第四十四話 説得
1
「将軍、一塊になっているよりも、散開させたほうが生存率が上がると思いますが?」
ロンバルドは内心の怒りを抑え、ゆったりとした口調でゴルコスに語りかけた。
「ふん!誰がそんな手に乗るものか!」
「千年竜は、もっとも塊っている所を目掛けて攻撃を仕掛けています。今は対岸のこちらには気づいていませんが、一万五千のレイダム軍が総崩れとなれば、次は五千の兵が集結しているローエングリン軍へ向かってくるのは必定。今のうちに散開して千年竜の視界から軍を消し去ってしまうのがよろしいかと存ずるが?」
「それでは、私の守りはどうなる?」
「出来る限り、少人数であるべきでしょう」
ゴルコスはひしゃげた蝦蟇蛙のような顔つきになって考え込んだが、しばしの時を経て遂に結論を出すに至った。
「ふむ、よしいいだろう。全軍を集結させよ!」
ゴルコスの出した結論は、ロンバルドの進言とはまったく逆のものであり、遂に彼は感情を露わにした。
「何を馬鹿な!?全軍集結とは、一体どういうことですか!?私は散開させるべきだと申し上げたのですよ!聞いていらっしゃらなかったのですか!?」
「聞いていたさ。だから集結させるのだよ。私が少人数で逃げ切るまでの好餌としてな!安心しろ、私が安全圏に到達したところで、散開の合図の狼煙を上げてやるさ」
「正気か!?」
「無論、正気だ。兵などいくらでも代わりがおるが、この偉大なるバルク・ゴルコスの代わりはおらんのだからな」
「それが、一軍の将帥たる者の言い草か!」
「ふん、何を言うか。将帥のいない軍など、ただの烏合の衆に過ぎないではないか。指揮系統を失った軍など、崩壊あるのみだ。その意味でも、私は生き残らなければならんのだ」
「愚かなことを!兵を失って将帥のみが生き残るなど、愚の骨頂ではないか!」
「それを決めるのは貴様ではない!もうよい、こいつらを叩き出せ!それと、全軍集結だ!」
ゴルコスの命を受けた近侍の近衛兵らが、ロンバルドたちを排斥しようと近づいたが、彼はそれを威儀を正して制し、憤怒の形相でゴルコスに再度詰め寄った。
「待て、ゴルコス!貴様はローエングリン軍の将軍であると同時に、ゼクス教の枢機卿であるはずだ!神に仕える高位の者が、従順なる信徒たちを犠牲にし、自分のみが生き残るようなことをして、神が許すと思っているのか!」
「ふん、貴様ヴァレンティンの者ならば、どうせ無神論者であろうが。その分際で、何を勝手に神の御心を語っているのだ。だがまあいい、答えてやろう」
ゴルコスはただでさえ醜い顔を、口角を上げることでさらに歪ませ、ねめつけるような視線でロンバルドを捕らえて言った。
「よいか?これは聖戦なのだ!賢しらに理を唱え、恐れ多くも聖典に勝手な解釈を加えんとする愚昧なる異端信徒どもを、悉く誅滅せしめんがための戦いなのだ!たとえ最後の一兵となりとても戦い尽くさんという時に、指揮する者がおらなんだではすまされん!いかに我が信徒たちに多大なる犠牲を出そうとも、それは致し方なしというべきであろう!」
「詭弁だ!そのような手前勝手な言い分が通るとでも思っているのか!」
「ええい、煩いわ!もはや貴様と話すことなど何も無い!おい!とっとと、こいつらを叩き出せ!」
ゴルコスの二度目の命令に、近衛兵たちは意を決してロンバルドたちに詰め寄り、遂に羽交い絞めにして彼らの自由を奪った。
ロンバルドたちは必死の抵抗も虚しく、幕舎の外へ連れ出された。
そんなロンバルドたちと入れ替わりに、伝令将校たちが幕舎内へと次々に入っていく。
そしてすぐに伝令将校たちは、次々に幕舎を出ては颯爽と馬に跨り、方々へと散っていった。
ゴルコス近侍の近衛兵たちによって身動き一つ取れずにいたロンバルドたちは、ただそれを指をくわえて見守ることしか出来なかった。
ロンバルドたち一行は、そのままローエングリン陣の外へと連れ出されてしまった。
2
