1 出会い
白くてふわふわ。
両手におさまる小さな温かい身体。
警戒心の欠片もなく、ぼんやりと見上げてくる瞳。
「犬?」
疑問符がついたのは、頭の中にある犬種のどれにも当てはまらなかったから。
腕の中で大人しくしている小動物が、不意に少年の腕の中から引き抜かれる。
少年は不満げな顔で斜め上を見上げ、唇を尖らせた。
「何すんだよ」
少年の睨みをものともせず「危険ですから」と一蹴したのは、少年の執事だ。
得体のしれない生物が、主人に危害を加えないとは限らない。
大人しくしているからといって油断しているようでは、公爵家の執事は務まらない。
「大丈夫だって」
「いいえ。御身に何かあってからでは遅いのです」
「ほんっと、過保護っつーか、お堅いっつーか」
少年は盛大にため息をつき、執事の腕の中のそれを覗き込む。
しばらく眺めたあと「よし!」と声をあげる。
「決めた!こいつ、俺のペットにする」
「しかし……」
「危ない動物じゃないか検査でも何でもすりゃいいだろ。こいつふわっふわだし、なんかいい匂いするし、気に入った!な、お前、うちの子になるか?」
公爵家の一人息子として、欲しいものは何でも与えられて育ってきたからか、少年に諦めるという選択肢はない。
執事は軽くため息をつき、小動物を抱えたまま軽く頭を下げた。
「坊っちゃんの仰せのままに」
※
少年の名前は、レオンハルト。
ロックウェル公爵家嫡男、正真正銘のお坊ちゃんだ。
まだ12歳という若さでありながら、頭脳明晰、文武両道、さらに容姿端麗とまでくれば、まさに天に愛されているといえよう。
その本質は自分の思い通りにならないと気がすまないわがまま坊っちゃんだが、普段はその牙を上手く隠している強かさも、彼の才能の一つと言えるだろう。
幼い頃から、挫折することなく育ってきた。
公爵家嫡男として幼少期から高度な教育を受けてきたが、レオンハルトにとっては些末事だ。
同年代の子どもが何ヶ月もかけて身につけることを、レオンハルトはほんの数日で習得していった。
そんな手応えのない日々だからこそ、少年はいつも思っていた。
(……ああ、つまらない)
どんなに一流のものを与えられても、称賛の声を手にしても、いつも何か物足りなさを感じていた。
そんな彼が久々に興味をひかれたのが、件の小動物だった。
コンコンとノックの音が響き「失礼いたします」と執事が部屋の扉を開けて入ってきた。
その手には、大きめのかごを持っている。
レオンハルトがかごを覗き込むと、先程の小動物が気持ちよさそうに眠っていた。
「検査の結果、病気などは持っていなかったため、旦那さまより飼育の許可がおりました」
検査とともに、風呂に入れられてトリミングまで施されているそれは、先程よりもふわふわしているように見える。
「ところでこいつ、結局なんなの?犬?」
「はい。おそらく雑種だろうとのことです」
「雑種かよー。新種だと思ったのに」
そんな悪態をつきながらも、レオンハルトの表情は好奇心に満ちている。
「名前、何にするかなー」
子犬の柔らかな身体を撫でながら、レオンハルトが呟く。
「てか、オス?メス?」
そう言って抱き上げて、股間を確認する。
「お、オスだ」
そうして子犬を抱きかかえ「ライ、ロア、ハル……うーん」と思いつくままに名前を羅列する。
しかしどれもピンとこないのか、首をひねったままだ。
「何がいいかなぁ……ん?」
レオンハルトの腕の中で、子犬が身じろぐ。
気だるげに開いた瞳が、レオンハルトをじっと見つめる。
まるで深い深海のような、もしくはよく晴れた青空のような、鮮やかな青い瞳。
(すっごいきれい)
レオンハルトはしばらく見惚れていた。
そしてにっと笑って「決めた!」と目を輝かせる。
「お前の名前はゼー!古い言葉で海って意味。どーだ?」
「素晴らしい名付けかと」
「だろ?」
レオンハルトは自慢げに笑い、ゼーの鼻先に顔を近づける。
「これからよろしくな、ゼー」
ゼーと名付けられた子犬は、理解しているのかいないのか、ぼんやりとレオンハルトを見つめていた。




