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3 下心

 何気ない毎日は、流れるように過ぎていく。

 レオンハルトはその日の授業を終え、ようやく自室へと戻ってきた。

 我が物顔で自分のベッドの上を陣取るゼーの横に腰を下ろし、その頭を撫でた。


 レオンハルトは15歳になっていた。

 ぐんぐん伸びた身長は疾うの昔に母を抜き、父に迫る勢いだ。

 それでも、母親似の整った顔立ちは中性的で、物語に登場する王子様のような風貌である。


 対して、ゼーの姿は3年前から変わらない。

 白い毛玉のようなふわふわの体も、小さな身体も、あの頃のままだ。


(子犬かと思ってたのに、ただの小型犬だったんだな)


 それでも、レオンハルトの愛情は変わらなかった。

 庇護欲を掻き立てるその小さな存在は、いつだって彼の心を癒した。


 レオンハルトは、ゼーを膝にのせて、その柔らかな毛をブラシでとく。

 ゼーは心地よさそうにレオンハルトの膝の上で尻尾を揺らしていた。


「お前はほんっとうにかわいいな」


 上機嫌でブラッシングを続けていると、扉をノックする音が響いた。

 部屋に入ってきたのは、執事のネルト。

 幼少期からレオンハルトの専属執事として仕えているネルトは、レオンハルトがゼーを保護したときにいっしょにいた執事だ。

 甲斐甲斐しくゼーの世話を焼くレオンハルトの姿に、ネルトは目を細める。


「坊ちゃまにお手紙が届いております」


 ネルトが差し出した封筒には、見慣れた封蝋印。

 レオンハルトは忌々しげにそれを一瞥したあと「見なきゃダメ?」とネルトに訊ねる。

 ネルトが「お願い致します」と差し出すと、渋々手に取った。


 ゼーはレオンハルトの膝に乗ったまま、手紙に視線を落とす彼を見ていた。

 普段ゼーに向ける甘い顔とは全然違う、苦々しい顔。

 それを見ていると、ゼーは不思議と胸の奥がざわつく感覚に陥ったが、面倒なのでその理由を考えることは放棄した。


「ほんっとしつこい。なんで俺があいつに付き合わなきゃなんないわけ?まじで無理なんだけど」

「相手が相手ですので」

「わかってるけど!……わかってるけど嫌いなもんは嫌いなの!」


 レオンハルトがこうして本音をこぼす相手は、ネルトくらいのものだろう。

 この数年で、レオンハルトはさらにうまく取り繕うことを覚えた。

 社交界へ出る機会が増えたことも影響しているのだろう。

 それでも、苦手な相手がいないわけじゃない。

 レオンハルトはその手紙の送り主が、心底嫌いだった。


 この国の第一王子。

 将来、側近として支えるであろう相手。

 それでも、この上ないほど甘やかされて育ってきた彼は、乱暴で、わがままで、他人の気持ちなんて一切考慮しないただのクズ。


 それでも口にできないのは、彼が王族だから。

 公爵家嫡男の立場をもってしても、抗えばただではすまない。


「……行きたくないなぁ」


 レオンハルトはそうぼやいて、ゼーの背中に顔をうずめる。

 最近、王子からの呼び出しが異様に多い。

 それどころか、なぜか熱っぽい視線を感じる気がする。

 自分が中性的な顔をしているのを理解しているからこそ、王子の下心が透けて見えて鳥肌が立つ。


「権力あるんだから、好みの女なんて選びたい放題だろうに。なんで俺に絡んでくるんだ」

「坊ちゃん……」

「……悪い。なんでもない」


 漏れ出た泣き言に情けなくなり、レオンハルトは自身の両頬を軽く叩いて気合を入れる。


(嫌だから逃げるなんて二流のすることだ。どんな困難も乗り越えてこそだろ)


 そう思い込もうとしても、レオンハルトの憂鬱が消えることはなかった。

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