4 怒り
王子からの呼び出しで登城したレオンハルトが帰ってきたのは、夜も更けてからだった。
扉の開く音で、ゼーは目を覚ました。
(なんか、元気ない?)
いつもは部屋に入るなり駆け寄ってくるレオンハルトが閉じた扉の前に立ち尽くしたまま動かないので、ゼーは不思議に思う。
そのままズルズルとしゃがみこんでしまったレオンハルトの足元に近づいてみると、その肩が小刻みに震えていることに気づいた。
怒っているのかと思ったが、ポツリと水滴の落ちる音が聞こえて、違うのだと察した。
膝に顔を押し付けるようにして、レオンハルトは泣いていた。
声を押し殺しながら、拳を握りしめている。
多少機嫌の悪いレオンハルトを見たことはあったが、こんな風に涙を流す彼をゼーは見たことがなかった。
戸惑いが大きかったから、つい反射的にゼーはレオンハルトの足元に体をこすりつけていた。
レオンハルトは驚いたのか、大きく肩を揺らしてから、そっと顔を上げる。
涙でぐちゃぐちゃになったその瞳に、ゼーの姿が揺らめく。
「なんだよ、慰めてくれてんのか?」
歪んだ笑顔で、レオンハルトはゼーに手を伸ばして抱き上げる。
ゼーは、そんなレオンハルトの涙を拭うように、その頬を舌で舐めた。
「くすぐってぇ」
くすくすとレオンハルトが笑う。
今までゼーがレオンハルトの頬を舐めたことなど、一度もなかった。
それどころか、来るもの拒まず、去る者追わずな態度のゼーが、レオンハルトに対してじゃれついてきたことすらない。
それなのに、こんなタイミングで。
こんなん余計泣いちまう、そう思いながら、泣き笑い。
ゼーも、自分自身の行動に驚いていた。
ゼーにとってレオンハルトは、勝手に世話を焼いてくるただの子どもに過ぎなかった。
多少の義理は感じていても、泣き顔を見ただけで体が動くだなんて思いもしなかったのだ。
「大丈夫。ちょっと嫌なことがあっただけだから。すぐとまるから、もう少し、このまま……」
そういうレオンハルトの声はまだ震えたまま。
嫌なこと、そうレオンハルトはいったけど、彼の表情は明らかに恐怖に染まっていた。
どんな怖いことがあったのだろう、そう思うと、ゼーは胸の奥から何かがにじみ出るような気がした。
泣き疲れたのか、限界だったのか、そのまましばらくするとレオンハルトは床に座り込んだまま眠ってしまった。
涙に濡れた頬。
冷たくなった指先。
レオンハルトをじっと眺めていると、ゼーはようやく理解した。
(これは、怒りだ)
自覚すると、よりそれは強くなった。
ゼーは、レオンハルトが傷つけられたことに怒っているのだ。
ゼーはため息を吐いて、尻尾を揺らした。
すると小さな身体は白い煙に包まれて見えなくなる。
揺らめく煙の中から姿を現したのは、ふわふわの毛玉のような小動物ではなかった。
腰まで伸びたウェーブがかった白髪、すらりと伸びた長身。
月の化身のようなその男は、レオンハルトの体を軽々持ち上げ、ベッドにそっと寝かせた。
涙のあとをそっとぬぐい、レオンハルトの寝顔をじっと見つめる。
「いじめっこには、罰を与えなきゃね」
そう冷たい声で呟いた彼は、再び白い煙に包まれた。
子犬の姿に戻ったゼーは、レオンハルトの布団の中に潜り込んで、眠りについたのだった。




