第二千九百十八話 パルスス
黄龍は途中いくつも枝分かれし、雲を突き抜け、遥か上空を駆け巡る。
炎が空気を巻き込んで起こす低くくぐもった燃焼音と、電流が爆ぜる爆発音とが、五万の大軍を威圧する。
ガイウスは眼下の軍を睥睨するなり、満足げに笑みを見せ、矛を収めることにした。
ガイウスは役目を終えた両腕を下ろすなり、下降をしはじめる。
そして、馬上のガレーシャと同じ目線まで下りるなり、言った。
「どうだった?」
ガレーシャはガイウスを睨みつけた。
だが、言葉は出なかった。
歯噛みして唇を噛む。
と、後方から騎馬が一騎、ゆっくりと前に進み出てきた。
ガイウスは「おや?」という表情を見せるも、何も言わずに馬上の男を見た。
糸のように細い目をした面長の男だった。
男は悠然と前に進み出ると、ガレーシャの斜め後ろの絶妙な位置で手綱を引いて、ピタリと馬を止めた。
「殿下、ここはひとまず御退きになられた方が、よろしいかと」
澄んだ通る声で、男は言った。
ガレーシャはわずかに首をひねり男を見ると、苦々しそうに言った。
「黙れ、パルスス」
パルススと呼ばれた男は、かなりきつめにガレーシャに言われたものの、まったく意に介さず、引かなかった。
「そうは参りません、殿下。この者の魔法は、人智を超えております。ぶつかれば、大量の死者が出ましょう。それは避けるべきかと」
ガイウスはうんうんとうなずき、内心で『そうそう』と呟いた。
ガレーシャは首を横に振った。
「陛下から、マンドを攻略しろと命を受けている。たった一人に怯えて撤退など出来るものか」
「確かにマンド攻略の下命は受けておりましょうが、このような魔導師の存在は、陛下もご存じだとは思えません。ならば不測の事態ということで、撤退することは可能でありましょう」
「可能かどうかではない。一人を相手に撤退は恥だと言っている」
「人数の問題ではないかと。力量の問題にございます」
「この者は、たった一人で五万に匹敵するとお前は言うのか」
「さようです。はっきり申し上げて、この者が弓の届かぬ上空高くから先ほどの魔法を繰りだしたら、我々はお手上げです」
パルススは実際に両手を挙げて、おどけたような仕草をした。
ガレーシャは顔を真っ赤にして、怒った。
「強弩があろう!」
パルススは、今度は両手を横に大きく広げた。
「無理です。あの火柱に雷、共に天高く昇っておりました。あの距離を取られたら、強弩でも到底届きません」