ロンバルドは企てが全て徒労に終わり、完全に意気消沈していた。
「やられましたな」
ロンバルドと同様に意気阻喪しているシェスターの言に、ロンバルドは返す言葉が思いつかず、暫くたってから大きな溜息と共に力なく『ああ』と答えるのが精一杯であった。
さらに暫く後、ロンバルドは仕方ないといった風情で言った。
「とりあえず、一旦監視団本部に戻ろう」
「ええ、そうですね。ローエングリン陣内へは恐らく二度と入れてくれないでしょうし、そうするしかないですね」
シェスターの言葉通り、陣の前には厳つい顔の近衛兵たちが抜け目無く配置されており、ロンバルドたちを二度と中へは立ち入らせないよう、不退転の決意を持って睨みつけていた。
ロンバルドたちは後ろ髪を引かれる思いながらも、陣を後にして、監視団本部へ向かって足早に歩き始めた。
暫くすると、連れ立って歩くロンバルドとシェスターの背後から語りかける者がいた。
「まあ仕方ないでなっす。気を落とさないで欲しいんだなっす」
ロンバルドとシェスターはほぼ同時に勢いよく振り向き、やはりほぼ同時にユニゾンで言った。
「「ロトス君!?」」
そこにはアンヴィルのロトスが、はにかんだ顔で立っていた。
「君、付いて来ていたのか?」
ロンバルドの問いに、ロトスはいつもの赤ら顔をさらに赤く染め、恥ずかしそうに頬を指でぽりぽりと掻いた。
「はあ、そうなんだなっす」
「そうなんだなっすって、戻らなくてもいいのかい?」
「はあ、まあ成り行きだなっす。わたすの生まれたアンヴィルの村には『流れに逆らうことなかれ』という教えがあるんだなっす。なので、戻らなくてもいいんだなっす。どうせ混乱していることだし、一人ぐらい居なくても判らんだなっす。ですんで、付いて行ってもいいでなっすか?」
「まあ、君がそういうのならば、こちらは一向に構わんが」
「それでは、よろしくお願いするでなっす」
「ああ、こちらこそよろしく」
調子が狂った様子のロンバルドを見て、シェスターが軽く咳払いをした。
それを聞いてロンバルドも調子を取り戻そうと一つ咳払いをし、改めて威儀を正した。
「よし!急ぎ監視団本部へ戻るぞ!」
こうして三人は一路監視団本部へと戻るために、大変な勢いで出店をたたむ商人たちでごった返すメインストリートを、足早に駆け抜けた。
3
「カルミスよ、やはり奴を操るのは容易ではないようだな」
エスタより西に数キロほどのところにある小高い丘の上で、司教のレノンが虚空へ向かって語りかけた。
すると先程まで何も無かったはずの空間が突如蜃気楼のように揺らめき、そこからカルミスの低くくぐもった声が聞こえてきた。
「はっ、申し訳……ござい……ません」
空間から漏れ響くカルミスの声は、何者かと格闘でもしているかのような非常に力んだ様子で、言葉が途切れ途切れになりながらも、なんとかレノンに答えていた。
「いや、構わん。最初からうまく奴を制御出来るなどとは思っておらぬ。ゆえに私は、首都への援軍要請をこれまで全て握りつぶして来たのだ。結果、奴を制御出来るならば我が軍の損害はなし。出来なくとも、我が軍の損害は最大でもゴルコス配下の第七軍の五千人だけだ。対するレイダムは三軍併せて一万五千、子供でも判る単純な計算式だ。最悪、両軍共に全滅となったとしても、大きな問題はない」
「はっ……しかしながら……出来得る限り……制御せんと……試み……まする」
「うむ、次のこともある。せいぜい練習に勤しむが良い」
「はっ……それでは」
カルミスが言うなり、揺らめきは収まり、空間は元通りの虚空へ戻った。
レノンは遠くエスタの惨劇を眺めながら、ほくそ笑む。
「構わぬぞ|千年竜よ。醜悪なるゴルコスも、小生意気なシュナイダーめも、第七軍と共にまとめて燃やし尽くしても、我は一向に構わぬぞ」
そんなレノンの青白き相貌の上には、多くの人の生命をその手に握った権力者特有の恍惚が浮かび上がっていた。




