10 感謝
邸宅に戻ると、いつのまにか父が指示していたらしく、ゼー専用の部屋ができていた。
子犬の姿でも人間の姿でもくつろげるようにと、大きなベッドからふわふわのクッションまで取り揃えられている。
しかしそんな豪華な部屋を見て、ゼーは眉を顰めた。
「いつもの部屋の方がいい」
きっぱりと言い切られては、どうしようもない。
ゼー専用ルームは、一度も使用されることなくその役目を終えることになったのだった。
部屋に戻りたいというゼーは、なぜかレオンハルトに抱き着き、そのまま体重を預けてくる。
何事かと思ったが、そういえば、普段ゼーはほとんど動かないので、移動するときはレオンハルトやネルトなんかに抱っこされてばかりだ。
つまり、このまま部屋まで連れて行ってほしいというサインだろう。
レオンハルトは自分と同じ体格の少年を抱きかかえることに違和感を覚えながらも、ひょいっとゼーを抱え上げた。
普段から学問だけでなく鍛錬にも励んでいるから、この程度は苦にもならない。
ネルトが代わりを申し出たが断り、父に挨拶をしてから部屋へと戻った。
ゼーの身体は大きく、そして重くなったけど、こうして抱えていると温かさや匂いは変わらない。
長い廊下を歩きながら、レオンハルトはふわふわした気分だった。
(王子が来たときは、絶望的な気分でここを歩いてたのに)
ウォルターにもう煩わされずに済む。
そう思うと、レオンハルトの心は軽くなった。
もう無理に腕をひかれることも、押さえつけられることもない。
それでも、昨日のウォルターを思い出し、背筋が冷えた。
首を振って忘れようとしても、一度思い出してしまったせいか、頭の片隅から消えない。
そんなレオンハルトの頭を、ポンポンと誰かが叩いた。
レオンハルトに抱かれたままのゼーが、優しい手つきでレオンハルトを慰めている。
それがなんだか恥ずかしくて、でもうれしくて、レオンハルトはただ、部屋までの道のりをゆっくりと歩いた。
部屋に戻ったゼーは、しゅるりと子犬の姿に戻り、ベッドの中心に丸くなった。
そしてすぐに、規則的な寝息を立てはじめる。
「……これが、白狼様かぁ」
「不敬に当たりますよ」
「でもただの子犬にしか見えないだろ」
ゼーの寝顔を眺めながら、レオンハルトがぼやく。
軽く頭を撫でると、もっと撫でろと言わんばかりに頭をすり寄せてきた。
(寝ながら甘えてやがる。……すっごいかわいい)
そんなことを思ってしまうのは、レオンハルトが親バカならぬ飼い主バカだからか。
心地よさそうに眠るゼーを見ていると、レオンハルトも眠くなってきてしまった。
ネルトに下がっていいと声をかけ、あくびをかみ殺しながらゼーの横に転がる。
うつらうつらとする意識の中、レオンハルトは昨日のことを思い出していた。
どうしようもない気分だったときに、自分に寄り添ってくれた小さな体温。
扉のそばで泣き疲れて眠ったはずなのに、翌朝はなぜかベッドで眠っていた。
無意識に自分で移動したか、ネルトが動かしたのだろうと思っていたが、もしかしたらゼーが運んでくれたのかもしれない。
感謝の気持ちを込めて、レオンハルトはゼーの柔らかな身体を撫でる。
そして気が付くと、その意識を手放していた。




