第四十五話 秘策
1
雑多な人混みを掻き分け、ようやく本部へと帰り着いたロンバルドたちは、現状を把握するため最も見晴らしの良い見張り塔の最上階にいた。
「酷いな。なんて酷い有様だ」
ロンバルドの嘆きに、シェスターが嘆息気味に応える。
「これはただの虐殺ですね。絶対的な強者による、逃れようのない絶望的な殺戮劇ですよ」
シェスターの言葉通り、千年竜による暴虐は、絶え間なくレイダム軍に襲い掛かっていた。
「お二人さん!ローエングリン軍が集結しているだなっす!」
見張り塔の真下に陣を張るローエングリン軍を見たロトスの言葉を聞いて、ロンバルドたちもその陣容を眺めた。
そして足下に広がる光景を見て、吐き捨てるようにロンバルドは言った。
「くそ!ゴルコスの奴、本当に軍を中央に集結させていやがる」
「これでは千年竜に襲ってくれと言っているようなものですね」
シェスターの言を聞いた、人の良さそうな赤ら顔の小男は、大層困り顔でドタドタと音を立てて右往左往した。
「それは大変だなっす。どうしたらいいんだか、困ったなっすなあ」
慌てふためくロトスを横目に、ロンバルドは諦め顔で半ば自分自身に言い聞かせるように言った。
「ロトス君、残念だがもはや我々に出来ることはもう、何もない」
ロトスはそれを聞いてさらに激しく動揺し、先程よりも大きく右往左往した。
「そうだなっすなあ。でも助けたいんだなっすなあ。わたすたちが生きのびることは大事だけんども、あの人たちを見捨てることは出来ないんだなっすなあ。このままわたすたちが諦めたら、あの人たちは無駄死してしまうんだなあ。だからわたすたちは、諦めたらだめなんだなっすなあ」
それを聞いたロンバルドは、豁然として大きく目を見開いた。
次いでゆっくりと何度もうなずき、そして強い口調で言った。
「ロトス君の言うとおりだ!彼らをこのまま無駄死させるわけにはいかん!まだ何か手は残っているはずだ。決して最後まで諦めずに考えよう、彼らが一人でも多く生き残れる方策を!」
「ええ。そうですね。そうしましょう」
ロンバルドの決意に応じたシェスターはそこで一旦言葉を区切り、次いでニヤリと微笑んだ。
「で、実は一つ良い手を思いつきまして。ただし、後々面倒なことになりそうな手なのですが、お二人共、覚悟はお有りですか?」
シェスターの問いに、二人は力強くうなずいた。
「では決まりですね。やるとしましょう。ですが、成功するかどうかの保障は出来ませんよ?」
「ああ、もちろん構わない。この状況下で成功の保障を求めたりなどするものか。とにかく、まずは動くことだ。どうせ我々三人は、この状況を黙って見過ごすことの出来ない人間だ。ならば動くことだ。そして少しでもこの状況を変えてみせようじゃないか。何故ならばこんな状況は、あまりにも理不尽なのだからな!」
2
見張り塔を降りたロンバルドたちは、階下で待ち受ける監視員のエルネスに尋ねた。
「今回の事変のそもそものきっかけとなった、九月九日の未明に起きた小競り合いでは、ローエングリンにも死者が出たのだったな?」
エルネスは手元のファイルを開き、ロンバルドに答えた。
「ローエングリン側の死者は、三名であります」
「で、その遺体は遺留品と共に、この本部へ運んだのだったな?」
「はい、そうです。遺体検分のために本部へ運びまして、医師に見てもらったのですが、残念ながら遺体の傷が生前のものか、それとも死後に付けられたものかは判明しませんでした」
「いや、傷のことはいいんだ。それよりも遺体は、今も本部にあるのかね?」
「腐敗しないように、本部地下に安置しておりますが、それがなにか?」
エルネスの回答に満足げな表情を浮かべたロンバルドは、次いで口角を上げて不敵な笑みを湛えて言った。
「ああ、実はその遺体に用があって、な」
3
