5 特等席
翌朝、レオンハルトは普段通り優秀なお坊ちゃんに戻っていた。
普段通り昼過ぎまで惰眠を貪っていたゼーは、主のいない部屋の中で伸びをする。
いつもなら、このまま二度寝、三度寝と決め込むところだ。
しかしこの日は軽やかにベッドを降りた。
部屋の扉はしまっていたが、ゼーが尻尾を揺らすと軽く開いた。
その隙間からするりと抜け出し、ゼーはレオンハルトの匂いを追う。
ついでに、施錠も忘れずに。
変な侵入者が来ても困る。
意外と遠くの部屋にいるらしく、歩いている途中でゼーは面倒になってきてしまった。
少し休憩しようとその辺に丸くなると「おや?」と聞きなれた声がした。
片目をうっすら開け、声の主を確認する。
ネルトだ。
ネルトはゼーをそっと抱き上げ、あろうことか来た道を引き返そうとする。
ゼーは慌ててネルトの腕から滑り落ちた。
せっかくここまで来たのに、また振り出しに戻されてはたまらない。
ネルトは普段なされるがままのゼーの初めての反抗に戸惑いつつ「坊ちゃまを探しておられるのですか?」と問いかける。
軽く尻尾を揺らして返事をすると、どうやら通じたらしい。
少し考え込む仕草をしたあとで、仕方なさそうに抱き上げて進行方向に向かって歩き始めた。
(らくちん、らくちん)
うつらうつらしながらしばらくすると、ネルトは一つの部屋の前で立ち止まった。
そして軽くノックをすると、レオンハルトの返事が返ってきた。
開いた扉の先で、レオンハルトは驚いた顔をしていた。
それもそうだろう。
普段部屋で寝てばかりいる愛犬が、執事の腕に抱かれてやってきたのだ。
「どうした?」
手にしていたペンを放り投げ、レオンハルトはゼーに駆け寄る。
「どこか悪いのか?」
「いえ、坊ちゃまを探して外に出ていたようで」
「は?俺を?……部屋の鍵はしまっていなかったのか?」
「確認したところ、施錠はされていたそうです」
「じゃあどこから……」
レオンハルトとネルトは顔を見合わせて首を傾げた。
そのすきに、ゼーはネルトの腕から抜け出し、レオンハルトの足元にすり寄る。
自身を見上げる青い瞳に、レオンハルトは頬を綻ばせた。
「なんだよ、甘えにきたのか?」
そう言って抱き上げた身体は、春の陽だまりのような温かさだ。
「ここにいるなら、いい子にしてるんだぞ?」
レオンハルトはそう言って、ゼーの頭を撫でまわす。
ゼーが軽く尻尾を振って返事を返すと、レオンハルトはゼーを抱いたまま座り、膝の上にゼーを寝かせた。
どうやらここが、今日のゼーの特等席らしい。
昨夜のことが嘘だったみたいに、今日のレオンハルトは普段通りだった。
きれいに伸びた背筋、真面目な表情。
レオンハルトの膝の上は居心地がよく、ゼーはうつらうつらとまどろみ始めた。
それに気づいたのか、時折レオンハルトが優しくゼーの頭を撫でてくれる。
5分もたたないうちに、ゼーはすっかり眠りの中に落ちていった。




