであった。