「よいか!なにがあっても合図の狼煙が上がるまでは、決して散開してはならんぞ!」
ゴルコスの濁った怒声が、幕舎に響いていた。
それを聞く全ての者がうんざりとした心持ちであったが、上官の手前でもあ、誰一人表情に出すものはいなかった。
「聞いておるのか!断じて散開してはならんぞ!よいな!」
居並ぶ各部隊の部隊長たちは、それぞれの心中を押し殺して、一斉に声を合わせて返事をした。
「「「はっ!」」」
「よし!では出発じゃ!」
言うなり、ゴルコスの醜く肥え太った身体が宙に浮いた。
いや、正確にはゴルコスを乗せた輿を、四人の近衛兵たちが持ち上げた。
「ではな、くれぐれも狼煙が上がるまで、動くでないぞ」
そう言い残し、ゴルコスは輿に乗ったままゆったりと幕舎を出て行った。
心ならずも頭を垂れてゴルコスを見送った部隊長たちは、皆この後に待ち受ける己と、己の部下たちの運命を思い、それぞれに深く嘆息した。
何故ならばゴルコスの体重は、日頃の極端な不摂生により極度に重く、それを乗せる輿もまた実用性よりも華美に重きを置いた造りであり、大変に過重であった。
そのためゴルコスが安全圏に逃げ切ったと判断する距離にまで移動するには、膨大な時間を要すると彼らには思われ、いざ散開の合図の狼煙が上がる頃には一人として息のある者などいないであろうことが簡単に想像出来たからだった。
4
「ええい!もう少し速く移動できんのか?!」
自らが極度の肥満体である上に、もっとも重い木材といわれる黒檀製の輿に乗っていながらも、そんなことなど一切考慮に入れずにゴルコスは無慈悲に言い放った。
「はっ、申し訳ございませんでっす。これが精一杯でございますでっす」
輿を担ぐ四人の内のリーダー格と思われるものが、方言丸出しで苦しげに答えた。
「どういうことだ!これではいつもよりも遅いではないか!」
「はっ、一番の力自慢が見当たらず、代わりのものが担いでるっす」
「一番の力自慢じゃと?」
「はっ、アンヴィルのロトスでっす」
「ふん!貴様らは近衛兵とは名ばかりのただの輿の担ぎ手じゃ!力だけが自慢の田舎者の名前なぞ、このわしが一々憶えていられるか!むろん貴様もじゃ!」
「はっ……」
「ええい!誰であろうと構わん!とにかく急げ!急いで安全圏まで逃れるのじゃ!」
その時、逃走するゴルコスの後方で小さな砂塵が舞い上がった。
ゴルコスを警護する第十九近衛中隊の中でも最強との呼び声高い親衛隊三十名は、警護対象であるゴルコスを中心に円陣を敷いており、最後方を守っていた兵がその砂塵に気づき、大音声で全隊に第一報をもたらした。
「後方より騎馬!」
それを聞くや親衛隊は、瞬く間に後方警戒のために円陣を解き、輿の周りに四人だけを残して、後は全て後方にて二列の横陣を敷いて身構えた。
そして先程の者が、砂塵を巻き上げ近づく騎馬の頭数を確認して第二報を告げた。
「三騎!」
そしてさらに目を凝らして後方より迫り来る騎馬上の鎧兜を見極め、第三報を高らかに伝えた。
「我が軍の者です!」
すると緊張の面持ちで警戒態勢を取っていた親衛隊の者たちは、途端に弛緩し、緊張を解いた。
しばらくして三騎の騎馬が、二列横陣を敷く親衛隊に追いつくと、彼らの前で立ち止まり、即座に下馬して官姓名を名乗ってゴルコスへの面会を乞うた。
ゴルコスは地面に下ろされた輿の上で、さも不機嫌そうに言った。
「まったく、このわしの行軍を邪魔しおって。一体何の用じゃ?!ええい!早くこっちへ来んか!」
ゴルコスの言葉を受け、親衛隊は道を空けて三人を通した。
三人は急ぎ足で親衛隊の脇を抜けると、ゴルコスの面前に立った。
そして先頭の者がやおら兜の面頬を上げるなり、ゴルコスに用向きを告げた。
「いやなに、狼煙を上げようと思ってね」
頑丈そうな造りの西洋式兜の奥には、不敵に笑うロンバルドの笑みがあった。




