2 愛玩
ゼーは、驚くほど生存本能の低い犬だった。
基本寝てばかりいて、ろくに食事をとろうとしない。
病気ではないかと獣医の診察を受けたこともあったが、体に異常はなく、ただただ怠惰な性格なのだということがわかった。
もちろん活発に走り回るということもなく、鳴き声を聞いたものもいない。
そんなゼーを、レオンハルトはますます気に入った。
ゼーが普通の犬と違えば違うほど、興味をそそられる。
ゼーはレオンハルトが多少乱暴に抱き上げても、撫でくりまわしても、めんどくさそうに尻尾を振るだけだった。
まるで、逃げるほうがめんどくさいとでもいいたげで、それが生意気でかわいい。
レオンハルトが口元まで餌を運ぶと、気だるげに口にするのもまた、レオンハルトの心をくすぐった。
「よくこんなんで生きてこれたなぁ、お前」
呆れと愛情の混じり合った、少し甘い声。
レオンハルトの大きなベッドの中心で丸くなっているゼーに添い寝しながら、レオンハルトはその柔らかな背中に顔を埋める。
日だまりに包まれているような匂い。
シャンプーで洗っても、この香りは変わらなかった。
「やば、このまま寝ちまう」
がばっとレオンハルトが身体を起こす。
今はまだ、昼食後の休憩時間。
午後からは魔術の講義が詰まっている。
貴族の子女は、10歳から魔術の訓練を開始する。
平民でも生活に必要な最低限の魔術くらいは使えるが、貴族は国のためになる魔術を身につけなくてはならない。
そのために10歳になると自身の魔術適性を調べ、それに特化した教育を受けることになる。
レオンハルトの魔術適性は、風と闇。
基本的に適性は1人につき1種類だが、まれにレオンハルトのように複数の魔術適性を持つものがいる。
魔術は適性のないものでも、頑張れば初級くらいはマスターできる。
しかし中級以上ともなると、適性を持っていなければ困難だと言われている。
ただ、レオンハルトは魔術においても天才だった。
適性のない魔術においても、中級までは卒なくこなせる器用さが、レオンハルトにはあった。
さすがに上級までは無理だったが、国の最高機関の一つである魔術省から熱烈なラブコールを受けるほどだ。
もちろん、適性のある魔術は上級まで難なく使いこなせる。
最近は複数の属性を組み合わせた混合魔術の訓練に取り組んでいるが、今のところ躓くこともなく上々の成果を上げていた。
同年代の貴族子女たちの数歩先を行くレオンハルトにとって、1日程度授業をサボったところでなんの支障もない。
それでもレオンハルトが手を抜くことはなかった。
そうした慢心が、身を滅ぼすこともあるのだと知っている。
「ゼー、行ってくる」
よしよしと撫でた身体は極上のふわふわ具合で、レオンハルトは満足気に微笑んだ。
つまらない毎日だけど、このかわいい愛玩動物に癒される日々は嫌いではなかった。
※
(どうして、オレに構うんだろ)
ゼーは部屋を出ていくレオンハルトの背中をぼんやりと眺めていた。
気持ちいい木陰を見つけて昼寝をしていたあの日、不意に生意気そうな子どもに絡まれてしまった。
抵抗するのも面倒でなされるがままでいたら、いつの間にかペットとして飼われていた。
抜け出すことはいつでもできるが、ゼーにとって存外ここは居心地がよかった。
ベッドはこの世のものとは思えないくらいフカフカで柔らかいし、勝手に風呂にも入れてもらえる。
ごはんを食べるのが面倒くさくてだらけていると、口元まで運んでくれる。
ここまで徹底的に世話を焼かれて、甘やかされるというのは初めての経験だったが、極力何もせずに眠っていたいゼーにとっては理想の環境だ。
レオンハルトがちょっかいをかけてくるのは面倒だが、キラキラした瞳で慈しまれるのは悪くない。
だから、相応のお礼はしてあげる。
ゼーだって、その程度の義理を果たすことはできる。
バシン!
ゼーが、布団に尻尾を叩きつけると、天井裏で男がうめき声をあげた。
レオンハルトの部屋には、たまに誰かが忍び込んでいる。
様子を探っているだけか、はたまた命を狙っているのかはわからない。
ゼーがもう一度尻尾を叩きつけると、天井裏の男は床にあいた穴の中に吸い込まれて消えた。
男の行方など気にもせず、ゼーはあくびをかみ殺す。
(退屈)
そう思いながら、ゼーは重い瞼をおろす。
そうして室内には、柔らかな寝息だけが響いていた。




